第59話 小さき者たちの宴

 その後も緩やかな流れで競技が続き、


「ああっ! いけません! 科学研究部、山岳部、サバゲー部、キャンプ部、YAEN部! 彼らの半年分の部費と汗と涙で作られた障害物たちが無残に粉砕されていく!

 これが北欧と蝦夷えぞが生んだハイブリッドドラゴンガール! 花竜皇かりゅうこうさん! 障害物競走の最終組にしたのは英断でした!」

「オーホッホッホッ! わたくしの背中を存分に拝めましたかしらーッ! 獅子王レオナッー!」

「私の完敗だけどさー……。もう少し作ってくれたみんなにリスペクトとかしてもー……まあ、フル美らしいからいいけどさー……」

「そうでしょう! 力こそパワー! パワーオブファーマー! パファーマー花竜皇フロレンルティーヌ美来みらいをご覧遊ばせですわーッ!」


 特設ステージに障害物だった物が散らばったり。


「これはアフリカ地方で食べられているキャッサバパン。この淡泊さがハチミツの甘さを引き立ててる。連戦連投のシズコの身体に染み渡る……まさにサバンナのオアシス」

「シズぽよ! 食べきるのは後にして走ってー!」


 本当に世界ご当地パン食い当て競走があって驚いたり。


「さすが現役モデルの虎雅こがさん! 競歩でも美しい! 素晴らしいウォーキング!」

「いいぞー桜! キレてるよー! おーい! あれー? 聞こえてますかサクちゃーむー? こらー! 無視すんなしー!」


 競歩もあるんだなーって感心したり。


安昼あひるーここにあったプラカード知らなーい?」


 安昼君は体育祭実行委員として、競技に参加していない時も忙しなく動いている。

 今日はあまり話す機会がないけど、みんなから頼られて、


「安昼ーこのカゴどこに置いておけばいいんだっけー?」

「安昼ー次の誘導担当の奴が見当たらないんだけどー?」

「安昼ー花竜皇さんが破壊したグランドウォールヘルバリケードデスモノリスの片づけ手伝ってー」

「分かったからせめて一人ずつにしてくれ!」


 頼られすぎて、大変そうな……。

 それでも全然バテないタフネスさ。体力お化けだ。


 みんなの活躍を見守りながら、また俺が参加する男子騎馬戦の時間が迫ってきた。


「おかしい。B組に追いついたと思ったら引き離されてる。どういうことだよ?」


 入場口前で参加する1年A組のみんなで円陣を組む。


「説明しよう」

「知ってるのか、安昼」

「俺たち1Aがどう呼ばれているか知ってるか?」


 知らない、とみんなが口を揃えて言う。


「お笑い1A、残念1A、今日のお弁当のほうれん草1A。獅子王さんと珍獣(一部)。理由は陸上ガチ競技は一部を除いて善戦に留まり、レクリエーション系でしか好成績を残していないからだ」

「好き放題いいやがって。ところで珍獣ってのは――」


 根津星ねづぼし君の言葉にみんながゴクリとつばを飲んだ。


瑠璃羽るりばは」

「ないない。ありえねーって」

「安昼も」

「ないよなー」

「兎野も」


 名前が呼ばれて、ついドキッとしてしまった。


「今日の活躍っぷりで言える奴はいねえよなー」


 ホッと息を吐く。

 俺もクラスの一員として頑張れてるって思えたから。


「根津星は」


 もう一組の騎馬チームが根津星君と肩を組んだり、頭を叩いたりした。


「こっち側だよなー」

「そうそう。俺も、ってなんでだよ!?」

「気にするな、根津星。お前は十分珍獣だ」

「珍獣とは根津星。根津星と言えば珍獣。珍獣を体現する男だ」

「まあ珍獣でも根津星は特別個体……いや、突然変異? だから、俺たちとはちょっと違うさ。本命はそっち四人。俺たちはサポートに回らしてもらうぜ」

「特別個体? 突然変異? しゃーねえな。悪くない響きに免じて許してやるよ」


 で、安昼、と根津星君が続ける。


「騎馬戦は陸上ガチ競技じゃねえから勝算あるんだよな?」

「ああ。十分に勝算はある。ただのガチ競技だからだ」

「なら、十分だ。ガチでやってやろうじゃねえか!」


 みんなで手を重ねて気合を入れる。


「続いての競技は組対抗の男子騎馬戦です! 1年から3年まで各クラス二騎参加! 合計四十八騎で争います!」

「一騎当千! 戦場では歳など関係なし! 万夫不当の強さを示し! 我こそは真の益荒男と勝ちどきをあげい!」


 ホラ貝の野太い号令に、太鼓の音色が鳴り響く中、騎馬を組む。


 体格的にも威圧的にも役割が果たせる俺が騎馬の前方担当で、安昼君と瑠璃羽君が後方担当。一番背が低いけど、素早い根津星君騎手の布陣だ。


「やっぱ先にB組潰しておくか?」


 根津星君が反対側に陣取る白組――の1年B組の方を見て言った。

 正方形のフィールドで、俺たちから見て両側には青組と黄組が陣取っている。


「……狙いやすいところから狙おう。先手必勝がいいと思う」

「兎野?」


 ゲームで言えば色対抗のバトルロワイヤル方式。


 現在赤組と白組が総得点を700点まで伸ばしてリードしているから、青組と黄組に狙われやすい。


 さら最後に残っていた組の数で順位が決まるけど、ハチマキ一つにつき10得点がクラスの得点に加算される。


 学年一位も取りたいなら、みんな自分の手でハチマキを奪いたいはずだ。

 俺たちもそうだし。


 1年A組が234点、1年B組が267点。

 より多くハチマキを取って得点を稼ぎたい。


 ……色組対抗だけの体育祭なら立ち回りやすかったな。変な思惑で横やりが入らなければいいけど。


 敵の敵は味方。強い相手に一時的に共闘するのはセオリーの一つだから。


「ま、兎野が言うなら従うぜ。今日の兎野はノってるからな」

「異議なし。先頭が司令塔になるべきだしな。根津星に任せたら大惨事だ」

「右に同じ」

「ありがとう。あ、でも。今回の騎馬戦の主役は根津星君だよ。ほら、見て」


 クラスの応援席の方を見るように促す。


「根津星君ー! 君の活躍をクラスの女子全員がめっちゃガン見してるぞー!」

「ネヅボシノシンの勝利を願ってー」

「がんばってー!」

「ガンバレーガンバレー」

「死ぬ気でやれー死ぬ気だぞー爆死すんなー根津星ー」


 事前に頼んだとおり獅子王さんを中心に、クラスの女子が根津星君の応援してくれている。


 一部の人は棒読みだったり適当だったりするけど……平気かな。


「お、俺は! 今俺は! 人生で一番女子に注目されている!」


 根津星君のテンションは爆アゲだった。

 アタッカーのバフも重要だ。


 罪悪感は拭えないけど、これも勝利のために……ごめん。


 後は出たとこ勝負。臨機応変に。GvGやレイド戦にちょっと似てるし、対応はできるはずだ。


「始めい!」

「さあ、男子騎馬戦! がっぷり四つのぶつかり合いが始まりましたー! 最初に仕掛けるのはどの組かー!」


 四方向からぶつかる分、最初はみんな出方をうかがい、睨み合う。進軍はゆっくりになりがちだ。


 だから棒倒しの時同様に仕掛ける。


「動いたのは白組! 本日活躍めざましい1年A組の面々だ!」


 予想どおり実況が俺たちの動きを伝えてくれた。

 みんなが俺たちの動きに触発される。


 フィールドラインからはみ出てアウトにならないギリギリを走り、青組の後方に迫る。


 死角になりやすい背後は、もう一組の騎馬チームにケアしてもらい、青組を荒らす。


「しゃ! 一本目!」


 根津星君がすれ違い様の一瞬で青組のハチマキを奪い取る。

 足は止めない。


 安昼君も瑠璃羽君も俺の動きに合わせてついてきてくれる。


「二本目!」


 根津星君は俺が思ったとおりに動いてくれる。


 反射神経もさることながら、体幹がブレない。不安定な騎馬の揺れなんて影響してない。


「個で挑むな! 囲め囲め! 敵はただの1年坊の二騎だぞ!」


 青組の騎馬が前に二騎、後ろに二騎。

 当然、こうなるのは予想していた。


 第一関門。

 ここを突破できれば、かなり優位に進められる。


 なにか相手の動きを止めるような。

 威圧的で高圧的で衝撃的で。

 正面突破できそうな策を考えていたけど……あ。あれなら。


「ビャ、ビャッバー……!」


 変な声が出た――気がした。

 慣れない言葉を急に言うもんじゃなかった……!


「ヒエッ!?」


 ちゃんと伝わっていたらしく、前方の騎馬の足が止まった。


「ダブルゲット!」


 隙を突いて、正面突破。

 すれ違い様に根津星君がハチマキを二つ奪い、そのまま白組の集団に紛れる。


「兎野。今の、なんだ?」

「世紀末の断末魔が」

「……ごめん、忘れて」

「気にすんなって! 俺は気に入ったぜ! ヒャッハー!」


 根津星君なら〈世紀末ヒャッハー珍走団〉の頭を張れそうだ。


 今の追い込みで青組がフィールドの中心に押し出されて、数的にも不利。一番狙われやすくなる。


 同時に俺たちもヘイトをかって狙われやすくなるかもだけど。

 とにもかくにもこっからが本番。


 混戦模様になったので油断せずに狙い目を見つけていこう。

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