第二百四十八話:ギース・Ⅱ
ハムニカ合金。
魔力伝導率の高い物質とされるミスリルを主とした合金の一種。
ミスリルにクレイス岩、水月砂などを混ぜ合わせることで魔力伝導を向上させた合金。
クレイス岩も水月砂も魔力伝導の高い物質として有名であり、これらは魔工学において一般的に使用される代物でそれを混ぜ合わせのがアース合金という……らしい。
(……そのアース合金というのが一般的に広く流通している魔工に使われる合金であってるんだよな?)
〈肯定します――調べた限りにおいて一番質のいい合金です。その魔力伝導率はおよそ41.5%ほど。無論、品質によってムラは発生しますが〉
(……えっ、低くないか? いや、まあイリージャルを基準にする方がおかしいのはわかっているが……一応、配慮して性能を落とすようにいって作ったハムニカ合金の方は?)
〈回答します――魔力伝導率は62.75%ほどであるとヤハトゥは報告します〉
「ダメじゃん」
小声で会話をするディアルドとヤハトゥの会話に思わずファーヴニルゥは突っ込んだ。
「んー、なにかいった?」
「ふーはっはっは! いやー、なんでもないぞ。それでどれぐらいでつきそうなのだ?」
「私の工房はもうちょっと先で、あっとここら辺は商業区画とは違う工業区画となっていてね――」
などと道案内のつもりかいろいろと喋っているギースの言葉を聞き流しながら、ディアルドはヤハトゥとの話に戻った。
(20%の差はさすがに大きくないか? いや、俺様としても見せ札として使うつもりだったから案外たいしたことないとか思われるよりマシだが……)
〈謝罪します――想定よりも技術水準が低すぎたようです〉
(まあ、領地から得られるアズガルド連邦国内の情報は少なかったからな仕方ない部分もあるか……。それにしてもアース合金とハニカム合金って材料は同じなはずなのに技術だけでそれだけ性能に差が出るのか)
(なるほどねー、それであのギースって女も目をつけたってことかな?)
可能性は高い、というかそうだろうとディアルドは考えていた。
(なにせ、合金がどうのこうのといっていたからな……ただ、わからないのがそれ以外だ)
ハムニカ合金については詳しい説明をしたわけではないが大まかに従来のものより魔力伝導の高い特殊な合金であると、あの魔導具店でも説明した。
だから、興味を持たれることそれ自体は問題ではない。
というか興味を持ってもらって、あちらから接触していたのを期待していたのだ。
まあ、思った以上に反応が薄く単なるカモとして買いたたかれてしまったわけだが……。
(信じなかったのか、あるいは従来の合金よりも20%近く性能が向上していることまでは見抜けなかったのか……)
そこら辺はわからないがそれに気づいて話しかけてきたのならギースという女性は、ディアルドにとって求めていた伝手になる人物。
の、はずなのだが――
(ダンジョン? ダンジョンってなんだ?)
いや、ダンジョンという言葉の意味自体はわかる。
ダンジョンと遺跡などの古代文明の遺物が残っている未踏の場所のことを指す、ファーヴニルゥと出会ったのもその一つだった。
(まあ、ダンジョンの一つや二つぐらい連邦国内にもあるだろう。王国にも多くあるからな)
だから、ダンジョン云々の話が出てくること自体はわからなくはないのだがハニカム合金とどう繋がるのかがわからない。
(まるで目的が見えてこない……だからこそ、面白そうだ!)
ギースと名乗る女性の申し出を受け、そのままついていくことをディアルドが決めたのはそんな理由だった。
厄介ごとにありそうな気がするが、まあ所詮他国だし最悪なんかやらかしても逃げればいいだろうという気軽さだ。
その場合、ルベリが苦労しそうな気もしたがそこら辺はあまり気にしないこととする。
そんなことを考えているといつの間にか目的についたらしい。
「ここが私の工房だ。たいしたもてなしもできないが……まあ、入ってくれ」
◆
「さて、話といこうか」
「ああ」
工房兼住居として利用しているのだろう、リビングルームのような部屋に案内され席に着いたあと、ディアルドが話の口火を切ることにした。
「まず、いろいろと聞きたいことはあるが……まずはそうだな。たしか頼みとやらはダンジョンに潜るのに同行したいという話だが――それはどういうことだ?」
「言葉通りの意味だ。そちらからすればいきなりなにを……という話なのはわかっている。だが、私はヘノッグスの迷宮を潜らなければならない理由があるんだ」
ヘノッグスの迷宮、知らない名前だ。
だが、それが彼女の言っていた東にあるダンジョンの名前なのだろう。
「それでなぜ俺様たちに同行を求める?」
潜りたければ勝手に潜ればいいだろう、と続けたくなったがダンジョンはその種類によっては入るのに規制があるタイプもあったなと思い直した。
「……くやしいが私一人の力じゃ、地下へとたどり着けない。協力者を集めようにも私の求める深度までとなると」
(協力は難しい、と)
「ヘノッグスの迷宮は国内でも有数の未踏破のダンジョンだ。その深層の奥を目指そうって話だからな……仕方ない。そう諦めていたときにアンタの作品に出会った」
「あれはヘノッグスの迷宮に現れる魔導機兵に使われている特殊合金だ」
「えっ」
「つまりは古代文明、その技術の一種というわけだ」
「あー」
「よくそれを再現できたものだと感心したよ。私も一部の現物の欠片を手に入れて解析してみたけど……全然ダメだった。それをあれほど完璧に……。よほど状態のいい現物を手に入れることに成功したと思えない。それを研究することであれを使えるようになった……違う?」
(違う)
「その合金を使用した魔導機兵が出没するのは深層……つまりは貴方たちはそこにたどり着き、魔導機兵を手に入れた。それほどの実力者ということになる」
(そうかな? まあ、俺様は天才なのでどんなダンジョンであろうがいけると思うが)
「私はその最奥に用があるんだ。どうしてもたどり着かないといけない理由がある。だから、頼む! 同行させてくれ!」
ギースの言葉を聞きながら、ディアルドは考え込んだ。
相手の勘違いに関してはおおまかに把握することはできたがさてどうするべきかと思い悩む。
(いや、別にそのヘノッグスの迷宮とやらに縁はないし、潜る予定もないんだけど。というかそうか……ヤハトゥからするとスペックをだいぶ落としたものでも十分に高品質な未知の合金なのかハニカム合金。一応は古代技術の一つになるんだったな……)
それはそれとして、ディアルドは思った。
(ヘノッグスの迷宮か……とても面白そうだな! 話から察するに古代文明の遺跡であるのは間違いないが、帝国の時代の物かあるいは帝国崩壊後の天帝七国時代の物か……ううむ、気になってきた。未踏破のダンジョンならばお宝が眠っている可能性もゼロじゃない)
正直なことを言えば興味がとても湧いてきているのは事実だった。
(とはいえ、それだけならギースを巻き込む理由が特にないな。俺様たちだけで潜った方がたぶん楽だろうし)
ディアルドとファーヴニルゥ、そしてヤハトゥがいれば攻略自体は難しくはないだろうと考えており、混ぜる必要性を感じなかった。
だが……。
「金なら払う、だから頼む……っ! 私には時間がないんだ!」
「……金など要らない。だが、頼みを受け入れるかどうかはそちらの事情次第だな。場合によっては協力してやっても構わない」
「ほ、本当か?」
「ああ、もちろんだ。ヘノッグスの迷宮……そろそろ、攻略を終えたいと思っていたところだからな! ふははははっ!」
堂々と相手の勘違いに乗っかるディアルド、その様子を見ながらファーヴニルゥとヤハトゥは小声で言い合った。
「行ったこともないのによくいえるね、マスター」
〈さすがは我が主です〉
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