第91話 また明日
レオナさんの家での濃厚すぎる時間が終わりを迎える。
お世話になった人たちに挨拶をし、屋敷から出る。
見送りについてきてくれたレオナさんと手をつないで二人で歩く。
正面出入り口の門に通じる道の少しだけの間、今日最後の二人だけの時間を過ごす。
「真白君、大丈夫? 疲れてない? やっぱりデス美に送らせた方がよくない?」
「平気だよ。今日は自分の足で帰りたいんだ。またいつでも来られるように道も覚えたいし。でも、心配してくれてありがとう。嬉しいよ」
「ううん。今日はパパが迷惑かけまくったし。はあー、せっかくの恋人初日がさんざんになっちゃった」
レオナさんは夜空を見上げ、嘆いた。
「でも、こんな恋人初日を送れたのは俺たちだけかもしれないよ。そう考えたら悪くない、むしろ最高かなって思わない?」
「真白君、ポジティブすぎない?」
「うん。レオナさんの彼氏に、恋人になれたから舞い上がってるのかも」
「そ、そっか。えへへ、私も真白君の彼女に、恋人になれて夜空のお星様に向かって昇天しちゃうかも」
レオナさんが距離を縮め、肩までくっついてしまう。
歩くペースはさらに落ちる。
外気に触れる肌は少し冷えるけど、繋いだ手の温かさで気にならない。
「そうだ、レオナさん。このパーカー本当に貰っていいの?」
なんだかんだ着慣れてしまったウサミミフードのパーカーを見る。
繋いでない方の手に持つ紙袋には、今日着てきた服が入っている。
「うん。いーよ。最初から真白君にプレゼントしようって思ってたから。私だけのイラストのお礼。ぜんぜん釣り合わないけどさ」
「そんなことないよ。ありがとう」
「そー言われると、マジで嬉しい」
レオナさんははにかんで
そんな姿も今は可愛いとハッキリと思えるようになった。
「でも、よく俺のサイズ分かったね? 奇跡的にジャストフィットしてるから驚いたよ」
「え!?」
すぐにレオナさんが顔を上げた。
「そ、それはー……そう! 前にデス美が真白君のデータをとっていたから! それを参考に見つけたんだし!」
「なるほど。そういえば色々データをとられたっけ。今の技術って凄いね」
「ねー……いや、マジでスゴイ、うん。スゴイスゴイー」
他愛のない会話さえ楽しい。
「あ。それで、さ。話変わるけどさ。パパが嫌なこと聞いてごめんね? マジ
「嫌なこと? そんなこと聞かれたっけ? 試験の話……じゃないよね?」
「えっと、その。将来の夢」
レオナさんが呟いた言葉に納得がいった。
「全然。嫌な話じゃないよ。むしろ、聞いてくれてよかったって思うよ。話も参考になったし、改めて色々考えなきゃなって」
今もまだ将来の夢なんて形になっていない。
それでも夢の一欠片を探していけばいいんだと思えるだけ、一歩前進といえる。
「そう言ってくれるなら、うん。いいかな。私も、さ。将来の夢、とかないんだよね」
レオナさんがまた夜空を見ながら話す。
「桜の
大学進学して? 卒業したら本格的にパパの事業の手伝いして? おいおい誰かと……その、ケコンとかして? ゆくゆくは
パパは私の好きなことをやりなさいって言ってくれてるけど。みんなの生活もあるし」
レオナさんは不安そうに自分の心情を吐露した。
現実的に考えれば一人っ子のレオナさんが家督を継ぐのは当たり前だ。
そうなると婿養子やらお見合いなんて選択肢もあるんだろう。
俺が――なんて軽く言っていい言葉ではない。簡単に選んでいい道でもない。きっと今言ったらレオナさんにガチギレされる。
今の俺には色々足りなすぎるから。
代わりに握る手にほんの少しだけ力を込める。
「……一緒に探していけるといいね」
「うん。恋人レベリングだけじゃなくて、将来の夢も、一緒に探せるといいね」
それでも言葉にしなくてもなんとなく伝わってしまっていると思った。
俺たちはまだまだあらゆることが初心者だ。
だから一緒に経験していけばいいだけの話でしかない。
そう考えると不安よりも楽しさの方が増していく。
「勉強に、行事に、バイトに、絵に、遊びに。レオナさんと色んなところにだって行きたいし。〈GoF〉も。時間が足りないね」
全部をやろうとすれば、きっとどれかを削らないといけなくなる。
俺たち高校生――学生の本分は勉学だ。
だから、遊びに〈GoF〉の時間は進級して2年、3年になるにつれて減っていってしまうんだろう。
それでも一緒に過ごしたい気持ちは強くある。
「足りないねー。だから、その。真白君たちがよければだけど、さ。たまに学校帰る時、真白君の家をチェックポイントにしてもいい?」
今度はレオナさんが俺の手を少しだけ強く握りしめた。
「チェックポイント? それって俺の家に寄ってから帰るってことであってる?」
レオナさんは頷いた。
「私、勉強くらいしか教えられることないし。私はデス美に送ってもらえばいいし。だから、その……一緒にいられる時間増やしたい……じゃん?」
「ありがとう。レオナさんが教えてくれると助かるよ。父さんや母さんに話しておくよ。白雪もだけど、みんな大歓迎だよ」
こんな健気に照れて言ってくれる彼女のお願いを
「うん。ありがと。あ。でもレオナ先生の講義は厳しいからね。覚悟してね?」
「よろしくお願いします。レオナ先生」
「レオナ、先生……いい。真白君、もっかい言って?」
「え? レオナ先生?」
「あ。だめ。いけない講義が始まりそう」
レオナさんは顔を赤くしてよからぬ妄想をしている。
うん。申し訳ないけど、もう少しだけ妄想から現実に戻ってもらおう。
「レオナさん。時間が足りないって話だけどさ。母さんが朝の日課、もうしなくてもいいって言ってくれたんだ。他にやりたいこと増えただろって」
レオナさんが俺の家に泊まってから数日後の話だ。
「あ。え?
レオナさんは我に返り驚いている。
「そーなんだ……。真白君はどう答えたの?」
「高校卒業まではできる限り続けるって言ったよ」
家族揃ってのラジオ体操も、筋トレも、ランニングも。
始まりは中学2年の体育祭の時――俺が立ち止まってしまった時だから。
また走り出せる時のためにってずっと俺を支えてくれていた。
「それが俺なりの感謝かなって。まあ、白雪も来年は中等部で
「うん。続けるのはいいんじゃないかな。私もこのあと地獄のランニングマシーンが待ってるし……つらみ」
ああ。お菓子カロリー分消費しないといけないのか。
やっぱり俺も負けてられないな。
「だから、レオナさん。俺も今日帰ったら話そうと思う。レオナさんと恋人同士になったこと」
レオナさんの家族に打ち明けたのに、俺の家族に黙っているのは対等じゃないと思うから。
レオナさんは数秒黙って俺を見てから、笑って頷く。
「絶対そっちの方がいいよね。真白君の家族はパパみたいに大反対なんてないだろーし。安心だね」
「……うちの場合はどっちかっていうと母さんがパパラッチ化しそうだよ」
「んー……それは真白君のPSで頑張って乗り切って。ファイト」
「頑張ります。とにかく色々言ったけどさ。こっからが本題なわけでして。そうすればたまにの休日に夜更かしとかしても、変に思われないかなって」
「え!? 私と夜更かしするってこと? そ、それって……その……や、やっぱりぃー……あ、あれですかい!?」
「……あれですかい、って? あ!?」
レオナさんがなぜか急にまた顔を赤くしたので、何ごとかと思い理解した。
「いや、〈GoF〉とかマルチプレイ対応のゲームで遊ぶって意味だよ!? 休日の夜とか熱中して時間伸びちゃうこともあるだろうしって!」
「あ! あー……あー……だ、だよねー! 分かってたよ! うん! 私は完全に完璧に分かってたよ!」
はぐらかすように笑うレオナさん。
だけど、手の熱さが増しているのでバレバレだ。
「レオナさんって、その――」
「別に私はむっつりじゃないし! 女子高生はこんくらいふつーなんです! ナギりんもそうだったでしょ!?」
そう言われると反論できない。
白鳥さんが巻き添えを食らってしまい、申し訳ないけれども。
湿っぽい話だったはずだけど、明るい声に戻ってしまう。
まあ、これが俺たちだ。
門が近づいてくる。
それでも今日が終わりに近づく。
「おほん。話を少し戻しましょう。真白君。私も明日の朝に簡単に挨拶しにいっていい?」
「え? 大変じゃない? 学校と反対方向だし」
「大変じゃないよ。早起きするし。明日は特別だから。一緒に恋人初登校もしたいなーって……だめ?」
ああ、ずるいな。
そんな風に上目使いで言われたら。
「だめ、じゃないよ。朝ご飯はうちで食べる?」
「私もそこまで食い意地張ってないよー。挨拶して登校だけ、一緒」
「分かったよ。待ってるね」
終点に辿り着く。
門が開いていく。
今日が終わる。
「真白君――」
ふっと頬に温かい、唇が触れた。
「また明日ね」
レオナさんは俺から離れると、手を後ろに組んでニッとしたり顔で笑う。
「こーいうのも悪くない、でしょ?」
「……うん。悪くないね」
「わっ」
お礼にそっと抱きしめる。
「こーいうのも、その悪く、ない、ですか?」
「うん。悪くなーい」
レオナさんが俺の背中に手を回し、顔を
何度触れても温かい。
「また明日、レオナさん」
そっと離れる。
今日はこれでお別れだ。
「真白君? んー?」
レオナさんが自分の頬をとんとんと指で叩いて、あれをご
ハグはセーフの認識で、あれ――キスはセーブがかかってしまっていた。
改めて思うと自分からするのってめっちゃ照れるし、恥ずかしい。
レオナさんは俺がするまでとんとんを続ける気だ。
負けを認め、そっと
「えへへ。満足」
満面の笑みを見たら、照れも恥ずかしさも吹っ飛び、俺も満足してしまっていた。
やっぱりリアルじゃレオナさんに敵わないな。
「レオナさん――」
「真白君――」
「また明日」
俺たちは今度こそさよならを言い、姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
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