第104話 コスプレお散歩初デート

「おっほん――どうでしょう、マスター。私の正装は」


 白を基調にし、銀の胸当てや脛当てをした騎士……聖女みたいなコスプレだ。


「ハロウィンだからね。英霊さんも仮装を楽しみたい、というわけだよ」


 魔女姫風のコスプレをした鷹城たかじょうさんはしたり顔で言った。

 先輩たちも騎士や剣豪、錬金術師などのコスプレをしている。


 ハロウィンは海外の国によっては、現世に帰ってきた死者を生者がもてなす、みたいな風習のところもある。

 コンセプト的には間違っていない。


「それで、真白君。コスプレをしてくれた彼女に、彼氏として一言もないのはよくないんじゃないかな?」


 鷹城さんに言われて改めてレオナさんを見る。

 いつもの快活な姿とも、パーフェクトお嬢様フォームの清楚さともまた違う、独特な神聖さがある。


おごそかで、綺麗、です」


 素直に感想を述べる。

 レオナさんも聖女のコスプレに見合った慎ましやかな笑顔を浮かべる。


「ありがとうございます。その一言を頂けて光栄です」


 とはいえ、中身はレオナさんなので、ニヤけ顔が隠せていないのも事実だ。


「というわけで、まずは撮影会をしようか。ほら、レオナちゃんと真白君。並んで並んで」

「え?」


 さっきまでの落ち着いた雰囲気が一変し、賑やかになる。


 俺とレオナさんは撮影スペースに並ばされ、ポーズをとらされる。

 さすがに今度は雑草ポーズをすることはなく、肩を並べて立てたけど。


「やはり自分が作ったコスを着てくれる人を撮影する瞬間が一番たまらないね」

「容姿端麗――美女二人。並ぶと映えます。映写機を押す力もつい増してしまいます」

「私たちとは解像度が段違いだ。DPIの密度がやばい。現役高校生の恐ろしさを知った」

「はぁーあたしちゃんももう二、三年若けりゃ負けなかったのになー」


 四人はそう言いながら様々な角度から、カメラのシャッターを切りまくった。

 一通り撮影を済ませ、やっと落ち着つけると安堵したのもつかの間、


「さて、続いては――真白君もお色直し、といこうか」


 ニヤリとみんなが笑い、目を光らせる。

 お色直し――よぎる不安に恐れおののく俺の手を、レオナさんが握った。笑顔で。


「……逃がしませんよ、マスター?」


 俺に撤退は許されなかった。


 ◆


「女装もいいけど、やっぱり真白君は普通の格好の方が似合うね」


 ウィッグを外し、メイクも落とし、スリットロングスカートからパンツスタイルにフォームチェンジした俺。


 お色直しと聞いた時はどうなるかと思ったけど、拍子抜けだった。


「眉目秀麗――容姿端麗。美男、美女。映写機が壊れるほどに力が入ってしまいます」

「バカな、さらに解像度が上がっただと!? 私の想定を上回るとは!?」

「あたしちゃんだって高校生なら負けなかったのになー」


 また撮影会が始まってしまったけど。

 それも終わりを向かえ、ようやく嵐が過ぎ去る。


「おい、兎野。クラゲから聞いたぜ。レオナちゃんと付き合ってるんだってな。どうやってこんな美少女を口説いたんだ? そもそも出会えるもんなのか?」


 と思いきや、また一難。

 今度は事情を知った鰐口わにぐち先輩に詰め寄られる。


「こんな美少女だなんて言い過ぎですよ。照れちゃいますって」


 レオナさんは素に戻るくらいに照れている。

 とはいえ、出会いは高校よりも〈GoF〉が先だ。

 それを言うとまた嵐がやってきそうなので、


「特殊な出会いをしたと言いますか」


 はぐらすことにした。


「特殊な出会い……合コンか!?」

「少なくとも合コンじゃありません」

「なん……だと……!? 合コン以外に男女がお近づきになるチャンスなんてあるのか!? 普通合コンだろ!?」

「鰐口先輩。まずは合コンから離れてください」

「しょーがねえだろ! 大学じゃ一つもそんなトキメキないんだから――!」


 合コンを熱く語る鰐口先輩の肩を、鮫之宮さめのみや先輩が叩いた。


「闇堕ちモードになってはいけません。合コン以外にも降臨の機会はありますよ」

「あたしちゃんを限定降臨させてくるマスターが合コン以外にいるのかなあ!?」


 なんか色々な霊が混じってしまっている。


「助かりました、鮫之宮先輩」

「この程度助けたうちにはいりません。かわいい後輩のためなら当たり前です」


 泣きつく鰐口先輩の背を優しく撫でながら、俺に微笑む鮫之宮先輩。

 ようやく落ち着きを取り戻した場で、鷹城さんが手を叩いた。


「お疲れ様。さて、真白君&レオナちゃん撮影会は終了として。頑張ってくれた二人は少しコスプレお散歩デートしてくるといいさ。あとの準備は私たちに任せてね」


 レオナさんと顔を見合わせる。

 遠慮する方が失礼かな。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」

「はい。ハロウィンパーティー楽しみにしてます」


 先輩たちの冷やかしに背を押され、手をつないで店を出る。

 今日だけは幻想的な格好をしていても気にならない。


「本当にびっくりしたよ。レオナさん。そのコスプレ衣装、鷹城さんのだよね?」

「うん。お店出た後に鷹城さんに呼び止められてさ。一度帰ってまた来るなら鷹城さんの家で好きなコスプレ衣装選んでいいよって。これはサプライズコスプレするっきゃない! と思って乗らせていただきました」

「だから、あの時鷹城さん出て行ったんだね」

「うん。みんな英霊さんコスで統一するって聞いて、せっかくコスプレするなら普段しない感じでいいかなと思い、聖女様コスにしました。どうでしたか?」

「思わず祝福の光が見えました」


 神聖な雰囲気をまとわせるレオナさんに対し、恭しく頭を下げる。


 レオナさんもハロウィンパーティーに参加する流れになっている。戻ったら受け入れてくた鷹城さんや先輩たちにお礼を言わないとな。


「ありがとうございます。真白君もお仕事お疲れ様。今日は大変だったでしょ」

「ありがとう、レオナさん。さすがに女装はこれっきりがいいかな」


 レオナさんが俺の手をさらに強く握った。


「真白君、大人気だったよね? ファンが増えたら大変そーだよね」

「今日はみんな浮かれていただけじゃないかな。普段は話しかけられないよ」

武流姫璃威ヴァルキリーの人たちも真白君のことがお気に入りみたいだし」


 様子がおかしいレオナさんはさらに距離を詰めた。

 これは……嫉妬、ヤキモチ、なのだろうか。


「大丈夫だよ。俺は……」


 考え、今の姿に応じた答えで言う。


「レオナさんだけのマスターだから」

「……本当に?」


 レオナさんは碧い瞳を潤ませて確認してくる。


「じゃあ、一つお願いを」


 必殺依頼カードを頼らなくても、レオナさん相手なら自分が考えた言葉を伝えられる。


「俺と最後まで、一緒にいてください」

「……はい。そのお願い。しかと聞き届けました」


 握る手に気持ちを込め――と、レオナさんが手を離し、今度は俺の腕に手を回す。

 腕を組んで歩くのは初めてだし、コスプレをしているのもあって歩くのにも一苦労だ。


 お互いコスプレのパーツがあるので、時折硬い音が鳴るのがその証拠。

 でもそれさえ楽しく、自然と笑顔になる。


「それに……今さらですが、恥ずかしながら白状しますと。今日の女装とか含めてやろうとしたのは、特別手当。給料が多めに貰えるからでして」

「ボーナスってやつ?」

「うん。レオナさんとデートだったり、旅行とかもしたい時にさ。資金がないと困るなって思って」


 誕生日プレゼントも。

 今は、それだけは黙っておいた方がよさそうだ。


「そっか。デートや旅行は二人で行くんだからさ。真白君だけに負担させるわけないじゃん。相談してくれればよかったのに」

「うん。言われてみれば。見栄を張りたかったのかも」

「それはー……うん。男の子だもんね。なんとなく分かるよ。でも、デートかー……」


 レオナさんは夜空を見上げながら思案したかと思えば、足を止めて顔を近づけた。


「じゃあさ、真白君! 明日デートしよ! 恋人初デート! 明日暇!?」

「暇だし、俺は構わないけど。初デートは色々考えた方がいいんじゃ? レオナさんもそっちの方が楽しいよね?」

「そんなことないよー。ザ・行き当たりばったりの初デートも私たちらしいじゃん?」


 確かに。

 明確なプランを練ってのデート、さらに旅行はもう少しレベルアップした俺たちの方がうまくいきそうではある。


「そうだね。でも、さすがに場所くらいは決めた方がいいよね」


 スマホを取り出し、まずは明日の天気を確認する。


「明日の天気は曇りのち雨。降水確率50パーセントだって……」

「OHー……フィフティフィフティー……」


 レオナさんも残念そうな声を上げた。

 行き当たりばったりの初デートとはいえ、せめて天気くらいは晴れがいいと思う。


「うーん。屋外デートはやめた方がよさそうだね。室内でー……でも、恋人初デートだしなー……」


 それでもレオナさんは初デートに行く気満々だった。

 既に思考を巡らせ、


「あっ! レオナ閃きました! 水族館とかどう!? なんか恋人っぽいし!」


 名案と言わんばかりに目を輝かせた。


「水族館。それなら雨の心配もいらないね」


 魚たちを見ながらまったりするデートも楽しいに決まっている。


「うんうん! じゃあ水族館に決定! どこにするかはまた後で考えよ! 今は、コスプレお散歩デート……あれ? 待って真白君。既に初デートしちゃってる?」

「そう、かも? えっと。コスプレお散歩デートが初めて、水族館デートも初めて。デートじゃなくて、行く場所で分けるみたいな感じでどうでしょうか」

「そうだね。その案採用。よし。もう少しコスプレお散歩初デートを楽しんだらさ。戻って、お手伝いしよっか」

「うん。それがいいね」


 二人きりのコスプレお散歩初デートだけど、すっかり素に戻ってしまった。

 だけど、英霊さんも笑って許してくれるに違いない。


「あ! じゃあ、突撃隣のトリックオアトリートしていく!?」

「俺たちのコスプレでお菓子くれるかな? 聖女様と必殺仕事人だよ?」


 この後にはハロウィンパーティーが待っていて。

 明日も俺とレオナさんはまた新しい思い出を作れる。


 今日と言う日を頑張って本当に良かったと、隣を歩く彼女の笑顔を見てそう思えた。

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