第24話 拉致
そして一週間がたち、特に事件は起こらず契約発表当日の金曜日になる。
今まで気をはっていて疲れている時期だし、一番気がゆるみやすいときだ。
今日を乗り越えればもう安心なんだから、最後まで気を引き締めないとね!
終わったらみんなと別れることになって寂しいけれど、それを気にしてちゃダメだと思うから今は考えないようにしよう。
とにかく、護衛任務をしっかりまっとうすることだけ考えよう。
***
今日は柊さんと杏くんも契約発表パーティーに出席するから、お昼で早退して準備のために一度屋敷に帰る予定なんだ。
だから四時限目が終わったと同時に私は帰る準備を始める。
スマホで柊さんが学園にいることをちゃんと確認しつつ、教科書などをカバンにつめ込んでいった。
でもそんな私に香澄ちゃんが声を掛けてくる。
「ねえ、望乃ちゃん。急いでいるところ悪いんだけれど、ちょっと話があるんだ」
「え? えっと、今じゃなきゃダメ?」
今日は四時限目が終わったらすぐに帰るって話してあるのに、どうして今話しかけて来るんだろう?
「今じゃなきゃダメ! だって、望乃ちゃん護衛の任務終わったらこの学園に来なくなるんでしょう⁉︎」
「っ!」
しまった!って思った。
一か月後には私はいなくなるってことを香澄ちゃんに伝えておくのを忘れていたから。
「今朝教えてもらったの。ねえ、本当なの? だとしたらどうして言ってくれなかったの? 私たち、友達じゃないの?」
誰に教えてもらったのかは知らないけれど、今朝聞いたならもっと前に話す時間はあったよね?
なんで今なの?
急がなきゃいけないって時になんで?ってちょっとイラついてしまう。
でもダメ。
ここで怒ったらケンカになっちゃう。
悪いのはちゃんと話さなかった私なのに。
私は少し落ち着くために深く息を吐いて、冷静に答えた。
「ごめんね、だまってたとかじゃないの。言いそびれちゃって……でもまだ学園には来るから。月曜日は絶対に来るから、話はそのときにしよう?」
元々護衛の任務は四月いっぱいの予定だから、契約発表が終わっても数日は続く。
だからまだちゃんと話す時間はあるはずなんだ。
「本当に? 月曜日、絶対に来る?」
確認してくる香澄ちゃんに「うん、絶対に来るよ!」とハッキリ告げて杏くんに意識を戻そうとした。
でも、さっきまでいた場所に杏くんの姿はない。
「え? うそ、どこに?」
見回しても教室にはいなかった。
「ねぇ! 杏くんどこ行ったか知らない⁉」
杏くんの机の上にカバンはある。
先に迎えの車に向かったわけじゃない。
私は教室に残っているクラスメートに呼びかけ聞いた。
「えー? トイレにでも行ったんじゃねぇの?」
「わざわざ見てねーよ」
そんな声が上がる中、ちゃんと見ていた人もいてくれたみたい。
「さっき梶くんに呼ばれて出て行ったわよ?」
と、ドアの方を指差した女子に私はつめ寄った。
「梶くん? どっち行ったかわかる⁉」
「え? えっと、非常階段の方かな?」
戸惑いながらも答えてくれた彼女に「ありがと!」と短くお礼を言った私はすぐに教室を出る。
非常階段は教室のある廊下の突き当りだ。
あまり使う人はいないから内緒話とかするには丁度良いけれど……。
梶くん、なんでこんなときに杏くんを呼び出したりしたんだろう?
首をかしげながら走り出そうとしたところに、また香澄ちゃんが呼びかけてくる。
「待って! 望乃ちゃん、行かないで!」
「香澄ちゃん?」
なに? さっき月曜に話そうって言ったよね?
困惑といら立ちについ怒鳴りたくなってしまうのをグッとこらえる。
「月曜話そう? 私お仕事しなきゃないから」
もう一度言いながら、なんで今日はこんなに食い下がるんだろうって思った。
いつもは冗談交じりでも、お仕事頑張ってねって応援してくれるのに……。
「ダメよ。まだ行っちゃダメ!」
「え?」
私の腕を掴んで引き留める香澄ちゃんは、とっても必死そうに見える。
「梶くんの用事が終わるまで行かせない」
「どうして……梶くんの用事ってなに?」
「なにって……あれ? どうして私、望乃ちゃんのお仕事の邪魔してるんだろう?」
「香澄ちゃん?」
なんだか、様子がおかしい。
「私だけはちゃんと応援しようって思ってたのに……応援……そうだ、梶くんを応援しないと」
言動がちぐはぐだ。
私はこんな状態の人をつい最近も見た覚えがある。
催眠術をかけられた玲菜さんだ。
「っ!」
気づいた途端、私はちょっと強引に香澄ちゃんの手を外す。
「香澄ちゃん、ごめんね!」
言い終えるとすぐに本気で走り出した。
馬鹿だ私。
可能性を一つ見落としてた。
玲菜さんに催眠術をかけた男の子は、これから学園に入り込んでくるかもしれないとばかり思っていた。
“もうすでに”入り込んでいるって可能性を全然考えていなかったんだ。
さっきの香澄ちゃんは明らかに催眠術をかけられた状態。
その香澄ちゃんが私を強引に引きとめて、その間に杏くんがいなくなったってことは――。
「梶くんが、ヴァンパイアなんだ!」
いくらまだヴァンパイアの気配を感じることが出来ないと言っても、あんなに近くにいて気づかないなんて!
体力テストのときだって梶くんは男子の平均記録しか出していなかった。
ヴァンパイアの力もしっかり隠していたってことだから、気づけないのは仕方ないと言えば仕方ない。
でもこの状況をまねいてしまったのは、すでに近くにヴァンパイアの男の子がいるって可能性を考えずにいた私のせい。
後悔ばかりが心にのしかかる。
それでも間に合うことを信じて、私は非常階段をかけ下りた。
非常階段を下りるとすぐに裏口が見える。
そのドアの前にいたのは梶くん唯一人だった。
「やあ、のんちゃん。思ったより遅かったね?」
「梶くん、杏くんはどこ?」
梶くんの問いになんて答えず、すぐに大事なことを聞く。
でもわかってた。梶くんしかいないってことは、杏くんは――。
「常盤杏は
まるでなんてことないとでも言うように、いつもと同じ軽そうな笑みを浮かべて梶くんは言う。
「もうわかってるんだろ? 俺がヴァンパイアだってことは。ハンター見習いのヴァンパイア・弧月望乃ちゃん?」
「なんで、知って」
私がヴァンパイアだってこと、ハンターの見習いをしているってことをどうして梶くんが知っているのか。
同い年の梶くんだって、気配を感じることはきっと出来ないはずなのに。
「なんでって……のんちゃん体力テストのときだって全然力隠そうとしてなかっただろ?」
「一応おさえてたんだけど……」
「あれじゃあ全然ダメだって。あれでおさえてるつもりなんて、おっちょこちょいでカワイイね」
笑いながら言うさまは本気で面白そう。
「それに《朧夜》からの
これくらい簡単な推理でわかるよ。とちょっと馬鹿にされた気がした。
でもそれくらいで怒る私じゃない。
今は杏くんの居場所を知ることの方が大事だ。
「じゃあ、私がただの中学生じゃないってことはわかってるってことだよね?……杏くんをどこに連れて行ったの?」
「それ、教えると思う?」
「教えてもらうよ!」
言うが早いか私は動き出した。
クロちゃんはカバンの中に置いてきたままだったからちょっと心もとなかったけれど、ヴァンパイアとしての本気の力を出せばそう簡単に負けたりしないはず!
梶くんに瞬時に近づいて、
そのまま投げ飛ばそうとしたんだけれど。
「おっと、甘いよ」
余裕の声で胸倉を掴んだ手をにぎられた。
「なにを⁉」
簡単に投げ飛ばせると思ったのにそうはならなくて驚いていると、もう片方の手も掴まれてしまう。
一度離れようと掴まれた手を外そうとしているけれど、ビクともしない。
「っ~! 離してよ!」
言ったって聞き入れてくれないことくらいわかっていたけれど叫ぶ。
そんな私を梶くんは
「のんちゃんって甘っちょろいんだな? 同年代のヴァンパイアと戦ったことないの?」
「っ⁉」
指摘されたことに言葉がつまる。
だって、事実だったから。
「同い年で、同じヴァンパイアなら、純粋に男の方が力があるのって普通じゃん?」
「くっ!」
くやしいけれど、そこに思い当たらなかったから今こうしてつかまってしまってる。
言い返せない私に、梶くんはなおも話しかけてきた。
「のんちゃん、ホント可愛い。なぁ、ハンターになるのなんか止めて《朧夜》に来ない? 俺のんちゃんのこと気に入ってるんだよね」
「なに言ってるの⁉」
私が犯罪組織の《朧夜》に?
しかもハンターになるのを止めて?
有り得ない……有り得なさ過ぎて怒りが湧いてくる。
私はその怒りを乗せてそのヘラヘラした顔を
「おっと!」
でも梶くんはよけてしまう。
その代わりに私の手を離して距離を取ってくれたからとりあえずは良かったってことにしよう。
「あっぶないなぁ。パンツ見えちゃうよ?」
「うっさい!」
あくまでも余裕な梶くんに私は仕切り直すように真面目な顔をした。
「私が《朧夜》になんて行くわけないでしょう? そんなことより、杏くんをどこに連れて行ったか教えてもらうよ」
「ったく、のんちゃんそればっか」
こんなときでも軽い調子の梶くんにはイラッとする。
「さっきも言ったけど、教えるわけないじゃん。それに、時間稼ぎはもう十分だし? 俺はこの辺でお
言い終えると梶くんは裏口のドアを開けた。
「なっ⁉ 待って!」
追いかけようとする私に、梶くんは「いいの?」と聞いて来る。
「なにがっ⁉」
「俺と追いかけっこしてる時間ある? こうしてる間にも常盤社長に脅迫の電話が行くよ?」
「っ!」
「それに、君がいなければ生徒会長の方まで守りがなくなるよね? 人質が増えるだけってことになるかもよ?」
そんな風に言われては梶くんを追いかけることが出来ない。
「じゃあ、またいつか会おうね。カワイイのんちゃん」
「梶くん!」
まるでいつもさようならをする時みたいなあいさつで梶くんは走り去って行ってしまう。
追うことも出来ない私は、途方に暮れて開け放たれたドアを見ていた。
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