にごった目



 水が抜けたおかげで、やたらこの場所を広く感じられるようになったな。

 どれどれ。もうちょっと詳しく様子を見てみるか。


 俺は少し高い所に立って、二層の光景を見回した


 ――ふむ。

 若干だが、まだ水が残っている場所はあるな。


 だけど、島同士は橋を使わずとも移動できるようになってる。

 水抜きとしては、これで十分だろう。


 本来、この二層目は橋を使って行き来する。

 しかし、水が抜けて行ける場所がメチャクチャに増えたお陰で、カッパを探すのが大変になっちゃったな。まあ、これは仕方がない。


 軽く見回したが、この辺りにカッパはいないようだ。

 もっと奥の方も探しに行って見るとしよう。



 俺は島々の、かつて水底だった部分を渡り歩いてカッパの姿を探していた。

 そして、3つ目の島でようやく、陸に打ち上がったやつを見つけた。


「あ……いましたねカッパです。」


 カッパは乾いた砂の上で、うつ伏せで倒れている。

 ふむ、背中の甲羅が呼吸で上下しているから、まだ息はあるようだが……。


 うっかり近寄ったら、最後の力で攻撃される可能性もある。

 俺は少し離れたところから、慎重に様子をうかがうことにした。


「どうやらだいぶ弱ってますね」

「カッパは乾燥するとダメージを受けます、水がないとこうなります」


「この辺の浅い場所は全て水がなくなったので、もうカッパは行動できませんね」


「カッパがリスポンしたとしても、もう大半の場所が陸地なので乾いて死んでしまいます。なので、奴らは島から離れた場所の水辺に引きこもるしか無いでしょう」


「これで【はぐれボス】の脅威は二層から消えて、安全になったと思います」


 配信でアレコレ喋っていると、ふと、俺のことを射すくめる視線に気づいた。

 貫くような視線は俺の足元から送られている。カッパだ。


 カッパはにごった目で俺を見上げている。


「ヒュー……フヒュー……」


 あいつが何時いつからここに打ち上げられているのかはわからない。

 かなり深刻なダメージになっているんだろう。


 乾きに苦しむカッパのクチバシからは、ひゅうひゅう空気が漏れている。


 その音は、ひび割れたリコーダーから出そうな少しユーモラスな音で、目の前の苦しんでいるカッパから出る音としては、とても似つかわしくないように思えた。


 俺はふと、視界の端にある表示枠の「動き」に気がついた。

 視聴者数が上がっている。すでに以前の配信と変わらない数字だ。


 そして、動きはもうひとつある。


 チャンネル登録者の増加を示す無数のハートが天に登っていく光景だ。

 俺の配信画面に映る、苦悶するカッパの姿にそれが重なっていた。


 まあ、思うところは、あるにはある、が……。


 水底にあった骨の山を思い出せば、ヤツへの慈悲の心は消える。

 お前だって、やることはやってたからな。


「カッ……ハッ……」


 カッパはのどをかききむしるような格好で一度大きく痙攣けいれんして、それからピクリとも動かなくなった。

 どうやら継続ダメージで乾死ひじにしたようだな。


「絶命したようですね。おや……?」


 俺の表示枠の上に、なにやら光輝くメッセージが表示されている。


『特殊条件「カッパを陸に上げた継続ダメージで殺害」を達成しました!』

『条件付きドロップアイテム「カッパの薬瓶」を1個入手しました!』


「条件付きドロップ……?」


 えっ?! と思って表示枠の所持品を見ると、妙なものが追加されている。

 そこには『カッパの薬瓶〈5〉』とあった。


 あれ? 1個入手って言ってなかった? 〈5〉ってなんだ?


 頭の中を疑問がぐるぐる回っている。すると、それを見かねたのか、大国主オオクニヌシが頼んでもいないのに説明を始めた。


『おヌシに説明しよう! 条件付きドロップとは、ボスやモンスターを特定の条件下で倒した際に手に入る、レアアイテムのことじゃ』


「へぇー……あ! 配信を見てる方はスミマセン。自分は『採掘師』で、戦闘系のジョブじゃないので、こういう事全然知らなかったりします……」


「大国主、このアイテムの名前の後ろにある〈5〉っていうのは?」


『それは使用回数じゃな。カッパの薬瓶は、1日に5回まで使用できる回復アイテムじゃ。水薬としての効果は通常品のヒールポーションと変わらんがな』


「1日に5回まで使い放題ってこと? なにそれすごい」


『ほっほ。どうやらこれはカッパの徳利とっくり伝説に由来する品のようじゃな。』


「カッパの徳利伝説?」


『うむ、それについてはいつかひまがあれば教えてやろう。ほれ、おヌシは配信中じゃろ? ワシからの説明はこれくらいにしようかの』

「あ、そうだね。配信中だった」


 配信中といっても、そろそろ締めかな?

 流石にもうここでやれることは無いし……うん、配信を締めるとしよう。


「ええと、これで二層の【はぐれボス】の討伐は終わりです。ここまで見てくれてありがとうございます。もしよかったらチャンネル登録をよろしくです」


「当チャンネル、『ツルハシでダンジョン開拓します』を今度ともよろしく!」


 俺はカッパの死体を背景に、画面に向かって深々と礼をした。

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