第15話 7月15日(木)
「ぅうっ」
痛む頭。それを撫でられる感触に僕は目を覚ました。
なんだかとても柔らかい枕に寝かされている。これはきっといい枕だ。僕が使っているような安物ではなく。
寝起きのぼんやりとした目をまたたかせる。
「やっと起きたか」
我妻が覗き込んでいた。
「あ?い゛っ」
驚いて起き上がったひょうしに我妻の額にぶつかる。
「痛っっった!!!なんだよクソ石頭!!!せっかく膝枕してやったのに!!!」
「え?はぁ?!」
起き上がった僕はずざざっとその場を離れる。
保冷剤を持っている我妻は正座し、明らかに人一人分が寝るスペースが開いている。
「膝枕?!てかここ、どこ?!」
僕は状況が飲み込めずにきょろきょろと見渡した。
どこかアパートの一室。物や状況からして、男の部屋だとはわかる。特に慌てて片付けた形跡が生々しい。
そんな室内に、正座した我妻、眉を顰めベッドに座る小野、全てを無視しなぜかカップ麺をすする乾。
一目で状況を理解できるほど僕の頭はよくなかった。
「俺のアパートだ」
「小野のアパート?!なんで?!」
「覚えてないのか?」
「え?うん?てかなにこのメンツ」
我妻はいいとして、乾に小野。
思い出そうにも朝家を出たあたりから記憶がはっきりしない。
「案外うまくいくもんだな~」
「なにが?!」
「そうか、覚えていないのならいい」
「なにを?!」
何もわからない僕に説明しない二人。
「中田先輩スッゲー大胆でおもしろかったすよ」
「なんで?!」
サムズアップする乾。
訳がわからない。
「まあ、お前が記憶を消去してくれたおかげで、小野から証言を聞けることになったわけだ。中田くん」
なにもわからない。
「頭は大丈夫か?場合によっては病院に行った方がいい」
小野には頭を心配される始末。
僕はいったい何をしたというんだ。
「はははっ、せっかく記憶を消したんだ。思い出してしまったら約束に反する。それとも、また私の膝枕をご所望かな?」
「いらない」
僕は首を横に振る。
「なんだ。小野の男汗臭い枕よりはましかと思ったんだが」
「失敬な。俺は枕カバーは毎日変えている」
「汗しみこんでんだよ。枕そのものに」
そういえば、我妻は女だった。男物の制服を着ているためすっかり忘れていた。
男の僕にはわからないが。一応女性の我妻は煙たがっている。変態の変態でもこの辺りは違うらしい。
「潔癖でなくとも他人の体液なんて通常歓迎しないものだ。相当親しい人でなければね。あの二つの事件の鍵となるリコーダーたちもかわいそうに。もう楽器として吹かれることはない」
「二つ?」
僕は首をひねる。一つは『リコーダーペロペロ事件』もう一つは?
「ふふ、概要だけは説明してあげよう」
我妻は愉快そうに、小野は嫌そうに、顔をゆがめる。
「今朝、7時頃。音楽室にて小野宗也が襲われる事件が起きた。凶器はリコーダーが使用されている。そして現場から逃げる姿を見られたため、加納江美の名が容疑者として上がっている」
「え?大丈夫?」
「おう。一瞬寝込んだが、怪我は大したことはない」
「いやそっちじゃなくて、加納さん」
「そっちかよ」
小野はうなるように答えた。
「気になっていたが、お前、加納さんのこと好きなのか?」
「いや違うけど」
小野の疑問に、僕は違う違うと否定する。普通に心配ではあるが。
「加納さんは花宮さんと同じ吹奏楽部でしょ?もしものことがあって、退部とかになったら困るんだ。加納さんはまじめでガードも低いから、吹奏楽部の内情をいろいろ教えてくれるんだよ。合宿の様子とかも」
僕じゃ合宿には侵入できないし。それをやったら犯罪だ。
「……そうか」
小野は呆れてものも言えない、という顔だ。それこそ失敬だな。
「でもなるほど。加納さんが巻き込まれているのなら、調べないわけがない。その……」
「『ケツリコーダー事件』」
「そうそう、ケツ……ケツ?」
「名称はあまり気にするな」
小野の声が僕の思考を遮る。
「で、今朝のことなんだが」
話題転換だろうか。小野は話を進める。
僕は僕にはわからない話がされているので、乾と共におとなしくする。
「……あの事件関してはだな……その……オッホン」
小野は口ごもる。しかし、顔を真っ赤にしながらも覚悟を決めたようだ。
「犯人は、ゴキブリだ」
「ゴキ?」
「ブリ?」
僕と乾はそろって首を傾げた。
「ふ~ん」
「小野先輩を背後から襲うゴキブリ!さてはそいつが怪人の正体っすね!」
乾よ、どこをどうすればここまで馬鹿になれるのか。
「いや、想像とは違うと思うが」
小野も乾の思考回路に首をかしげる。
「今朝は加納とミーティング中に、ゴキブリが現れた。そんなものがいればまともに練習もできないだろうと捕まえようとした」
まさか僕のいじめに使われたやつだろうか。たぶん僕に責任はないと思う。
「しかし奴め、なかなかすばしこい。楽器もありまともに動けない中で、そいつは俺の服の中に入ってしまった」
小野は嫌な顔をする。
僕も想像して嫌な顔をする。
「それで、急いで服を脱いだところ、あまりにも慌てていたのだろうよろけてしまい、運悪く床に立てられていたリコーダーが刺さったというわけだ」
うわぁ痛そう。
しかしなるほど。
つまりこれは事件ではなく事故。
『ケツリコーダー事故』というわけだ。
「じゃあそれを早く伝えないと」
「すまない。あまりに情けないばかりに……まさか加納さんが容疑者になっているなんて」
過失。というか加納さんはほぼ現場に居合わせただけだ。
加納さんは何も悪くない。
「待ちたまえ」
早く学校に報告を。立ち上がった僕らを、しかし我妻が止めた。
「どうやら、一足遅かったらしい」
「え?」
我妻は僕らにスマホの画面を見せる。
「悪評はここまでもひろがるものか……」
感慨深くつぶやく我妻。
そこには、加納さんのいくつもの根も葉もない噂が、投降されていた。
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