*⋆꒰ঌ┈ 8月2日:クロの涙 ┈໒꒱⋆*

「今日は曇りか……。なんか、嫌だな。」


 天気だって自然なのだから、曇りの日があってもおかしくないのだけど、今日はあまりいい気分がしない。


 僕は、いつもの窓でクロを待った。


「雨も降りそう。」


 クロと出会ってから昨日まで晴れていた空。初めての曇りは、嫌な雰囲気をまとっている。


「あ、クロ。おはよう。」


 茂みから顔を出すクロを見つけて、僕は笑顔で挨拶をした。きっといつものように、ぶっきらぼうな挨拶を返してくれる。僕は信じていた。

 しかしクロは、無言だった。


「クロ?」


 クロは、僕に背を向けている。


「ねえ……、クロ?」


 僕の胸の中を、何だかよく分からない虫が、ざわざわと駆けずり回っている。


「クロ……?」


 再度、名前を呼んだ。

 どうか、いつもの目を僕に向けてくれますようにと願いを込めて。

 でも、クロの返事はなかった。


「ねえ、何かあったの?」


 変わらず、僕に背を向けているクロに、おそるおそる声をかけてみた。


「クロ……。」


 猫嫌いの僕と、野良猫のクロ。

 変な組み合わせだけれど、クロは僕の大切な友だちだ。こんな僕でも、クロの役に立ちたい。

 ここに来たのだから、クロは僕に何かを伝えようとしているはずだ。そうだ、狩りの話をしたときのように、クロの心に僕の心を合わせてみよう。クロに意識を集中させて、僕の心をシンクロさせる。そうすればきっと、何か伝わってくるに違いない。


 僕は、そっと目を閉じた。

 背を向けたままの、僕の大切な友だちを救いたい。


「クロ……、」


 胸が締めつけられるような痛みを感じ、僕はパッと目を開けた。


「泣いているの?」


 僕らは涙を流すことはできないけれど、心の中で泣くことはできる。

 クロは、泣いていた。


「ねぇ、クロ。」


 声をかけると、クロはよろめきながら立ち上がった。


「レディが……。」


 僕に背を向けたまま、クロは、初めて声を発した。その声は、震えていた。


「レディ? レディがどうしたの?」


 言葉が途切れた。言葉の穴を埋めるように、ぽつ、ぽつと雨が降り出した。


「ねえ、クロ!」


 ……嫌な予感がする。



「レディが、保健所に連れて行かれた。」



 その一言を残し、クロは姿を消した。

 雨は激しさを増し、すべての音をかき消した。

 それはきっと、クロの心の雨なのだ。

 


*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*



「連れて行かれた?」


 鴉は目を丸くした。


「見つかってしまったんですね。」


 鳶は首を振って呟いた。


「私も、かなりショックだったよ。」


 私は目を閉じて、大きくため息をついた。


「人間はいったい、レディからいくつ奪えば気が済むんだ。声、家族、友だち……、最後は命までも!」


 鴉は、そのよく通る甲高い声で、心を叫んだ。

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