第5話・あたたかい手のひら
しばらく沈黙したあと、グルーはアーサーを睨みつけた。
「……いいのか」
アーサーは眉を寄せる。
「なんです?」
「お前の国は資源に乏しく、貧しい。マルク王国の援助がなければすぐに立ち行かなくなるだろう」
低く轟く雷のようなグルーの恐ろしい声に、アナスタシアはびくりと肩を揺らした。
しかし、アーサーは平然とした様子で、さらりと返す。
「おや、今度は脅しですか」
グルーも引かない。
「選べ。その女か、自国か」
アーサーは迷うことなく、はっきりと言った。
「もちろん、アナスタシアをいただきます。もう二度と、彼女にこんな思いはさせない。そして、王国もしっかりと守る。どちらも幸せにする」
「……っ!」
ふたりは一歩も引かずに睨み合った。しばらく沈黙が落ち、ホール内の時が止まったように錯覚する。
「ふっ……ふはははははっ!!」
突然、グルーが乾いた笑い声を上げた。ホール中の視線がグルーに集まる。
「……そうか。ならば、すぐに後悔することになるだろう。国と国民を犠牲にし、その女とともに滅ぶがいい」
そう吐き捨てると、グルーは鬼のように真っ赤な顔、血走った瞳でアナスタシアを睨みつけ、ホールから出ていく。アナスタシアは、グルーの後ろ姿を呆然と見つめていた。
初めて会ったとき、なんて綺麗な人だろうと思ったその顔は、今やひどく歪んでいるように見えた。
アナスタシアの目が悪くなったのか、それとも彼の心が人相に滲み出たのか。どちらにせよ、美しいとは到底思えない顔をしていた。
グルーの姿が見えなくなると、アナスタシアはホッと息を吐いた。気付かないうちに息を止めていたらしい。
気付いたアーサーがかたわらにひざまずく。
「大丈夫ですか?」
「はい……あの、アーサー様。本当にありがとうございました」
「いいや。間に合ってよかったよ。頬は? 腫れてるね。すぐに冷やそう。立てるかな?」
アーサーは穏やかに微笑み、アナスタシアにそっと手を差し出す。アナスタシアがそろそろと手を出すと、アーサーはその手を取って強く引き寄せた。アナスタシアの小さな身体は、すっぽりとアーサーの胸の中に収まった。
「よく頑張ったね……。もう大丈夫だよ」
アーサーがアナスタシアの耳元で、そっと囁く。その優しい響きに、アナスタシアは涙を流して頷いた。
「さて。行こうか、アナスタシア」
「……はい」
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