第12話
私、カーナリアを乗せた馬車が商会に付いたのはそれから少ししてのことだった。
私は無言で馬車を降りる。
目の前に広がる商会の光景はまるで変わらない。
いつもなら、その光景を見る度に私は落ち着く自分を感じていた。
しかし今日はこの光景を見ても、私の中の気持ちが変わることはなかった。
私はゆっくりと、商会へと進んでいく。
「これはカーナリア様、お待ち……ひっ」
その途中、門番が私の顔を見て言葉を失う。
普段なら、私は一言謝ったかもしれない。
だが、今はそんな余裕はなかった。
謝罪さえ後回しにし、私はさらに奥へと進んでいく。
自分の目的地、いや目的の人物がいるところへと。
どたどたと、いつにも増して騒がしい足音が聞こえてきたのはその時だった。
「来たか、カーナリア! 首なごうして待っとたで!」
独特のイントネーションの言葉が響き、次の瞬間顔を出したのは艶やかな金髪と糸目が特徴的な、商人の男だった。
その大体二十半ば程の男こそ、この今や異国との交易の要とされるジャルガ商会の代表で、私の探していた人間であるジャルガその人だった。
二十代半ばという信じられない程の若さで成功したジャルガは普段読めない笑みを浮かべ、ほとんど感情を露わにすることはない。
けれど、今は珍しくいらだちを露わにしてジャルガは口を開く。
「なんやあの先触れ。子爵夫人を続ける? ここまでこき使って、そんな都合のいい話認めると思うか?」
そう一気にまくし立てるジャルガは明らかに怒っていた。
その姿を普段の私が見ていれば、うんざりしていたところだろう。
何せ、ジャルガがそういう状態になった時はとても面倒臭い。
ちくちくと嫌みで遠回しに攻めてくるのだから。
けれど今、私はそんなジャルガに臆することはなかった。
「こっちがどれだけ危ない橋を渡ったか分か……。ん?」
普段なら満足するまで止まらないジャルガの小言。
それが突然止まったのはその時だった。
徐々にジャルガの怒りが滲んだ顔が、楽しげな笑みに変わっていく。
そしてジャルガは満面の笑みを……門番が悲鳴を上げる程激怒していた私に向けて告げる。
「カーナリア。お前随分ええ顔してるな」
ああ、本当にこの似非悪徳商人は変わらない。
普段なら苦笑していただろうジャルガの満面の笑みに、どこか心強さを感じる自分に私は気づく。
「ええわ。今日は小言の前に話聞いたるわ」
「ありがと」
ジャルガに私は怒りを滲ませた満面の笑み、という器用なことをしながら口を開いた。
「ねえジャルガ。私が商会に欲しいというなら──一緒に子爵家を潰しにいかない?」
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