閑話 探索者協会にて

 とあるダンジョンにレッドドラゴンが現れた!



 その配信に探索者協会は震撼が走った。



「ど、どこのダンジョンだ!? 一体誰が見つけた!?」



 探索者協会の所長、後藤圭吾ごとうけいごは声を荒げていた。



「わ、わかりません。探索者ではないようです!」

「ちっ、一般人か! 至急そのダンジョンの所在を調べろ!」



 探索者協会の主な仕事は、ダンジョン産の素材の売買、ダンジョンの危険性と探索者の能力を評価、依頼の引き受けと合否判定、である。


 また最近ではダンジョン配信のサポートを受けられるということもあり、ダンジョンに入るものの大半はこの探索者登録を受けるのである。


 しかし、ダンジョンに入るだけなら資格はいらない。突然ダンジョンが現れる可能性もあるためにそこまでの制限をつけられないというのが現状だった。



「データの照合……、ありません。新ダンジョンのようです!」

「ちっ、何か情報がないか俺も調べる。その配信URLを俺にも送れ」

「は、はいっ!」



 部下である天瀬香住あませかすみから送られてきた配信をすぐさま確認する。


 危険度SSS。レッドドラゴン。


 もしこの魔物がスタンピートすることがあれば地球が滅んでしまうであろう、文字通り最強の魔物だった。



 一体その配信にはどんな阿鼻叫喚な映像が残っているのか……。



 大きく息を吸い込み覚悟を決めると、後藤は再生ボタンを押す。



「はぁ!?」



 そのライブ配信は危険とはまるで無縁のほのぼのとした光景が映し出されていた。



――違う配信か?



 見るものを間違えたのかと改めて天瀬が送ってきたライブ配信を開き直す。

 しかし、映し出される映像は変わっていない。



「おいっ、送る配信、間違えてるぞ!」

「間違えてないですよ。それで合ってます」



 どうやら単に自分が疲れているようだった。

 思えば仕事は増える一方でここ最近残業続きだった。


 だから癒やしを求めてこんなほのぼのした配信に見えてしまうのだろう。


 目元のツボを押し、疲れを緩和させる。

 少年? と空飛ぶ火吹きトカゲのほのぼの遊び配信……。



「って、レッドドラゴンじゃないか!?」

「だからレッドドラゴンが現れたって散々言ってますよ!」

「どういうことだ? なんで最強最悪のレッドドラゴンがこんな風に遊び合ってるんだ?」

「わからないんですよ。このダンジョンについては本当になにも情報がないんです」



 一つ言えることはすぐに危険がなさそう、ということだった。



「仕方ない。これ以上情報を掴めないわけだからな。調査は進めるが次の配信を待つしかないだろう」



  そう言いながらも後藤はしっかり最後までチェックした上で、その配信を三回見返して、頬を緩めていたのだった。







 ライブ配信があった次の日、後藤の下にとある報告が上がっていた。



「探索者達が例のダンジョンを発見しただと!? その探索者達はどこにいるんだ!?」

「全身骨折の瀕死で全員今病院にいます」

「やはり危険なレッドドラゴンであったか」

「それがそうとも言えないんですよ」

「どういうことだ?」

「今回ダンジョンを発見した探索者ですが、別探索者を襲ったり、違法にダンジョン内のものを直接売買したり等の違法行為を繰り返していたらしく……」

「それがレッドドラゴンの尾を踏んだ、と?」

「ないとは言い切れないかと」

「ちっ、余計なことをしやがって。そいつらの資格は剥奪する。あとはダンジョンの場所だけは報告しておいてくれ。調査の探索者を出すかはしばらく様子を見ることにする」



 すでにレッドドラゴンの怒りを買っているならこれ以上触れるのは危険すぎる。

 あの少年の配信を待つよりほかないだろう。







 その日の夜、とんでもないタイトルの配信が上げられる。



『ダンジョン、綺麗にしてみた』



 それを見た後藤は思わず食べていたコンビニ弁当の鮭を床に落としてしまう。



「ちょっと所長、汚いですよ」

「いやいや、お前、これを見ろ!」



 後藤は天瀬に配信のタイトルを見せる。



「珍しいですね。ダンジョン内で清掃活動をするなんて」

「いやいや、普通ならそうだろうが、例の人化ドラゴンのチャンネルだ」

「……やばいですね、それ。ダンジョンを滅ぼすつもりなのですか?」

「だろう? とにかく人を集めろ。今夜は寝られないかも知れないぞ」

「またですか!? わかりましたよー……」



 口を尖らせながらも天瀬はすぐさま残っている職員を集めてくれる。



――さて、どんな凶悪な映像が映し出されるのか……。







――危険……? いや、あの能力は危険すぎるか。しかし……。



 後藤はなんとも言えない気持ちになっていた。


 確かにレッドドラゴンは驚異的な能力を持っていることがわかった。

 ダンジョンを容易に変形させる力を持っているのだからそれはまず間違いない。


 しかし、疑問符がついた理由は、本当にその圧倒的な能力をただダンジョン内の掃除に使っていたことだった。


 危険だけど危険じゃない魔物の対策。

 そんなもの、今までに一度も経験したことがない。


 放っておくのがいいのかそれとも…。



「所長、見てください! ドラゴンの爪が取り放題ですよ!? お願いしたら鱗とかもくれるんですかね」



 何も考えずに気ままに配信を見れる天瀬のことが羨ましく思う。

 いや、それなら――。



「もしかしたら可能性があるかもしれないな」

「ですよね! これだけあれば資金が潤沢……、ボーナスたくさん……、夢が広がりますね」

「そうだな。ということで頑張ってくれ」



 後藤は天瀬の肩を叩く。



「ふぇっ?」

「上手く頼めたらボーナスだぞ。良かったな」

「む、無理ですよ。無理無理! わ、私はダンジョンに潜れるような力はないんですよ!?」

「別に君が行かなくても探索者の誰かに依頼すれば良いことだろう?」

「その結果、全身骨折なんて私嫌ですよぉ……」

「どちらにしても誰かが行かないと行けないんだ。それならやる気のある君がベストだろう?」

「やる気なんてないです。夢を見ただけですよ」

「是非その夢のために頑張ってくれ!」

「鬼ぃぃぃぃ!!」



 こうして例のダンジョンに探索者協会の一職員たる天瀬が派遣されることになったのだった――。

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