第93話 たった一人の君のために


 ……思い描いていた恋人初登校の滑り出しではなかった。

 二人きりになった途端、お互いに黙って歩くだけ。


 前から来るスーツ姿の人が俺たちを見て驚き――すぐに目をそらして足早に通り過ぎた。


 俺はデカいし、顔つきが怖いし、レオナさんはパーフェクトお嬢様フォームみたいなのものだから目立って当然だ。


 外野から見たら美女と野獣、お嬢様と不良、みたいに見えるんだろう。

 しかも黙っているから喧嘩中の険悪状態と思われてもおかしくない。


 とはいえ、本当にそうなら手なんてつないでないわけで。

 逆に手をつないでいるのがさらに目を引く要因になっている。


 なるべくみなさんの通行の邪魔にならないように距離を縮め、歩道の隅っこを歩くだけで、お互いに手は離さない。

 手を離す選択肢だけはなく、共通認識として通じ合っている。


 だから決して気まずいわけじゃない。

 だけど何を話すべきかと思い、考え、黙ってしまう。

 いつもならなんでもない話で盛り上がるのに。


 理由は分かっている。

 初めて見るお嬢様然とした姿のレオナさんにまだ慣れない。

 以前の性格キャラ迷走じゃなく、今回はレオナさんなりの正装だから。

 変に指摘するのもおかしな話というか……。 


「真白君、気になるよね? 私のパーフェクトお嬢様フォーム」


 先に切り出したのはレオナさんの方だった。

 俺の心を見透かしたかのように……まあ、バレバレだよね。

 分からないなら聞くしかない。


「それは、うん。似合ってるし、挨拶のための正装……みたいな感じだと思ってたけど。他になにかあったりする?」

「あったりするわけですよ、これが。昨日に続いて悪いんだけどさ。私の嫌な話、聞いてもらっていい?」


 前を向いて歩くレオナさんの表情は真剣で、少し申し訳なさそうだ。


「聞くよ。レオナさんの話ならなんでも」

「ありがと、真白君」


 俺に向けてくれる笑顔もやっぱり申し訳なさそうだ。

 俺がその分受け止めてあげるしかない、かな。


「私さ、中等部の頃が一番告白されたことが多いんだ」


 思わず足を止めそうになったけど、歩くのをやめない。

 それはみんなからなんとなく聞かされていたし、学校で噂も聞いたことがある話題だった。


「もちろん全部断ったよ? でも真白君に告白されて思ったんだ」


 レオナさんは一呼吸置いてから続ける。


「私の外見とか家柄とかさー。そーいうのだけ見て、ステータスみたいに自分あげ目的の軽い気持ちで告白した人もいるんだろうけど。

 中には一世一代の告白してくれた人もいたんだろうなって。きっと凄い勇気にエネルギーを使って頑張ってくれたんだろうなって。その人たちに比べたら私なんか全然の臆病者だなって」


 今この話をすることに驚きはあるけど、不思議と嫌な気持ちは湧いてはこない。


 多分、俺より話をするレオナさんの方がつらいからだと思う。

 レオナさんはずっと前を見て、話している。

 それでもつないだ手だけは決して離そうとしない。


「それでまあ話を戻しますと。だからかな。なんか重くなっちゃったんだ。当時は色々さ。あの頃は今みたいなお清楚ーな感じで髪も伸ばしてさ」


 中等部の頃のレオナさんを想像する。

 雰囲気はともかく、言葉使いが清楚なレオナさんは……なかなか想像しにくい。


「用法は違うけど、後ろ髪を引かれる思いってあるじゃん。なんかヤバいくらいに髪を引っ張られて、ガチで病みそうなくらい重くて、前に進めなそうな気がして」


 だから、さ、とレオナさんは当時の心境を思い出したかのように吐き出す。


「少しは楽になるかなーって、思い切ってバッサリ短くしてみたんだ」


 俺が髪を伸ばし、人目を避けるようになった方法と逆だ。

 でも目的は似ている。


「実際、軽くなったよ。猫被るのやめて。キャラ変して陽キャギャルフォームにして。今みたいにアニメやマンガの話もふつーに隠さず話すようになったし。不思議と落ち着いた。まあ、振りまくちゃったのもあるし、桜やシズぽよの助けもあってのことだけど」


 レオナさんも俺とは違う色んな経験をし、自分の道を歩んできた。

 それがあって今レオナさんはここにいて、一緒に歩いてくれてるんだろう。 


「前に〈GoF〉を始めた理由話したよね」

じんさんがどんな仕事をしているか知りたかった、だよね?」

「うん。実はそれだけじゃないんだ。リアルしんどいなーとも思って。ネトゲの〈GoF〉なら、好きな外見で遊べるし、髪型もね。ただの一プレイヤーになれるかなって。

 まあ気分転換もちょっとあったし。やってみたらフルダイブVRの操作法が謎すぎてスタダでクソゲー認定しちゃったけど」


 レオナさんは昔をなつかしむように笑う。

 俺も〈GoF〉で『レオ』に初めって出会った時を思い出し、同じように笑う。

 それもまた俺と似た理由だ。


 俺は〈GoF〉で違う自分になって、少しでもリアルの自分を変えられるかてになれば――なんて淡い思いを抱いて始めた。


 それはきっかけに過ぎなくて、自由に走れることが嬉しくて、純粋に楽しくなってしまったんだけども。


 始まりは後ろ向きか、前向きかみたいな違いはあるけれど。

 進みたい気持ちだけは同じだった。


「まーあ? パパにはそれくらいは感謝してるし。おかげで髪を伸ばしても支えてくれる人に出会えたから」


 俺の腕に、レオナさんが頭をこつんとぶつけた。


「髪が長い方が色んなヘアスタイルにアレンジしやすいし。真白君も色んなモデルで描いた方が楽しいし、練習になるでしょ?」


 ……つまるところ。

 自惚うぬぼれでないのなら。

 全部俺のためにってことなんだろうか。


「ありがとう。俺はレオナさんのどんな姿でも描いていけたらなって思うよ」


 たくさんの人に見せるでも、自慢するでもなく。

 ただ一人。

 たった一人に。

 彼女のために。

 君に喜んでもらえるのならそれでいい。


 だからまあ……俺のイラストなんかは趣味の範疇はんちゅうに留まってしまうんだろうな。


「……うん。知ってる」

「知ってるよね」


 おかしくて一緒に笑って、空を見上げる。


「はいっ。いじょーで私の嫌な話は終了でーす。ね? 私みたいな嫌な話をダシに使ってノロケちゃう嫌な女はさ。真白君みたいなぐう聖な男の子じゃないと相手がつとまらないわけですよ」


 レオナさんは今度は身体全体を預けてくる。

 預けられた重みは軽いようで、やっぱり重い。

 だけど重いようで、重くない。


 きっとそれは嬉しいからだ。

 だから、俺も。


「俺はぐう聖じゃないよ。小学生の頃はまあ……やんちゃで悪ガキの、絶滅危惧種のガキ大将みたいなものだったし」

芝狩小しばかりしょうに生息する白兎はくとの暴君さん?」

「うっ。お、覚えてたんだ……?」


 一回か二回くらいしか言った覚えがない。

 まさか覚えているとは思わなかった。

 へっへっへっ、とレオナさんは悪い顔をする。


「甘く見てもらっちゃ困りますぜー、真白の旦那ァ。私の脳内の真白君フォルダは容量無制限の特別ストレージだぜー」

「俺もそうだけどね」


 レオナさんの思い出は特別フォルダの容量無制限だから。


「いやいや。私の方が高性能高品質超高度だし。で、真白君はパーフェクトお嬢様フォームと陽キャギャルフォーム。どっちが好き?」


 急な話題転換だった。


「さすがに制服は元に戻そうかなって思うんだ。期間限定特別仕様。毎日はやっぱ慣れないし、きついしー」


 レオナさんは胸元のブラウスを苦しそうに引っ張る。

 本当に色々苦しそうで、きつそうだ。色々……と。


「……あ。そ、れ、と、もー」


 ふいにレオナさんが足を止め、俺の手を引いた。

 背伸びをして俺の耳元に顔を近づけ、


「真白君と二人きりの時だけ、さ。ボタンパージの陽キャギャルフォームにしよっか?」

「え!?」


 とんでもないことをささやかれ、つい手を離して耳を押さえてしまった。

 パージとはフルなのハーフなのか、そもそもセーフなのか……。


「さすがに嫌で重い話しすぎてペース遅すぎだし! 遅刻しちゃうからガチダーッシュ! ほら真白君おいてくぜー!」


 レオナさんはそう言いながらパーフェクトお嬢様フォームで、ガチダッシュ。駅に向かって走り出してしまった。

 ただ最後の一瞬、見えたレオナさんの顔は真っ赤に染まっていた。


 俺は――どっちも大好きで捨てがたい優柔不断な男です。ごめんなさい。

 情けない思いを抱きながら、レオナさんをガチダッシュで追いかけ、追いつき、追い越し、脱兎だっとの如く逃げる。


「速っ! いやいや真白君! そこはつーかまえたじゃないの!? せめて一緒のペースじゃない!?」

「わりと時間がヤバいかも」

「マ!?」


 それは本音であり、ちょっとだけ嘘で。

 俺の顔もまだ赤いから、見られるのが恥ずかしいだけだ。


 一緒に駅までガチダッシュ――まあ、これが俺たちだけの恋人初登校だ。

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