第18話 7月16日(金)

 『ケツリコーダー事件』もとい『ケツリコーダー事故』はこうして幕を閉じることとなった。


 人の噂も七十五日という。

 しかし、七十五日も必要ないかもしれない。この情報あふれる時代。生徒からは小野の露出癖という噂も、瞬く間に忘れられるだろう。

 それでなくとも、これから夏休みがまっている。2学期に入ればすっかりなかったことになるかもしれない。

 僕の『リコーダーペロペロ事件』の容疑も、だんだん薄まり、現在はいじめも減っている。自身の潔白を証明しまだ数日しかたっていないが、物を隠されたり、捨てられることもほとんどない。


「あ、そうだ」

 すっかり忘れていた。

 そもそも僕は昨日、お礼を言うために小野に用があったのだ。

 センシティブな事件や、なぜか欠けた記憶のせいですっかり頭から抜けていた。

 僕は教室から引き返す。

 音楽室にはまだいるだろうか。速足で廊下を進む。

「こら!」

「うひゃぁっ」

 鋭い叱咤に、僕は飛び上がるほど驚いた。

「廊下を走ってはいけませんよ」

「す、すみません」

 僕を注意したのは教頭先生だ。

 僕はへこへこと頭を下げる。

 教頭先生の鋭い視線が突き刺さるようだった。

「頭は大丈夫なようで、安心しましたよ」

「……」

 どういうことだろうか。なにか失敬な事が言われたようなきがする。

 そんな僕の考えを遮るように、教頭はあるものを差し出す。

「それとこちら、あなたのものでしょう?」

 それはリコーダー。透明なビニールに入れられていた。

 印字されたイニシャルからして、確かに僕のものだ。

「昨日……まあその、臀部に刺さったものですから」

 ああ、そういうことか、汚物のように扱われていることに気になったが、昨日の事故のリコーダーならこの扱いも理解できる。

「ことの成り行きは、小野くんから伺いました。事件性はないということで、一応持ちぬしに返した方がよいかと」

 僕はビニールに入ったリコーダーを持たされる。

 渡されても困るが。もう使えないだろうし。

「あの」

「さ、そろそろ授業が始まります。教室に戻りなさい」

 教頭の言葉は正論だ。そろそろチャイムが鳴ってもおかしくない。

 僕は教頭の視線から逃げるようにそそくさと教室に戻る。


「でも、どうして」

 僕はとぼとぼと教室に戻りながら、持っていたリコーダーを見やる。

 どうして、僕のリコーダーが音楽室にあったのだろうか。


 まあ、教頭先生にはわからないだろう。

 僕は疑問を押しやって、教室に入った。

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