第40話【ガシャドクロ・前編】

俺とアビゲイルがスケルトンの破片を踏み締めながら正門から前に出る。正門前は砕け散ったスケルトンの遺体で白く染め上げられていた。俺が歩く度に乾いた足音がなるほどである。


それからデズモンド公爵の側まで歩み寄った。


「楽しんで居るようですね、デズモンド公爵」


俺はわざとらしく笑顔で言った。すると長剣を下げたデズモンド公爵がけむたそうに言う。


「これはアトラス先生。ここは危険です。屋敷のほうまでお下がりください」


爽快な戦いを邪魔されたのが気に食わないのかデズモンド公爵は不機嫌そうだった。だが、それでも俺は退かない。


「いやね、俺も経験値が欲しくってさ。実践は100の訓練よりも得る経験値が高いんだろう。俺にも戦わせてくださいよ」


「はぁ~……」


デズモンド公爵は溜め息を吐いてから部下であるガイルとグランドールに指示を出した。仕方ないと言った表情である。


「ガイル、グランドール。アトラス先生を援護しろ。決して怪我をさせるなよ。この後にアトラス先生に素晴らしい芸術作品を作ってもらわなければならないのだからな」


「「はっ!」」


気合いを込めて返答した騎士たちであったが、明らかにテンションが下がっているのが見え見えだった。どうやら俺はお邪魔だったらしい。


しかし、そんなことも言ってられない。俺は俺で経験値を稼がなければならないのだ。何より敵が持っていると思われる異次元宝物庫が欲しいのだ。ここは騎士たちにも我慢してもらわなければならないだろう。


そして、俺はオーバーに片腕を振るうとアビゲイルに指示を飛ばす。


「アビゲイル、存分に暴れろ!」


アビゲイルが握り締めたアイアンフィストを眼前に並べる。その奥で無表情な仮面が静かに気合を引き締める。


『畏まりました、マスター』


返事と同時にアビゲイルがスケルトンの群れの中に飛び込んで行った。中腰で低空。そのダッシュは弾丸その物である。勢いが素晴らしい。


そして、初弾の一撃でスケルトンの頭を打ち砕く。更に、二打、三打とコブシが続いた。アビゲイルは拳の一発でスケルトンたちを次々に打ち倒して行くのであった。


「流石は鋼鉄のグローブだ。破壊力が抜群だぜ。それにアビゲイルも成長しているな。拳速もフットワークも明らかに向上してやがる」


間違いないだろう。アビゲイルの動きは鋭さも力強さも増している。ゴブリンと戦っていた時よりも成長しているのだ。


それを観ていたデズモンド公爵が長剣を下げた。やれやれと言いたげである。


「今回はアトラス先生に花を持たせるか。何せここはアトラス先生の屋敷前だからな。それにゴーレムの性能も観ておきたい」


詰まらなそうに言ったデズモンド公爵が踵を返した。そのまま屋敷のほうに戻っていく。


「あれれ、ストレス発散の邪魔をしちゃったかな?」


俺は寂しそうに去る巨漢の背中を見送った。そんな中でも周りを気に止めないアビゲイルが音を鳴らしてスケルトンたちを撃破していく。


可憐なフットワークで四方八方から迫り来るスケルトンたちを打ち砕く攻撃は一拳一殺。的確に確実にスケルトンの頭部だけを砕いていくのだ。


「こりゃあ、完全に強くなってるぞ。これも桃色水晶の個性なのか?」


俺が感心していると、スケルトンたちの数は随分と減っていた。そもそもデズモンド公爵たちに多くを狩られていたのだ、当然の結果だろう。このまま続けば戦闘の終了も間近である。


そんな中で、暗闇から大きな影が歩み出てくる。ドシンドシンと唸る地鳴り。大きな図体は巨人の影である。


「な、なんだ?」


それは3メートルの巨漢スケルトンだっだ。


「なんか、デカイの出てきた……」


唖然と見上げる俺を他所に、アビゲイルはジャイアントスケルトンと向かい合う。


ジャイアントスケルトンは防具を付けていない。しかし、武器は木の棍棒を持っていた。


「なんだ、この巨大なスケルトンは……?」


俺の側に立つ金髪の騎士が呟いた。すると大柄の騎士が推測を口にする。


「トロールのスケルトンだ。でなければ、こんな巨大なスケルトンが居るわけない……」


「トロールのスケルトンだと……」


その推測は的中しているだろう。あの身長は人間では有り得ない。そして、オーガならば頭蓋骨の額に角があるはずだが、それらは伺えない。それらを鑑みるからにトロールの死体なのは正しいだろう。


俺はトロールスケルトンを見上げながら微笑む。


「コープスモールさんも、大盤振る舞いだね。たぶん取って置きのアンデッドを投入してきたのだろうさ」


戦闘はクライマックスに突入していった。その証が巨大スケルトンの登場である。


これは面白い対決だ。アビゲイルvsトロールスケルトン。どちらが強いか楽しみである。


そして、俺には自信があった。アビゲイルが勝利するだろう自信がだ。


ただデカイだけのスケルトンにアビゲイルが遅れを取るとは思えない。だからよい噛ませ犬だと思っていた。


昔の日本にはガシャドクロと言う巨大な骸骨の妖怪が居たらしい。勿論神話や童話の話ではあるが、とにかく居たらしい。その身長は山よりも大きく人を見下ろす大妖怪だ、とか。詳しくは知らんけど──。


今、俺の眼前に現れたトロールのアンデッドは山ほど大きくはないが、インパクトだけならそれに匹敵するほどの印象を叩きつけてきた。それだけ大きなスケルトンだった。ほぼほぼ出落ちキャラである。


そして、そのジャイアントスケルトンは服を着ていない。だが、皮手袋と皮のブーツだけは履いていた。更にはド太い棍棒を持っている。以下にもパワーには自信ありげな風貌だった。


「これはこれは、飛びっきりサイズのアンデッドだ。アビゲイルの成長度を図るのには丁度良さそうな敵だぞ」


そして、俺が背後で見守って居ると、直立のままアビゲイルが歩んでいく。その姿は拳を構えていない。エプロンの前で手と手を合わせて澄ましている。


するとガイルとグランドールが俺に言う。


「残りの雑魚スケルトンは私たちで処分しておきますから、アトラス殿は存分にあの巨大スケルトンとお遊びくださいませ!」


「いや、うん、有り難う御座います……」


別に俺が戦う訳ではないのだが、彼らが大物を譲ってくれると言うのならばお言葉に甘えさせてもらうかなって思う。



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