悪魔令嬢は天敵と婚約中!?

たはたみさと

序章

 炎が激しく燃えるのを見ていた。

 鎧で防ぎきれない熱さに耐え切れず、水路に飛び込んだというのに頬を撫でる風も、吸う息すらも熱い。苦しさから解放されたくて、喉を搔こうにも指先一つ動かなかった。

 水路は狭く、飛び込んだ時に壁にしたたかに体を打ち付けたから骨が折れているのかもしれない。

 痛みすらどこかに消えてしまったようだ。

 唯一動く目も段々と掠れてきている。

 先ほどまで聞こえていた叫びも、悲鳴も炎に飲み込まれてしまったのか、ただ、轟々と燃える炎の音と耳元を流れる水の音しか聞こえない。

 世界に取り残されたような痛みに、呻く気力もどこかへ消えてしまった。


――ああ。自分はここで死ぬ。


 意識は薄れていくのに、はっきりと炎だけが見えた。

 ほんの数刻前までは、白壁が美しい街並みが広がっていた。雪と森しかない北部で、唯一の不凍港は日々活気にあふれ、魔物が出るとはいえ黒い海に乗り出す怖いもの知らずの漁師たち、不凍港に集まる商人たちの威勢のいい声が響いていた。

 今日は、自分の班が港の見回りで、喧騒を横目に仲間たちと他愛もない会話をし、今日も頑張ろうと励ましあった。

 先ほどまで一緒にいたはずなのに、彼らの気配すら感じない。自分だけが、この炎の中に取り残されてしまった。

 激しく軋む音を立てて視線の先で燃えていた壁が崩れた。

 舞い上がった火の粉が星のように瞬く先、濃紺の夜空が大きく腕を広げている。

 開けた視界の先に、炎に照らされる少女の姿が映った。

 死後の楽園から迎えに来てくれた使者かと思ったが、少女は悲痛な声を上げながら泣いていた。大粒の涙が頬を流れるのが、遠目ながらにもはっきりと見えた。

 涙を拭いてあげたいのに、彼女を呼ぶことは叶わず手すら伸ばせない。


――綺麗だ。


 本能的にそう思った。

 風に靡く美しい黒髪は炎に彩られキラキラと輝いている。

 街を燃やし尽くす炎よりも更に赤く、まるで薔薇の花のようだ。

 炎がまた咲いた。

 彼女の嗚咽とともに、周りに咲いた炎はゆっくりと膨れ上がる。閉じていた蕾が花開くように炎が咲き、音もなく夜空を切り裂いた。

 ああ、なんて美しいんだろう。

 ずっと見ていたいのに視界は闇に飲まれ、意識は深い場所へと沈んだ。

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