食べ物屋さんと不審者さん

サトウアラレ

一章 食べ物屋さんと不審者の暖かい話

第1話 ミアの食べ物屋

(ああ、寒いなあ)



 布団の中でもぞもぞ動き、手を伸ばしベッドテーブルに置いた時計で今何時かチェックする。



(うう~。四時半。微妙)



 五時なら起きるが、二度寝するには勇気がいる時間。一度起きてしまうと、トイレにも行きたい。そしてトイレに行くともう、完全に目は覚めてしまう。



(ああ。もう。しょうがない)



 私は、『心頭滅却すれば火もまた涼し』と、カオリさんに教えて貰った言葉を思い、冷え切ったトイレに挑むことにする。



(あれ、火もまた涼しって、今だと凍る?うん?どういう意味だったっけ?諺だし、季節は関係ないか。いや、とにかくトイレよ)



 まあ、どうでもいいや、と思いながら無事にトイレをすませると、やっぱり目がすっかり覚めてしまった。布団に戻る事を諦め少し早いが、朝の準備を始める事にした。ストーブの扉を開け、薪を入れると火を着け、お湯を沸かす。




 私の名前は、ミア。


 ドレスダイン国のメルポリと言う町で食べ物屋をしている、21歳の女主人だ。


 ドレスダイン国は国土は狭いが、他国との輸出、輸入等が上手くいっているおかげが貧しくもなく平和な国である。今の国王と大臣達が遣り手なのか、他の国に比べても裕福な方だろう。


 祖父母の幼い頃は貧しい時代もあった。特に五年戦争の時代は悲惨だったと聞くが、戦争が終結してからは他国と平和条約を結び、今は産業に力を入れていて貧しい国ではない。


 私の両親は、祖父母から戦争の話や、戦後の復興を見聞きしていたので、学力で身を立てろ!と兄様達、姉様達の尻を叩いた(文字通り叩かれる)。そして、兄様達は皆、両親の期待通り国立学園の大学まで出て、上の兄様は裁判所に勤め、下の兄様は王宮勤めの近衛隊の事務方で大臣達と会う仕事をし、上の姉様は国立美術館のキューレターになり、下の姉様は国立薬学大学に進み研究職をしている。



 両親の自慢の子供達だ。



 そして、末っ子の私は首都キャンベリーからすぐの割と大きな街で食べ物屋をしている。


 私は上の兄様とは二十歳、下の姉様とも十五歳年が離れている。両親はもう子供が出来ないだろうと思ってた所で私を授かった。高齢の両親は出産に不安もあったようだが私を産んで育ててくれたのだが、私が大学に進学する年に両親共に亡くなった。


 両親が亡くなった年は私が国立高校を卒業する年だったのが幸いで、無事高校は卒業する事が出来た。大学も受かってはいたが国立とはいえ学費がかかるし、特待生を取れるほど出来も良くはない。今後の学費を考えると私は働く事にした。


 兄様達や姉様達は学費を出してくれると言ってくれたが、皆もう家族がいて子供もいる。可愛い甥っ子や姪っ子、義理の姉様、兄様を困らせたくなかった。


「せっかくだから、料理でお金を稼ぐ仕事をしたい」


料理をするのは好きだった。


学業では数学と語学と歴史が好きだった。ただ、好きなだけで、そこまで優秀な成績でもない。それで食べて行けるとも思ってもいない。


「うーん、うーん。料理+数学+語学+歴史=?・・・。食べ物屋?」


私の頭の中で、うんうん唸って出た未来。


そうだ、料理を作る仕事をしよう。どうせなら、自分でお店をしよう。と、なんとも、簡単に決めてしまったのだ。


両親の死後、私の進路の心配をしていた兄様達は進学を進め、それが無理ならばどこかに勤めることを勧めたが、私はやりたい事をする事にした。


そして両親の遺産を分けるという時に、私は兄様達にお願いをした。


 とにかくお金を多く渡そうと、なんなら大学費用を個人的に援助しようとする兄達を説得し、両親が持っていたこのメルポリにある古い家を兄様達から譲り受け、少ないお金で出来るだけリフォームをし、食べ物屋をする事にしたのだ。



 国立高校を卒業していた為、食べ物屋をやるにしても自分で登録が出来た。



 ぎりぎり成人していたのも良かった。そして、裁判所、王宮、国立美術館、大学と、後ろ盾にはばっちりな兄達と姉達のおかげで色々な契約もすんなりすんだ。


 そうは言っても、初めの一年は失敗ばかりで、食べ物屋なのに自分の食べ物の心配をする日も続いたが、二年半を過ぎる頃には常連も増えた。



 今は、店を開いてちょうど三年。私も二十一歳になり、下の姉様の所にも四人目が産まれたと手紙が来た。兄様達を心配させるのも少なくなり、私はこの国と同じように穏やかな毎日を過ごしている。



(この、寒さがなければね。身体の隅々まで穏やかよ)


 ぶつぶつ言いながら、ケトルに紅茶の葉とレモン、乾燥果物をぽいぽい入れる。


(あー、いい匂い)



 蒸したお茶をカップに移してごくごく飲む。



(このままのんびり出来たら幸せだけど。そうはいかないわね。ジョアンさん達、今日キャンベリーから帰って来るって言ってたし、カオリさん達のお弁当も作らなきゃだし。雪が降ってないと、森には行かないと言ってたけどがっつり降ってるから、雪ウサギ沢山狩るんだろうなあ)



 私は常連の人達の顔を思い出しながらメニューを考える。


 カオリさんが綺麗な顔で雪ウサギを大量にぶら下げて帰ってくる様子が思い浮かぶ。



(雪ウサギはね・・・。処理がむずかしいのよね・・・)



 沢山狩れたらここに卸していいって言ってくれたカオリさんの言葉を思い出す



(料理の勉強もしなくちゃいけないわね)



「ミアの食べ物屋」と言う安易な名前(自分の名前を付けただけ)を利用してくれる常連の為にも美味しいお弁当を作らなくては。



 重い腰を上げながら料理を始める。


 野菜のスープを作り、サンドイッチを作っていく。後はナッツと紅茶が入ったクッキーを焼く。


 料理をしていると部屋が温まっていく。


 後は何を作ろうかなー。と考えていると、トントンと窓が叩かれた。


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