第2話「あなたの『あの声』なら天下とれるからっ! ……なのよねぇ。
「きゃ〜ぁぁあっっ♡♡!!」
彼女は両手で顔を覆いその場にペタリと座り込んでしまった。
そして指の間から俺をガン見して、
「もしかして、『バネ太』
「えっ、……俺の事知ってるの?」
「わぁぁっ、やっ、やっぱり本人だぁ!」
急にアワアワし出して、
「えっ、えっっ、どっ、どうしよ? ……じゃ、じゃあさっ! 『となりの高木さん』の第五話の生徒Aのセリフ、覚えてますか?」
「……」
「……覚えて、ない、ですか?」
「……『西片ぁ、帰りにゲーセン寄ってこうぜっ!』」
「それぇぇぇ〜っっ!!」
俺を指差し興奮気味に、
「もうっ、その『ゲーセン』の『ゲ』のアクセント最っ高っ! そのあとの『ぜっ!』もっ♪」
「はぁっ、はぁっっ♡」
今度は胸を押さえて転げ回り、呼吸困難になっていた。
(……なんなんだ、この子は?)
「ゲホッ ゲホッ! はあっ、はあっっ」
彼女は先程スキャンしたビールをカパっと開けてクピっと飲んで更に続けて言った。
(おっ、おいっ! まだ会計終わってないだろっ、そのビール!)
「はあっ、はあっっ♡!」
「そ、それじゃ、『清澄くん』の声で『何だい? 白河さん』ってお願いしますっ! ……私っ、『あの声』に『ひと聞き惚れ』したのっ!」
……初めての主役、『ちょっと聞いてよ清澄くん』の最初のセリフだ。
何十回、いや、何百回も練習したあのセリフ、忘れるハズがない。
だけど……、
「ゴメン、……無理なんだ」
「えっ?」
「俺、あれから……『その声』出せなくなったんだよ」
「何か、……あったんですか?」
彼女は心配そうに、大きくて少しタレ目がちな目を潤ませながら聞いてきた。
「あのアニメさ、……酷かったろ、作画、途中で打ち切りだし、ネットでも散々叩かれたってのもあるだろうけど……、それで原作者がショックで倒れてその後作品が書けなくなったんだよ」
更に続けた。
「俺、主演だったし、なんか責任感じちゃって……、それ以来何故か『あの声』出なくなったんだ」
溜息混じりに、
「医者には精神的な問題で『記憶喪失』みたいな感じらしくて、何かの拍子で戻るとは言ってたけど、……まだ戻らないんだよ」
「……っ!」
彼女の顔が曇り、そして力なく下を向いてしまった。
「そしたらさ、仕事もどんどん減っていって、名前の無い役ばかりになって……、ははっ、今じゃ毎晩深夜のコンビニ店員だよっ」
(……何ペラペラ喋ってるんだ、俺、初対面の女の子に)
自虐ネタの様に話す俺を、彼女はボロボロと涙をこぼしながら見つめている。
「ひっく、ひっくっ……、そう……なんだぁ」
「ゴメンな、……そんなに俺の声気に入ってくれてたんだ! 『あの声』が出せない俺なんて、もう業界じゃ価値も無いし、新しいヤツもどんどん出てくるからさぁ……」
言葉に詰まり、目線を落とし、
「もう俺なんかにかまってないで、新しい『推し』見つけた方がいいよ」
そう言って俺は再び商品をスキャンし始めたら、彼女は俺の手をガシッと掴み、
「そっ、そんな事言わないでよぉっっ! 私っ、私がついてるからぁ〜っ!」
ボロボロと涙が溢れ出し、
「私が『あの声』出させてあげるからぁぁっっ!!」
誰もいない深夜のコンビニに彼女の涙声が響き渡った。
(出させてあげるって、……一体何するんだよ?)
「ひっく、ひっくぅっっ もう少しっ、もう少しだけっ、一緒に頑張ろうよぉぉ! ……あなたの『あの声』なら天下を取れるからぁぁっっ!」
レジカウンターから崩れ落ちて泣き叫ぶ彼女を見て、店に入ろうとしたサラリーマンがギョッとして出て行ってしまった。
(あぁ〜っ、もうっ! ただでさえ売り上げが無いってのに〜っ!)
「わぁ〜かった! わかったからっ! 一緒に二人で『あの声』出せる様に頑張ろう!」
このままじゃ店で痴話ゲンカしてるバカ店員だと思われてしまう。
俺は彼女を抱き起こし、泣きやむまで背中をさすりながら彼女の無茶振りに答えていた。
「じゃ、……じゃあバネ太ぁ、『エドバシカメラ』の販売員やって!」
「……」
「……やって!」
「……『あっ、お客様、こちらの商品ですねっ!』」
「第三話の『少年A』!」
「……」
「やって♡」
「……『ちょっ、ちょっと待ってよ! みんな追いてくなよ〜っ!』」
「第八話の先生っ!」
「……」
「先生っ♡」
「『は〜い、みんな席につけ〜、今から出席とるぞ〜っ!』」
「はあ〜ぁんっ、しゅきぃ〜っ♡ その声でも全然イケるわぁ♪」
両手を頬につけてクネクネしながら、トロける顔の彼女。
……ん、なにやってんだ? 俺。
第3話に続く♪
※※
『この女の子、……なんなん?』
『バネ太の『あの声』、見つかるのー?(棒)』
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