第46話 修羅場 1

 

 あわあわ、とお互い両手を振り合う。

 二人でやれば、存外後片付けは早く終わるし。

 

「手伝ってくれてありがとうな」

「あ、いえ……あの……さっきの話なんですけど」

「う、うん?」

「急には……私も無理だと思うんです。恋愛、私も初めてだから」

 

 え、そうなんだ?

 ちょっと意外、と目を丸くしていると、明星は意を決したように顔を上げる。

 

「こ、今度の日曜日、お出かけしませんか、一緒にっ」

「え!? 日曜日……ごめん、仕事が」

 

 多分めちゃくちゃ動画編集終わってない。

 

「え、あ、う、そ、そうですか……えっとじゃあ、お休みの日って、次はいつですか?」

「火曜日かな」

「くっ、火曜日……」

 

 忙しいんだな、火曜日。

 しかし、せっかく誘ってくれているのに休みが被りそうにないんだよな。

 うーん、と悩んで――。

 

「あ、それじゃあ、昼飯一緒にどうだ? ランチってやつ? 美味そうなランチの店があってさ、男一人じゃちょっと入りづらかったんだ。都合のつく時に……どうかな?」

「っ! は、はい! 喜んで!」

「じゃあ……えーと……来週の月曜日は、どうでしょうか」

「ああ、月曜日なら大丈夫」

 

 という感じで、ランチに誘ってみた。

 昼間、一緒に昼飯食うくらいなら大丈夫だろう。

 ……なにが大丈夫?

 いや、なんか、わからんけど。って、誰に言い訳してるんだ。

 

「……あの、そ、それじゃあ……そ、その……れ、れ、連絡先とか、こ、交換してもらってもいいですか?」

「え!? あ、そうか! は、はい、い、いいよ!?」

 

 そこまで考えが至らなかった。

 スマホを取り出して、SNSの連絡先を交換する。

 ディスコじゃなくて、ガチの……本名の方の……。

 

「え、こ、これいいのか?」

「は、はい。椎名さんが嫌でないのなら」

「そ、そうなんだ。わかった。えっと、じゃあ月曜日に」

「は、はいっ」

 

 嬉しそうに見上げられて、その笑顔が非常に可愛く見えた。

 変な雰囲気を払拭したくて、俺は三階の収録スタジオに戻ることにした。

 このあと、唄貝の占い番組の収録だし。

 だが、地下から一階に上がった玄関ホールでなんか騒いでる?

 

「あの、本当に急いでるんです。通してくれませんか」

「だーかーらー、連絡先交換してくれたら通すってばぁー」

「さっきディスコのフレンド登録したじゃないですか! もう、やめてください! 本当に遅刻するんです!」

 

 玄関にいたのは瓜アラ子と織星。

 織星は荷物を肩に持ち、腕に絡みつく瓜は猫撫で声で胸を押しつけたりくねくねしたり、早く外へ出ようとする織星の行手を塞いでいる。

 な、なんだあれ。

 

「あ、お兄ちゃん。明星さん」

「「ヒッ、あ、あま……」」

 

 アマリーーー!

 階段から降りてきたアマリは、どことなくスッキリした表情。

 ちゃんと上手く注意喚起してこれたのかな。

 詳しく聞きたいところだが、なんてこった……アマリの目に絶対見せたくない光景だというのに……!

 

「え」

「わ、わあー! 甘梨さん……!?」

「あ、椎名さんの妹ちゃん? 初めまして〜! アタシ瓜アラ子! よろしくねぇ!」

 

 腕に胸を挟むように押しつけたまま自己紹介をする瓜。

 それに慌てる織星。

 階段で立ち止まるアマリの硬い表情。

 ど、ど、どうしよう、これ。どうするのが正解?

 織星と明星は先輩である瓜に強く出られない。

 甘梨もどうすればいいのか判断に迷っていた。

 それはそうだろう、織星と瓜がどんな関係だろうと、友人未満の甘梨には関係がない。

 つまりここは、俺がなんとかしなければ。

 少なくとも織星は本業に行けなくて困っているから。

 

「おい、瓜! 織星は仕事があるんだから離してやれ」

「えー、だって織星くんが連絡先教えてくれないからぁ〜」

「なに言ってんだよ、そんなの今日じゃなくてもいいだろう。早く離してやれ、ほら」

「やだ」

「おぉい!」

 

 面倒だな、と溜息を吐いてスタスタ近づいて瓜の肩を掴む。

 引き離すと、軽い力でスルッと離れた。

 面倒クセェ女〜。

 

「ほら、織星」

「あ、ありがとうございます!」

 

 全力で九十度のお辞儀をしていく織星。

 最後にチラリと階段の上で固まっていたアマリを見上げて――。

 

「甘梨さん! またコラボしてください! それじゃあ!」

 

 クッソ爽やかに笑いかけて、手を挙げて走っていく。

 あーあ、配信中じゃなくて残念だなぁ。

 あんな爽やかな笑顔と……好きな人にしか見せない眼差しを、切り抜き師にはたまらない“ネタ”だっただろうに。

 

「も〜〜〜、椎名ちゃんの意地悪ぅ〜〜〜」

「ウワー! や、やめろ気色悪い!」

 

 肩を掴んでいた瓜を解放していたら、くるりと振り返って俺に抱き着いてきた。

 気のせいかもしれないが、ヒュッと後ろの二人の息を呑む音が聞こえた気がする。

 気のせいであれ。

 

「気色悪いとか酷くない!? 織星くんとランチ食べに行きたかったのにぃ」

「お前既婚者だろ!? 離れろ離れろ!」

「ヤ・ダー。旦那とは別れるしぃ、早く再婚したいから次の旦那を見つけなきゃって思ってるんだよね〜。椎名くん、ウリコが養うからウリコと結婚しない?」

「しねーよ!」

「ウリコ」

「「!?」」

 

 聞いたことのないような低い声。

 ギョッとして玄関を振り返ると、そこにいたのは茉莉花。

 め……目が据わっている……。



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