第8話
「何があったの? ロイさん」
異変に気付いたミスカが訊ねる。
「ドランプルが出た」
その短い返事に、ミスカの表情が急に険しくなった。
雰囲気で非常事態なのは察した。しかし竜馬には何を意味しているのか分からない。
「何だ? そのドランプルって」
「――
竜馬の疑問に、感情を押し殺したミスカは吐き捨てるように答えた。
普段見せないその様子に、余程嫌悪しているのだろうことが伝わる。
しかし、それ以上のことまでは教えてくれず、彼女は己のウィスタ――レーベインへと駆け寄っていく。
他の魔導師たちも慌ただしくウィスタに乗り込む中、色んな意味で置いてけぼりの竜馬に補足の説明をしたのはロイだ。
「リョーマが襲われた
「街を踏み潰すって……。そんな大げさな」
「大げさでもなんでもなんでもねえ、現にミスカの故郷を滅ぼした張本人だからな」
「え……」
と、竜馬は言葉を詰まらせる。同時にミスカの表情が変化したのも納得した。
彼女にとっては因縁であり、復讐の相手に当たるわけだ。
「でもウィスタがあれば倒せるんですよね?」
「いや、倒せるものなら
冗談ではないのだろう。ロイの重苦しい表情が物語っている。
「とりあえずリョーマは自室で待機していてくれ」
「ロイさんはどこに?」
「オレはアリウス様のところに行く。報告は既に届いてるだろうが念のためってのと、次の指示を仰がなくちゃならん」
「俺も一緒にっ!」
突然訪れた非常事態に、自分の役割を全うすべくウィスタが次々と出撃していく中、竜馬はロイの後を追う。
だが、アリウスの執務室へと向かうまでもなく、彼の方からこの格納施設へとやってきた。
「街の住人には北の大通りから退避させろ。準備が出来たウィスタから随時、北門から出撃させよ」
流石はこの街を治める立場の者といったところか。歩き様、周囲へと的確に指示を出す姿は実に落ち着いたもの。周囲も狼狽えることなくそれに応えている。
「アリウス様、
駆け寄ったロイの報告。アリウスは表情を変えることなく答える。
「訊いている。場所はメザン渓谷で間違いないか? だとすれば、かなり接近を許したことになるが」
「はい。それが真っ直ぐ西へ向かっていたのが進路を急に南に変え、真っ直ぐこちらへ向かっているとのことです」
「そうか。ここで報告が遅れたことを責めても始まらん。魔導師たちには
二人の会話を要約すると、街にまで接近を許せば守る術はなく一巻の終わりらしい。
あのウィスタですら決定打には成り得ず、追っ払うのが精一杯の
危険生物が当たり前のように跋扈する世界とは聞いていたが、まさかこんなにも早く危機が迫ろうとは。街の外の危険度を改めて思い知らされるのだった。
「……俺に何か出来ることないっすか」
竜馬は二人に申し出る。
アリウスは傍らの竜馬へと視線を振った。
「出来ることというが君はこの危機に対し、一体何が出来るのだ?」
「……ウィスタは、空いているウィスタはないっすか?」
アリウスの冷静な指摘に、竜馬は答える。
これはウィスタに乗りたいという単純な願望からではない。流石の竜馬でも時と場所は弁えている。ウィスタ以外では役に立てないからにはそれを使う。限られた選択肢の中での回答に過ぎなかった。
その竜馬の言葉に、アリウスの瞳が僅かに揺れる。一瞬の機微だったが、竜馬はその仕草の意味を察した。
「あるんですか? だったらそれを俺に貸してください!」
竜馬の願いに、アリウスは呆れたように吐息を漏らす。
「確かにあることはある。で、それでどうする? 君はウィスタを動かすことは出来るが、それだけだ。魔法が使えなければウィスタと言えど戦力にならない。そんな君が戦場に向かって何をするというのだ?」
「囮でも陽動でも出来ることはあると思う。ただ何もせず手をこまねいて、この街が潰されたら悔やんでも悔やみきれない。俺はやれることをやりたいんだ!」
この時アリウスは拳に力を込めて訴える竜馬の目を覗いていた。
竜馬の双眸にはどこまでも真っ直ぐで、本心であることは疑いようはなかった。
「……なるほど、その言葉に嘘偽りは無いようだな。いいだろう、ついてこい」
と、踵を返したアリウスは格納施設の片隅へと足を向けた。
案内されたのは、長年放置されていたのだろう、くすんだ白色の
アリウスは心を鎮めるように吐息を漏らした後、天井から吊るされるそれを一気に開帳する。
暗闇から現れたのはウィスタ、――なのだろうか。
一応二足の立ち姿なのだが、人型というにはやや趣が異なる。
両手両足には鉤爪を備え、背中には一対の膜翼が主張していた。
ミスカたちのウィスタとは明らかに異なる外観はより生物的で、竜馬の知識に当て嵌めれば擬人化した赤い
「これも……、ウィスタ?」
その竜馬の疑問に答えたのはアリウスだ。
「そうだ、ファーニバルという。何故『破滅の赤竜』などという全人類が最も畏怖すべき
「……動かせるんすか?」
「動くはずだが、如何せん長きに渡り放置されていた。調整に少し時間が必要だな」
アリウスは趣味が悪いと評したが、竜馬は一目で惹かれた。
その雄々しき体躯に触れようと、無意識に一歩踏み出す。
しかしその竜馬の肩を掴み、制止を掛けた者がいた。ロイだ。
「アリウス様、このウィスタはカーライル家の象徴です。王家以外の者に気安く触れさせるものではありません」
「え、じゃあ、アリウスさんが乗るべきじゃ……」
そう反応する竜馬に対し、アリウスは力なく笑う。
「残念だが、私の身体は生まれつき魔導師の素養がない。だからファーニバルを受継いでも扱う能力がないんだ」
「あ……」
残酷な真実に、竜馬は返す言葉が見つからない。
「気にすることはない。私は代わりにウィスタの開発に身を捧げることで、この街の統治者としての責務を果たす。そう心に決めたのだからな。だからリョーマがこの街を守るのに協力するというのなら、このファーニバルは自由に使え。ロイもいいな」
そう告げるアリウスの目に迷いはなかった。
「ロイ、ティニアを呼んでくれ。久しぶりに動かすファーニバルの調整を急ぎたい。リョーマ、それまで工房で待機だ」
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