第44話 ダブルブッキング

 

「ほら、フレイさん、契約書を書きますよ」

「はい!!」

「うるさ……」

 

 全力で手を挙げて叫ぶので、耳がキーンとなる。

 アマリもびっくりした顔をして、半笑い。

 そして軍隊みたいな歩行で事務所に入っていく。

 ……変なやつだなぁ。

 

「じゃあ、朝雑談始めるね」

「ああ、頑張れ」

「うん!」

 

 俺が近くで見守っていることもあり、PCを起動させ、配信準備を始めたアマリは普段よりも嬉しそう。

 一応、防音パネルに囲まれているが、振り返れば俺が手を振るのでニコ! っと笑いかけてくれる。

 天使すぎる。

 うちの妹は世界一。

 

「おはようございます!」

「オワー!」

「お……織星さん!?」

 

 廊下との区切り扉が突然開き、織星が入ってきた。

 だが、俺と――アマリがいたことにずいぶんと驚いた顔をする。

 

「あれ、あれ!? 甘梨さん!? なんで甘梨さんがスタジオに!?」

「いや、お前がなんでスタジオに来てるんだよ? 収録は昼からだろ!?」

「え! 朝十時って書いてありましたよ!?」

「書いてないよ!? いつも通りの時間で、って言ったよ!?」

「えええ!? お、おかしいですね? 今日は俺、午後から指名客がくるので収録時間を繰り上げてくださいって、お願いしてたはずなんですけど……」

「えええ?」

 

 俺なんにも聞いてないし、収録スタジオの予約表を開くとこの時間は『甘梨リン 8時〜9時10分』になっている。

 予約表を見せると、織星が真っ青な顔になってしまった。

 ダブルブッキングだと……?

 基本的にマネージャーの金谷が予約の管理をしているはずなのだが、あいつが珍しくポカった?

 ええ、俺金谷がポカしたの初めて見たんだが。

 

「なんでぇー!」

「おはようございます。もしかして時間間違えました?」

「あ、ああ、おはよう、明星」

「え! 明星さん!?」

 

 頭を抱えた織星の後ろから、イメチェン済みの明星が顔を覗かせる。

 アマリはイメチェンした明星を初めて見たので、目を見開いて立ち上がった。

 

「すごーい! 可愛い! 可愛いです! 可愛い!」

「え、あ、あ、ありがとう……」

「可愛い、可愛い、可愛い〜! 可愛い……可愛い〜!」

「ちょ、ちょっと甘梨さ……っ」

 

 アマリ、明星のイメチェン姿がよほど好みだったのか防音パネルから出てきて明星の周りを何度も周回している。

 語彙は死んだらしい。

 

「どうしてこんなに可愛くなったの? 可愛い……可愛い〜、可愛い可愛いかわいい〜」

「え、えっと、それは、その」

「ごほん。アマリは配信準備にもどりなさい。織星と明星はこっちで事情を整理してみるから」

「あ、は、はぁい。明星さん、あとで朝ご飯一緒に行きませんか!」

「ひぇ……は、はい……」

「…………」

 

 アマリ、本当に、本当に気に入ったんだなぁ。

 おかげで明星は照れ散らかしてるし織星は複雑そうに姉を見ている。

 どんまい。

 

「で、『Starsスターズ』の二人は今日に予定変更してるんだよな?」

「は、はい。今日の指名客は常連さんで、絶対に遅れられないんです」

「うーん、じゃあ普段ボイスとか録ってる方のスタジオで撮るか? 台本はもらってるんだよな?」

「はい。作ってきました」

 

 偉い。

 明星が取り出した台本を受け取って、一通り目を通す。

 うん、今回も問題なさそうだな。

 っていうか、一週間で台本完成させるの本当にすごいよなぁ。

 音楽も絵も文章も書けて台本も書けるって明星って本当に正真正銘の天才では?

 

「ン!?」

「椎名さん? どうかしたんですか?」

「『Starsスターズ』の収録、地下のレッスンスタジオで予約入ってるけど……」

「「えっ」」

「ああ、多分アマリの朝配信予約が先に入ってたから、レッスンスタジオに予約を移したんだな。ボイス用の収録スタジオ狭いから……」

 

 歌やボイスを録るスタジオは、機材が多くて狭い。

 防音はどこよりも特化しているし、一人か二人ならカラオケもできる。

 が、本当に一人か二人まで。

 もしギター持ち込みなんてした日にゃ一人で限界。

 逆にレッスンスタジオは配信用スタジオや収録用スタジオと違って、ワンフロアが鏡張りになっているし鉄筋壁打ちのままで広くて防音にも優れている。

 問題は夏暑いし冬寒い。

 あと、広すぎて防音パネル設置しないと、音が響く。

 機材の設置、テーブル、椅子の用意。マイクのテスト、PCの調整などやることが多いのも欠点だ。

 まーでも、確かにちょっと収録用スタジオの方が広さ的にキツいしなぁ……。

 

「甘梨さんのあとも予約が入ってるんですね」

「唄貝も今日番組収録の日だからな」

 

 本日は公式チャンネル番組『スターズ・バトル!』と『唄貝カインの占い館』と『茉莉花ラジオ』の三本収録。

 朝十時から十二時に唄貝の収録。

 十二時から十四時に『Starsスターズ』の収録。

 十四時から十六時に茉莉花の収録だ。

 基本、水曜日は地獄のように忙しい。

 そこから収録した映像を俺が動画に編集するので、俺も今日は栄養ドリンク飲んできたよ。

 って感じで、今日はアマリの朝雑談を早めに入れたのである。

 

「あの、私、配信始めるんだけど……お兄ちゃん、もしかして地下スタジオの方に行くの?」

「うーん、予定俺も今初めて聞いたからなぁ。金谷が共有忘れるのも珍しいけど、フレイのこともあって慌ててたのかもしれない。離れても大丈夫か?」

「それなら甘梨さんの配信は自分が見てるよ」

「嶋津!」

 

 事務所からアマリを見守りにきたのは嶋津。

 さっき「あとで見に行くね」と言っていた通り、見にきてくれたらしい。


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