明星エンド

 

 アマリと別れてから、俺は事務所に戻る。

 走って階段を登り、事務所を覗くと茉莉花と彩香師、明星がテーブルで顔を合わせて歌みたの打ち合わせをしていた。

 どうやら茉莉花と彩香師、二人で歌うらしい。

 演奏とMIXを依頼するつもりみたいだ。

 瓜の姿はないので帰ったんだろう。

 元々今日、なんの用もなかったし。

 息を切らせながら近づくと、三人が顔を開けて俺を見る。

 

 俺は――

 

「ちょっといいか?」

「あら、椎名さん。どうかしたの? 甘梨さんとランチに行ってくるのかと思ったら……ずいぶんお早いお帰りね」

「えーと、仕事が終わったら、ちょっと話したいんだ。茉莉花と明星も」

「「!」」

 

 そう頼んで、自分のデスクで仕事に戻る。

 が、すぐに「こんにちはー」と声がかかった。

 唄貝が収録に来たのだ。

 今日のゲストはフレイだったので、金谷に連絡を入れるとすぐに連れてきてくれた。

 唄貝の占い番組の収録を終えると、次はいよいよ茉莉花のラジオ番組。

 フレイはそのまま茉莉花のラジオ番組ゲストとしても収録を行った。

 

 ――夕方。

 すべての収録が終わっていつもならば地獄の編集作業に移るのだが、その前に待っててくれた茉莉花と明星を誘ってレストランに行った。

 明星には待たせてごめん、と謝ったが、茉莉花の収録が終わるまでずっと収録終わりの唄貝と歌みたコラボの話し合いを行っていて全然待った気がしないとのことだ。

 そういえば唄貝も歌が得意なライバーだった。

 レストランも少し高めのところに来たし、ヨシ、と気合いを入れる。

 

「えっと、まずは……茉莉花、お前にはっきりさせたいことがある。……アマリが言っていたんだけど、お前って俺のこと、その、す、好いてくれているのか?」

「え! ……ええと……そ、それは……」

「あ、いや、ごめん! キショいこと聞いて! お前みたいな美人に自分が好かれてるなんて、思い上がりもいいところだよな! マジキモくてゴメン!」

 

 調子こいてマジごめん、と頭を下げまくり、茉莉花には「い、いいよ、大丈夫だよ。っていうか、職場恋愛は嫌なんでしょ?」と確認されて、八潮に言われたことを説明する。

 八潮は職場恋愛を禁止してはいなかった。

 ただしっかり“大人として”割り切って仕事をするように。

 そして、ケジメをつけられるのなら。

 それを聞いた茉莉花は顔を赤くしてから、もじもじとして目を泳がせる。

 

「す……好き。わたし、椎名さんが」

「え!」

「好きよ。初めて会った頃から」

 

 そう言われて、本当だったのか、と呟いてしまう。

 アマリに茉莉花が言っていたことは、本当、だったのか。

 

「そ、そうなんだ。ごめん。俺は、茉莉花を仕事のパートナーとしか思ってない」

「――そう、よね。わかっている」

 

 なにより俺には手が届かない高嶺の花すぎて、憧れのような感覚はあってもあくまで仕事仲間。

 ごめん、と改めて頭を下げると「謝らないでよ。これからも仕事仲間として頑張りましょう」と微笑まれる。

 茉莉花はもう、だいぶ前から気持ちに区切りをつけていたのだと思う。

 顔を上げて茉莉花を見ると、逆に清々しい顔をしていた。

 

「それで? 一緒に連れてきたってことは、もしかしてヒナタくんも椎名さんを?」

「え、あ、う、は、はい」

「なるほどね。イメチェンしたのはそういうこと! わたしも椎名さんを好きになってから、女として見てもらえるようにかなり見た目に気を使うようになったのよねー」

「そ、そうなんですか?」

「そうよ。……でも、なんていうか……タイミングが合わなかったのよね、きっと。もしくはもっと早く、なりふり構わずぶつかればよかったのかも」

 

 そう言って天井を見上げてから息を吐き出す。

 まるで、それが最後の区切りのように。

 

「帰るわ。わたしの話はもう終わりでしょ?」

「あ……う、うん。ごめん。ありがとう」

「どういたしまして。また来週の収録もよろしくね、椎名さん」

「ああ、今週の分の編集も任せてくれ」

「もちろん、信頼してるわ」

 

 ウインクして颯爽と去っていく茉莉花、マジカッケェ。

 いい女だなぁ、と心底思うし、絶対幸せになってほしい。

 俺には絶対、あんないい女を幸せにできる自信ない。

 からの沈黙。

 

「えっと……なにか頼むか」

「は、はい! ……えっと……あの、本当に茉莉花さん、じゃなくて……私でよかったんですか……」

「え? ま、まあ、でも……今更茉莉花を仕事のパートナーじゃなく、異性として見るって厳しいものがあってだな」

「そ、そうなんですか?」

「うん」

 

 メニュー表を開いて、差し出す。

 このあと編集作業地獄だから、早く食べて事務所に戻らないと、と言うと明星も「あ、私も作業が」と慌ててメニュー表に目を落とす。

 

「その、まあ、あのさ」

「は、はい」

「付き合うかどうかは、まだわからないけど……またこうやって食事には誘ってほしいし、俺も時間が合いそうなら誘っていい、かな」

「っ、あ、は、はい」

 

 恋愛とか、久しぶりすぎてよくわからなくなっている。

 だから少しずつ思い出したいし、自分のために変わろうとしてくれる明星のために、俺も変わって行きたいと思う。






 明星エンド

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