リスナーは壁〜超陽キャのVtuberがド隠キャVtuberに恋をした〜
古森きり@『不遇王子が冷酷復讐者』配信中
第1話 新人募集中 1
俺の名前は椎名アオト。二十五歳、サラリーマン。
妹、椎名アマリ。年齢十八歳、引きこもり。
両親、母親の浮気が原因で離婚。
父に引き取られるも、俺の成人直後に他界。
すでに引きこもりの妹と生きていく以外の選択肢はなかった。
妹のこと――このままではいけないと思う日々だが、無理になんとかしようとしても上手くいかないのはわかっている。
これは、そんな行き詰まった俺たち兄妹に起こった小さな奇跡の話。
「新人ですか?」
「そうそう。うちもそろそろ攻め時だと思うんだよね。題して! 十二ヶ月連続新人デビュー!」
マジで攻めたな。
うちの配信会社にそんなに抱え込めるんだろうか?
まあ、配信会社って言っても個人事業主のVtuberのマネジメントをするだけで、スタジオ貸したりライバーの企画手伝ったりするくらいしかやることないけど。
社員だって社長の八潮さんの他に俺と金谷と嶋津と小池の三人しかいないし、所属ライバーに至っては五人だけの弱小。
だからここで、契約ライバーを増やすのは悪い手ではないんだろうけれど……。
「じゃあ一人最低四人はうちと契約してくれるライバーさん、探してきてな」
「「「「は!?」」」」
「可能ならコンビとかトリオとか四人組とかでデビューさせたいし、多ければ多いほどいいから! 今月中な! 俺の方でも探しておくからさ! じゃあ、よろしく!」
「ちょ! ちょっと八潮さん!? ガワの発注とかLive2D依頼とかどうするんですか!?」
「やっといてー」
「おおおおい!」
八潮さんは笑顔で言い残し、社員室から去っていく。
確かに今はVtuber黎明期と言っても過言ではないくらい、ワイチューブにはVtuberが溢れている。
探せば個人勢が毎日毎時間配信しているだろう。
その中から人気が出そうな人材を探し出して声をかけるなんて、簡単なことじゃないぞ……!
「どうする?」
「ガワの発注が先だろうな、筆の速い絵師に依頼してもLive2Dに時間かかるし」
「つーか、予算どんくらい出してくれるの?」
「ガワ持ち何人契約してくれるかわからないのに、ガワの発注して大丈夫か?」
「とりあえず半分の八人分のガワ発注しておこう。椎名は
「面接も十分キツいってぇー! やるけどー!」
嶋津の優しさに感謝はするけど八人の面接って普通にキツい。
とはいえ、番組持ちなのは俺だけなので仕方ないだろうか。
いきなり大量契約なんて無茶言い出しやがって。
溜息を吐きながらパソコンに向かい、番組編集の続きをやる。
公式チャンネルに毎週掲載している我が社――『りゅうせいぐん☆』の看板番組、茉莉花ラジオ。
うちの事務所の看板ライバー茉莉花がMCを務める三十分のラジオ風番組で、毎週ゲストを呼んで小粋なトークでリスナーを楽しませる。
茉莉花は桜鬼姫という設定で、ピンク色の着物とピンク色の角、髪の可憐な容姿。
そこから繰り出されるサバサバとした姉御肌風の毒舌が人気で、うちの事務所で唯一登録者数が五十万人を超えている。
他の事務所ライバーとも積極的にコラボするコミュ力お化けで、看板というよりも大黒柱と言った方が正しい。
だから動画編集に手は抜けない。
字幕を入れて、音声を整えて――。
あとは茉莉花に確認してもらって、と。
「椎名、まだ残ってたのか」
「金谷……え? もうこんな時間!?」
「帰れ帰れ。お前になにかあったら、妹ちゃんが心配するだろ」
「うん、ありがとう」
気がつくと夜七時を過ぎていた。
今日は金谷がマネージャーを務めているライバーが事務所のスタジオで収録をしていたので金谷は帰れないらしい。
冷蔵庫から水のペットボトルを二本取り出して、スタジオに持っていくのを見送って、帰宅の準備を始める。
スマホを確認すると妹から『エナドリ買ってきて』というメッセージが届いていた。
エナドリ、よくないんだよなぁ……。
ライバーでも好んで飲んでいる人は多いのだが、普通のジュースよりもカフェインが多く含まれているので体を興奮に近い状態にしてしまう。
そんな状況が続くと体の疲れは後からドッとくる。
それを治そうとまだエナドリを飲む――という地獄の永久機関が完成したら突然死まで一直線になりかねない。
なので、スタジオで出すのは水。
「ん、相変わらず確認早いな」
事務所を出て駅に行く途中、茉莉花から『動画確認した。問題ないと思います』というメッセージが届く。
じゃあ、これを土曜日二十時にアップするってことで、今週分は完了。
明日来週分の収録をする確認をして、茉莉花から『了解しました。明日よろしくお願いします』と返事をもらう。
ちなみに……。
『事務所の方針で新人を募集することにしたんですけど、茉莉花さんから見て無所属の有望な人とかいたりしますか? すでにVtuberとして活動している方だとありがたいのですが』
と聞いてみることにした。
駅に着いて、ホームに入ると茉莉花から返事が返ってくる。
『椎名さんの妹さんを誘ってみてはいかがですか? 私も中学は引きこもりだったから、椎名さんの妹さんのこと気になってたんですよね。ガワは今から発注すればいいし、椎名さんが妹さんに色々教えてあげたらいいんじゃないでしょうか?』
と返ってきた。
……アマリが配信者? Vtuberを?
確かに顔はガワが隠してくれるし、同級生に見られても中一の五月から引きこもっているから声を覚えているやつもいないだろうし……。
『聞いてみます』
『それがいいです。私は配信者になって毎日楽しいです。妹さんもきっと人と関わる楽しさを思い出してくれると思います。私も気にかけますから』
『ありがとうございます』
茉莉花、マジいい女。
もちろん、ビジネスパートナーに恋愛感情なんて抱けないけど。
プライベートは任せている。
たとえ恋人がいたとしても、結婚したとしても、彼女ならリスナーをがっかりさせるようなことはしないだろう。
私ガチ恋勢とか意味わかんなくて嫌いなんだよね、束縛されるの嫌いだしガチ恋勢死ね、と笑顔で言い放つような女なのでリスナーの躾は完了しているとか言っていたし。
電車に乗って二駅。
頼まれたエナドリと弁当をコンビニで買って、マンションに帰る。
三階の角部屋。
「ただいま〜」
真っ暗な玄関。
ダイニングの電気をつけて、アマリの部屋のドアをノックする。
しばらくゴソゴソと音がして、扉がガラッと開く。
「……おかえりなさい……」
「ただいま。弁当、パスタでよかったか?」
「うん」
前髪は伸びっぱなし、眼鏡、シャツとスウェット、額にはアイマスク、手入れのされていない肌や唇はカサカサでとても十代とは思えない。
それでも、俺の前に――部屋から出てきて姿を見せてくれるし話をしてくれるだけマシ。
優しくていい子だ。
「ごめん……」
「なにが?」
「別に」
俺に負担をかけていると思っている。
急に謝ったと思ったら、ポロポロと涙を流す。
震えてしまう体を抱き締めて、大丈夫だよ、と慰める。
心療内科に連れて行ってやりたいけれど、外へ出るのが怖いと言われると無理に連れていくこともできない。
ただ、妹が鬱になっているのはわかる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます