第79話 夏休みの忘れもの

 土曜日の夜。


 苦肉の策で母さんのマンガ資料である女性向け雑誌を見ながら、レオナさんにどう告白するか、デートスポットはどんな場所があるのかと考えている時だった。


 レオナさんからIWSNイワシンに連絡が入り、即座に確認する。


『た、す、け、て』

「え!?」


 思わず声が出てしまった。

 緊急を要する文字だけが非常事態だと告げている。


 ……まさか、誘拐!?

 大事件――。


『積みゲーができそうです』


 ある意味重大事件だった。


 ゲームソフトを買ったはいいものの、やる機会が訪れず、部屋の片隅でどんどん積み重なり溜まっていくゲームたち。


 まるで夏休みの宿題みたいだ。

 やろうやろうと思ってもつい先延ばしにしてしまう。

 俺も小学生の時はギリギリだったなあ……。


『とりま真白君、明日暇? 暇ならデス美に迎えに行かせるから家に来れる?』


 昔を懐かしんでいると、レオナさんの文がすぐに読みとれなかった。


 うん? 家?

 俺の家ではなく、レオナさんの家?

 明日は、暇だ。

 遊びの誘いなら……問題ないはずだ。


『うん。行くよ』


 淡々とした文章なのに、打ち込む俺の思いは計り知れないものがあった。


 ◆


「兎野様ー! 獅子王邸にご到着いたしましたことをお告げしますわー!」 


 昼過ぎにデス美さんにビークルで自宅に迎えに来てもらい、レオナさんの家に到着した。

 ……家の門の先にもまだ長い道路が続いているんだなって驚いてしまった。


 そして、デカい。

 門もデカいし、庭もデカいし、家もデカい。


 驚きすぎてデカい以外の語彙ごいがほんとになくなりかけてるくらいデカい。


 マンガやアニメだけにしか存在してないと思った豪邸があるなんて……いや、うん。落ち着こう。


 今乗ってるデス美さんの四脚型ビークルの時点で、現実離れしているし。


「獅子王邸玄関前ー、獅子王邸玄関前ーですわー。お降りの際はタラップを踏み外さす降りてくださいましー」


 デス美さんのアナウンスどおりタラップを降り、玄関の前に出る。

 やっぱりデカい――。


「おいでませですわー! 兎野様!」

「ニャー」

「デス美シリーズ総出で大歓迎ですわー!」

「ニャニャー!」

「お忘れとお思いですので私はデス出州美ですみですわー! そこんところよろしくお願いいたしますわー!」

「ニャニャニャーン!」


 4DXデス美さん&猫ちゃんず……!

 どこからともなく現れたデス美さんシリーズと猫たちの出迎えを受ける。


 四方八方からですとニャーの大合唱だった。

 お掃除ロボットに、警備用ドローン、用途不明マシンのデス美さんシリーズ。


 ぶちゃかわ、長い毛並み、足が短め――特徴のある三匹の猫は、専用のお掃除ロボットに乗って寛いでいる。


 なんかひなペンギンが大人ペンギンに囲まれて、罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせられている画像の気持ちが分かった気がする。


 そんなことを考えていると、三匹の猫が俺の頭や肩めがけて飛びかかってきた。

 レオナさんと猫カフェに行った時を思い出し――またもや回避QTE失敗。


 より至近距離からのニャー攻勢を受けてしまう。


 まるでお前は獅子王家では最下層のヒエラルキーだぞ、分かってんのか新入りが、と先住猫先輩として教育されているみたいだ。


「いらっしゃーい! 真白君――うわ、なにやってんの! もち太郎プリ子ごま萌!」


 玄関から出てきたレオナさんが三匹の猫を手早く回収し、抱きかかえる。


「ごめんね、真白君。大丈夫? 怪我とかしてない?」

「うん。なんとか無事です」

「しかしいつの間に外に……デス美の仕業か」

「ワタクシは何も知らぬ存ぜぬでございますですわ」


 俺は自分の被害よりもレオナさんの私服の方が気になってしまった。

 レオナさんの私服を見るのはビデオ通話以来だったから。


 やっぱり直接見ると緊張するというか、ビデオ通話は上半身がメインで映っている。


 猫耳フード付きパーカーに……丈の短いスカートにスパッツ。学園の制服で見慣れているはずなのに、ついドキッとしてしまう。


「って、デス美と話す時間が惜しい。ほら、真白君。入って入って」

「お邪魔します」


 レオナさんに招かれ玄関に入り、靴を脱ぐ。


「もち太郎、プリ子、ごま萌。今後一切真白君に飛びかからないこと。分かった?」


 腰を下ろしたレオナさんが、解放した三匹の猫に言い聞かせている。

 俺に飛びかかってきた猫たちとは思えない従順ぶりだ。


 まあ……それだけ下に見られているってことだろう。

 嬉しくもあり、悲しくもある。


 動物は見た目ではなく、中身で判断しているのかもしれない。


 それにしても、広い。デカいの次は広いだ。相変わらず語彙力が落ちている。知力よ、早く戻ってくれ。


 玄関から続く廊下は縦だけじゃなくて左右にもある。

 玄関自体が広いんだ。

 これがエントランスってやつなんだろうか。


「いらっしゃい、マシロさん。体育祭以来デスね」


 長い髪をした女性――レオナさんのお母さんであるリオーネさんがやってきた。

 慌てて姿勢を正す。


「お邪魔します。あの、これ。母さんからお土産を預かってきました。美味しいクッキーの詰め合わせ、だそうです」


 リオーネさんに紙袋を丁寧に手渡す。


「あらあら。これはご丁寧に……あ! ま、まさかルナティック☆キララ先生の前作である『初恋クッキー』のモデルとなった物デスか!?」

「……すみません。聞くの忘れてました」

「あ! ごめんなさい! ワタシとしたことがつい興奮してしまい! お土産ありがとうございマス。自分の家だと思ってゆっくりしていいデスからね」

「は、はい。ありがとうございます」

「あらあら、まあまあ。ふふ。緊張していマスね。レオナとお揃いデスね」

「ちょ、ママ! 余計なこと言わないでいいから! ほらっ、真白君! 私の部屋行こっ!」

「照れちゃってもう。可愛い子たちデスね。ごゆーっくりー」


 レオナさんに背中を押され、リオーネさんの声が遠のいていく。

 いくつもの部屋を通り過ぎ、レオナさんの部屋の前に着いたらしい。


「私の部屋にとーちゃーく。えっとね。ちょっとだけ。マジでちょっとだけ散らかってるかもだけど。別に座れないってほどじゃないし。幻滅しないでね?」


 恥ずかしそうに頬をかくレオナさん。

 リオーネさんが言っていたことは本当だったみたいだ。


「幻滅なんてしないよ」


 俺だって緊張でいっぱいいっぱいで、幻滅する余裕なんてない。

 女の子の部屋に入るのは初めてだ。


 緊張する。

 俺の部屋に招いた時も遙かに緊張する。


「……そっか。ありがと。じゃ、どーぞ」


 レオナさんの許可を得て、部屋に入る。

 あまりキョロキョロと見回すのも失礼だし……ん? あれ、は?


 最近レオナさんにプレゼントした俺のイラストがプリントされたグッズ……いや、一つだけじゃない。あちこちに?


 俺が取ったと思われるママ卍ガオ美さんが着ているシャツに、プレート、マグカップ……果てはポスターまで。


「んー? あ。やっぱり現役JKのお部屋って気になる?」


 レオナさんは俺の様子を見て緊張が解けたのか、からかってくる。


「まあ、そうだね」


 はい。現役JKのお部屋にはなかなかなさそうな物があって気になります。

 現役JKではないけど、お嬢様……要素はふわふわの大きなベッドくらい?


 あとは本棚にマンガが多いとか、公式のアニメグッズとか。

 部屋自体が俺の部屋より遙かに広い。蔵書量も格段に増えている。


 雰囲気的には俺の部屋と変わらないので、緊張はしなくなった。


「恥ずかしいなって感じ」


 嘘は言っていない。


「やっぱり? それに真白君直筆イラストグッズを前にしたら、原作者としては照れるよね?」

「あ、うん。これってレオナさんが自分でやったの?」

「ママに手伝ってもらってね。もちろん、ここだけだよ? 無許可販売なんて非道な真似してないから安心してね」


 レオナさんはニコニコと嬉しそうに語る。

 ……まさか本当にやるとは思っていなかった。


「ちなみにパジャマとか抱き枕とかはないよね……?」

「真白君、天才か。それもあり」


 ふむ、と顎に手を当てるレオナさん。

 聞かない方がよかったかも。

 レオナさんの目を見てると本気で、普通で、当たり前だと思っている。


 嫌ではない。

 嬉しいけど、めっちゃ恥ずかしい。

 次はもっとイラストをうまく描けるように練習し、頑張ろう。


「それでレオナさん。積みゲーってどれ?」

「おっといけない。そーだった。ちょっと待っててねー……えっーと。これなんだけど」


 レオナさんがゲームソフトが収められたボックスから一つを取って戻ってくる。

 見せてくれたゲームソフトのパッケージは、


幽覧零夜巡ゆうらんれいやめぐりの……参夜譚さんやたん――黒白こくびゃくの花嫁?」


 昔の日本を舞台にした和風ホラーゲームだった。

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