死に戻って王太子に婚約破棄をしたら、ドSな司祭に婚約されました〜どうして未来で敵だった彼がこんなに甘やかしてくるのでしょうか〜

まさかの

第1話 婚約破棄

享年20歳


 私ソフィア・ベアグルントは短い人生を終えた。


 元々は騎士の名家の生まれで何不自由なく生きてきた。


 さらに公爵家ということもあり、王太子との婚姻までしていたのだ。


 だがそれも王太子が十八歳を迎えたときに全てが崩れ去った。




「ソフィア・ベアグルント、すまない。君とは婚約破棄させてもらう」




 王太子は別の女性と恋に落ち、私との婚約は解消させられたのだ。


 それからは破滅の道だった。私の出自のせいで家は没落してしまい、路頭に迷って明日のご飯にも困る毎日だった。


 そんな時に悪い組織に保護され、私は心の隙間を埋めてくれた組織に恩を返すため、犯罪に手を染めて悪いことをたくさんした。




 しかし私は死ぬ間際に、王太子を奪った憎たらしい女の言葉で目を覚ましたのだ。


 そして彼女を守って死んだ。


 王太子がその子を好きになるのが分かるくらい私も惹かれたのだ。


 おかげで最後は人の心を取り戻したのだ。


 やり残したことの多い人生――のはずだった。




 しかし私は生きている。




「私……死にましたよね?」






 先ほどまでお腹から血が止まらず、悪寒と痛みに呻いてたはずだった。


 それなのに急に痛みが無くなったかと思えば、いつの間にか大きなパーティホールに来ていた。


 私は自分の体も見渡す。


 黄色と白色を基調としたドレスを着ていた。


 ふんだんにレースも入れられ、編み込みも細かいため、良い腕を持つ職人が作ったのは明白だ。




「こんな高価なドレスを着るお金なんて私にはないはず……それよりも見覚えが……」




 私は自分の指輪や頭に付いている髪飾りを触って確信した。これは私が所有していた装飾品だ。


 私はポケットに入っている手鏡を取り出して自分の顔をのぞき込んだ。


 死ぬ前よりも若い姿で、さらに健康状態の良い肌、そして桜色の髪はサラサラしていた。


 私の頭の中で一つの結論へたどり着いた。




「もしかして過去へ戻ってきましたの?」






 それであるなら喜ばしい。どうしてこのような奇跡が起きたのか分からないが、第二の人生では私は破滅の未来を変えたい。




 しかし、戻る時期がよろしくなかった。






「王太子殿下、お誕生日おめでとうございます。私も感慨深く――」




 離れた場所で、王太子を祝福する声が聞こえてきた。そうなのだ、王太子の十八歳の誕生日こそ私の破滅の一歩となった日。


 私と王太子が破局する日なのだ。






「なんでこの日なのよ! もっと前じゃないとやり直しも何もできないじゃない!」






 私は小声で神様へ文句を言った。


 チャンスをくれるのは嬉しいが、ここからどう挽回しろと言うのだ。


 チラッと王太子の方を向いた。




 来賓達に挨拶をしている姿も凜とした姿でかっこいい。


 黄金のような髪に優そうな目元。文武両道で貴族院時代から多くの令嬢から言い寄られるほどの人格者だ。


 私もそんな彼に恋をしていた。




 しかし婚約破棄される直前ではもう彼との関係は冷め切っており、すれ違いも多かった。


 もっと早く婚約破棄しておけば、あの未来も防げたのかもしれない。


 ふと閃いた。




「そうよ、どうせ婚約破棄されるのなら自分からすればいいじゃない!」






 早いか遅いかなら、絶対に早いほうがいい。


 婚約破棄され、惨めに帰るのがどれほど辛かったか。


 私は一度目をつぶって気持ちを落ち着かせるために、息を大きく吸って、ゆっくりと吐いた。


 覚悟を決めた私は、目を開けて歩き出す。


 目指すは王太子の元へ。




 ちょうど挨拶が落ち着いたようで、王太子の周りには誰もいない。


 この機会を逃すわけにはいかない。




「リオネス様!」




 王太子リオネスへ声を掛けると彼の目がこちらへ向く。


 少しだけ戸惑っているのは、これから私に婚約破棄しようとするのに、私の方から来たせいで心の準備が出来ていなかったせいだろう。


 だが流石は王太子、すぐに平静とした顔に戻った。




「どうしたんだい、ソフィア? そんな血相を変えて身体の調子が悪いのかい?」




 いつもの優しいリオネスのままで少し泣きそうになった。


 最後に会ったのはもう少し大人びた彼だったので、まだ少年の面影が残る彼を見て昔の記憶がよみがえってくるようだった。




 ──だめよ、私! もう彼は私の事なんて好きじゃないんだから!




 もしかしたら、また彼との甘い生活に戻れるのでは無いかと期待しないわけでもない。


 しかし今日があの日ならもう彼は私ではない別の人を好きになっている。


 無言になってしまった私に、リオネスはどう声を掛けようか悩んでいるようだった。


 だけどやっと私も決心が付いた。






「リオネス様、どうか私と婚約を解消してください!」






 頭を下げて私は彼へお願いをした。


 彼は内心喜んでいるだろう。言う手間が省けるのだから。


 そして彼から快い返事が返って――。




「えっ……どういうことだい……聞き間違いかな? 婚約破棄したいって聞こえたけど……」






 ──あれっ、思っていた返事じゃない。なんだか声が震えていないか?




 私は顔を上げてみると、声の通りショックを受けている顔だった。


 周りもガヤガヤとしだしてしまった。




「ソフィアお嬢様!?」




 聞き覚えのある声が聞こえた。扉からちょうど出てきた女性は私の侍従であるリタだった。




「えっ、リタ!? どうして生きてるの……」






 リタは婚約破棄される半年前に突然の病で死んでしまったのだ。


 だから今日まで生きているわけがない。


 私は嫌な想像をしてしまい、恐る恐るリオネスに尋ねてみた。




「リオネス様は今年で"十八歳"ですよね?」


「何を寝ぼけているんだ。今年で"十七歳"だよ」






 リオネスは怪訝な顔をする。


 私が婚約破棄されたのは、彼が十八歳になった日だ。そうなると、私は――。




 ──日にちを間違えた!?




 神様は間違っていなかった。しっかりとやり直しができるように猶予期間をくれたのだ。


 それなのに私は早とちりしてその機会を棒に振ったのだ。


 リオネスの手が私の両肩を掴んで揺さぶる。




「どういうことなんだ、ソフィア! 何か理由があるのか! 君のお父君からもそんな話は聞いていないぞ!」


「あわわわわ!」






 あまりの予想していない展開に私の頭が真っ白になってしまった。


 どうしよう、これはまだ謝れば許してもらえるのだろうか。


 しかしまた復縁してもどうせ捨てられるのではないか。




 ──でも、でも――っ!。




 来賓達もひそひそと話をしており、どんどんこの状況が伝わってる。




「リオネス殿下が婚約解消……ではうちの娘が……」


「いやいや、私の娘こそあの方のお隣に相応しいですよ」


「いいや、私の娘だ!」




 もう冗談でしたと言える雰囲気でもなく、貴族は一度出した言葉は覆してくれないため、いくら嘘でしたと言っても私の婚約が解消される方向へ持って行かれるだろう。




 慌てている私は自分のドレスの裾に引っかかって後ろへ倒れそうになった。




「きゃっ!?」




 リオネスが私へ手を伸ばす。私もその手を取ろうとしたが、それよりも早く別の誰かが私を後ろから支えてくれた。




「申し訳ございません、王太子殿下……彼女との父君とは私が話をしていましてね。まだ内緒だと言っていたのですが、聞き漏らしていたのでしょう。私が次の婚約者です」






 なんだか聞き覚えのある声だ。優しそうな声なのに、何故だか恐ろしいとも思ってしまった。


 鳥肌が立ち、背筋がゾクっと震えた。






 しかし目の前にチャンスが転がりこんできたので、私はそんな直感を無視する、






「貴方様は……」






 リオネスは顔をこわばらせており、只者ではない人が助けようとしてくれているのだ。


 そうなるとかなり身分が高いかもしれない。


 たとえば隣国の王太子とか。


 私もこのチャンスはしっかり掴むべきだ。


 なりふり構っていられる状況でもないため、助けてくれた殿方の腕へしがみついて恋人アピールをした。






「そうなんです! 実はこの方と婚約しました!」




 今はこの場を乗り切るのが大事だ。


 ついでに助けてくれた人の顔を見てみると、私は今度こそ取り返しが付かないことをしてしまったことに気付いた。




 白いローブを身につけている黒髪黒目の男は、この国では有名だった。


 王にすら意見を言える正教会の司祭。


 若くしてその地位に上り詰めた天才で黒獅子の異名を持つ。




 そして未来の私は彼に何度も殺されかけたのだ。


 喉が渇き、声が震える。




「クリストフ・リーヴェルヴァッセン……」






 正教会は未来で私が所属していた組織を壊滅しようとしていたのだ。


 そのため何度も私は彼と戦い、命からがら逃げる毎日だった。


 普段は子供達に人気なほど優しい男なのだが、戦闘になればまるで別人のような冷徹な男に早変わりする。


 クリストフは何食わぬ顔で首を傾げていた。




「ソフィア様、そんな怯えてどうかされましたか?」


「いいえ……なんでもありませんわ、おほほほ」






 未来の貴方様がとても恐かったからですよ、とは言えなかった。


 私が死ぬ間際も鬼のような形相で死にかけの私にとどめを刺しに来ていたのだから。




 彼の異名の黒獅子は、現場を見た者にしか分からない。


 司祭なのに、鎖の付いた鉄球を投げる武闘派なのだ。彼のローブの下はきっと鋼で出来た筋肉であろう。




 すると彼は急に私を抱き上げた。






「えっ!? く、クリストフ様、一体何を――」






 ──もしかしてこのまま殺すおつもりですか!




 もう未来と現在がごっちゃになってしまってきた。


 彼の顔が近くなる。




「ソフィア嬢もお疲れのようですので、このまま失礼いたします」




 クリストフは挑発するような目をリオネルに向けていた。


 リオネルが何事か叫んでいる気がしたが、私はもうクリストフの腕の中で身動きが取れないことで、頭の中でこれから殺される想像しかできなかった。


 お得意の鉄球で潰される想像をしてしまい、あまりの恐怖に私の意識が途切れた。

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