第3話 演奏家の少女
アレックスと別れてから、しばらく歩いていると雷鳴が響いた。
「…………」
間もなくポツポツと雨音が響いてくるので、近くを飛ぶ鳥たちは木陰を目指していく。その間にも、雨脚は本降りとなり、まるでバケツをひっくり返したような豪雨となっていった。
「……夕立か」
雨が降るのなら急ぐことはない。雨宿りをしながらじっと待つのが小生の旅のスタイルだ。
枝葉から次々と水滴が落ちてくるが、これで身体が濡れることも野生馬にとっては季節を感じる楽しみのひとつだ。真冬の水でなければ水浴びをしているのと変わらない。
ちょうど美味しそうな下草がたくさん生えているので、雨に打たれながらの食事もいい。
小生はそう気楽に考えていたが、この夕立を深刻にとらえている者もいるようだ。
その一人が、少し離れた場所で雨宿りをしていた人間の少女だった。彼女に仲間はいないようで、布で身体を守ってはいたが、とても心細そうな顔をしている。
「そうか……人の子は身体が濡れると、風邪をひいてしまうもんね」
少し観察をしていると、少女の不安は、風邪をひくこと以外にもあることがわかった。
当たり前の話だが、夕立が降り注いでいるということは夜が近いということでもある。このままでは人里から離れた、森の中でキャンプすることになるのが不安なのだろう。
幸いにも雨は小降りになっていたが、少女は不安そうな顔をしたまま辺りを見回し、小さくクシャミをしてから火打石を取り出した。ここで野宿をするしかないと悟ったのだろう。
確かに、ここは人喰いオオカミやクマが出るので、焚火をするのはいい判断だと思う。
しかし彼女は、更に困り顔になりながら火打石を眺めていた。
どうやらあの土砂降りで、石が湿ってしまっているようだ。周囲の枯れ草なども水気をすっかり帯びているので、着火剤の役割は果たさない。
その表情は口ほどに、どうしよう……と言っているのがわかった。
「……仕方ないな」
小生は噛んでいた草を呑み込むと、ゆっくりと少女へと近づいた。
「う、ウマ……?」
少女は驚いた様子で小生を見てきた。
「石が湿ってしまったのかい?」
そう話しかけてみると、少女は驚いていたがすぐに頷いた。
「そ、そうなの……」
「なるほど」
角をわざわざ出すまでもないと思いながら、小生は少女が集めていた湿った朽ち木を見ると、そこに左前脚を乗せて火を起こした。
「す、凄い……こんなに湿っているのに……」
「炎魔法が役立つ数少ない場面だからね」
小生は「邪魔するよ」と言いながら、少女の隣に腰を下ろした。
「もしかして、貴方様は……うわさの……?」
「お喋りなウマだよ」
そう伝えると、少女は微笑んだ。
「独りで心細かったんです。出会えてよかったです……」
確かにそうかもしれないと思った。
少女の目には見えないだろうけど、エサを探しているオオカミの群れが、密かに少女を睨んでいたのだ。
小生が視線を向けたとたんに、群れのボスオオカミはぎょっとした顔をし、すごすごと立ち去っていったから良かったが、もし若いリーダー率いる群れだったら、ここで一戦を交えることになっただろう。
姿を見ただけで相手に引いてもらうことも、旅では必要なことだ。
少女は小生に近づくと、ブラシを出して小生の身体を整えはじめた。
「……そんなに気を遣わなくてもいいのに。ノミやダニがくっついたら、まとめてファイアーすればいいだけだし」
「身だしなみは大事ですよ。特に貴方は一角獣なのですから」
小生は不思議に思って視線を返した。彼女の前で角を光らせた覚えはないはずだ。
「親切にされただけで、そう考えるのは危ないよ」
ちょっと意地悪を言いたくなった。
「いいウマを装っている、バイコーンかもしれない」
そう伝えると、少女は笑っていた。
「そういう私だって、女の恰好をした悪魔かもしれませんよ?」
「火打石が使えなくてオドオドしていたり、心細そうに雨宿りをしている悪魔か……斬新だね」
茶化してみると、少女は視線をこちらに向けてきた。
「もしかして……楽しんでました?」
「いや、どちらかと言えば、可愛いと思ってた」
彼女は表情を和らげ、まんざらでもなさそうだった。
「子ども扱いしないでください……」
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