第27話 7月19日(月)

「『リコーダーペロペロ事件』の?!」

 というかいつからそんなところに。

「いちいち驚くな。中田くんよ」

 我妻は塔屋から降りる。

 まさか僕が花宮さんに夢中になっている間、来たというのか。

「いや、君の鈍足だ。君が屋上に入る前からいたさ」

 勝手に僕の心の疑問に答えないでくれ。


「と、このままでは収拾がつかないな。おーい」

 我妻はパンパンと手を叩いた。

 我妻の掛け声とともに小野が現れる。その背後には加納さんも。

「これは、危ないから預からせてもらう」

 小野は、乾が抑えていた花宮さんからナイフを没収する。元不良ゆえか、手慣れた様子で懐に収めた。


「ナイフなんて持ちだしちゃって。どんだけ追い詰められてんだって感じだよね~」

 によによ、と我妻はただ一人、愉しそうに嗤った。

「はなしてよっ」

 我妻に見下されていると気づいたのだろう。花宮さんは悲鳴のような声で抵抗する。しかし乾の拘束を逃れることはできない。

「やめときなよ。その子は元はヤクザの一人娘だ。それなりに仕込まれているからね」

 それなりに仕込まれた乾を、軽々と出し抜く我妻はどこまで仕込まれているのだろうか。

 それはさておき、花宮さんがこんな乱暴に扱われていいわけがない。

「乾、もう危ないものはないし、はなしてほしいな」

 そうでないと、僕の方が窮屈な気分になってしまう。

「でもよこいつ!」

「おにいちゃん……」

 乾は了承できないらしい。桐乃も、僕を強くつかむ。

「桐乃、心配してくれてるんだね。ありがとう。でも。僕が嫌だからさ」

 桐乃の背を撫でる。

「大丈夫だよ。桐乃がいる前だ。危なかったらすぐ逃げるから」

 桐乃は了解できないが、と表情で語りつつもこくんとうなずく。

 桐乃は乾に対し、ひらひらと手を振った。

「……おう、わかった」

 乾は少し悩んだあと、我妻や小野が近くにいることを確認し手をはなした。

 すっかり乾は桐乃の言いなりではないか。あとでそれとなく注意しておくべきか……。


 拘束を解かれた花宮さんは、すぐにその場から遠ざかる。

 だが、出入り口は小野と加納さんがいる。屋上から逃げることはできない。

「さて」

 ここは取調室。いいや、裁判所か?どちらにしろ、我妻は刑事か検事が似合うだろう。

 我妻はその場を支配するように、ベンチに座り足を組んだ。風が彼女の髪を揺らす。こんなに暑いのに、汗一つなかった。

「失策に失策を重ねた気分はいかがかな?花宮美由」

 我妻は嗤う。


「いいわけないでしょ」

 花宮さんは爪が食い込むほどに拳を握りこんだ。

 僕の手のひらもじんわりと痛くなる。

「はっはっはっは。それはよろしい」

「なにが面白いんだ」

 僕は自分が思う以上に、鋭く低い声が出てしまった。びくりと震えた桐乃を、背中を撫でてなだめる。

 我妻は肩をすくめた。

「おもしろいだろう?『リコーダーペロペロ事件』から六度。花宮美由は、中田風太を消し損ねている」

「えっ?」

 僕は眉間にしわを寄せた。

「六度目は今回、ナイフでぐさり

五度目は一昨日、睡眠薬で前後不覚

四度目は先週、リコーダーに毒を仕込む

三度目は森林で、不良に囲ませた

二度目は噂をまいて、いじめさせ

そして最初は、階段から突き落とし」

 歌うように、愉快そうに、我妻は流し目を僕に注ぐ。

「中田風太を消そうとした」

 ぎゅぅ、と桐乃が強く、僕に腕を回した。

 僕以上に怖がる桐乃。

 僕は桐乃の背中を、安心させるようにもう一度撫で、我妻に向き直った。

「それじゃ、花宮さんは、いままで僕らが調べていたことすべてに、関わっていたってことなのか?」

 我妻は視線で肯定する。

「まあ、ひとつひとつ説明してあげよう」

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