第33話 俺のスキルは……
朝だ。
興奮しすぎで寝られなかった。
めちゃくちゃ眠い。寝たい。
俺が寝られなかったのは、配信があったからじゃない。収益化が通り、投げ銭がなんたるかを知ったからでもない。
「おはよぉ」
「お、おはよ」
もちろんそれらもあるのだが、近くにえりちゃんがいて、ぐっすり眠れる方がおかしいだろう。
「あれ? クマできてるよ? 寝られなかったの?」
「うん」
「睡眠は探索者の基本だよ?」
「はい」
お前のせいだ! とはもちろん言えなかった。
暗くなってから、女の子に帰れと言うわけにもいかなかったし。仕方ないのだ。
いや、ただ隣にいるだけなら、少しくらいは寝られたかもしれない。
「いやぁ、しょうちゃんの抱き心地がよくて、わたしはぐっすり眠れたよ」
「は、はは。それはよかった」
そう、俺は抱き枕がわりにされていたのだ。
そのせいで、ずっと脳が覚醒していた。
まあ、えりちゃんはぐっすり眠れたみたいだけど。
「朝から元気だね」
「もう、最高の目覚めだよ」
「毎日でも泊まりたいくらい」
「多分飽きるよ」
「そうかなぁ。でも、飽きるのは嫌だから時々にしとくね」
これから時々来るのかぁ。
少し、今の部屋の状態を維持しておこう。
「どしたの?」
「いや、ほんとに眠くて」
「そっか。じゃあ」
笑顔のえりちゃんを見てると少しは元気が出てくる。
俺が抱き枕にされてたのも、床で眠ろうとしたところをすくい上げられ、同じベッドで寝かされた形だ。
優しさなんだろうけども、スキだらけなのはどっちだという感じだった。
抱きつかれていただけあって、俺にも少し感触が残っているし。
立ち上がって寝室を出ると、キッチンに向かっていくえりちゃんの姿。
「え、そっちはキッチン」
「いいからいいから。泊めてもらっちゃって何もしないわけにはいかないでしょ?」
俺が止めるより早く、昨日の片づけの要領で、料理がちゃっちゃかできていく。
ジュージューという何かを焼く音。すぐに美味しそうな匂いが漂ってきた。
「はい。お待たせ」
「おぉ」
出てきたのは目玉焼き。
えりちゃんの手料理。
「ごめんね。手の込んだものは作れなくて」
「いや、あるものでよくここまで。それに、時間もないのに」
「本当はしょうちゃんにもっといいものを食べさせてあげたかったんだけど」
「十分すぎるよ」
「んん! しょうちゃん!」
なんだかよくわからない反応。
急に抱きつかれ、目が回る。
でも、嬉しそうだということはよくわかる。
「とりあえず食べよう? 遅刻しちゃうよ?」
「そうだね」
「「いただきます」」
ひとまず目玉焼きから……醤油をかけて。
「美味しいっ!」
「本当?」
「目玉焼きだけでこんなに美味しいなんて初めてだよ」
「嬉しいなぁ」
半熟の黄身がトロッとしている焼け具合が、硬すぎず柔らかすぎずでちょうどいい。
いつもと変わらない玉子のはずなのに、いつもよりも醤油が絡んで思わず箸が進んでしまう。
サラダもシャキシャキで、味噌汁も朝からほっこりとする温かさでわかめと豆腐のシンプルなのがいい。
サッと作ったとは思えないほどの出来で、味だけで楽しめてしまった。
「ありがとう。めちゃくちゃ美味しかった」
「今度はこんなじゃない手料理を振る舞うから。ささ、レッツゴー!」
危うく昨日されたこと全部水に流すところだったが、そんなつもりはない。
確かに、美味しかったし? 確かに、片づいたけど? それはそれ、これはこれだ。
一人になってようやく気づけた。
えりちゃんは忙しいのだ。本来、俺一人に構っていられるような人間じゃない。
少し煙たがっていたけど、こうして完全に一人になるとどうにも……
「……やっぱり、ちょっと寂しい。いやいやいや。何を言ってるんだ俺は」
今までずっと一人だったじゃないか。
一人になったって前に戻るだけだというのに。
なんだか急に胸に穴が空いたような気分。
今まで理解できなかったのに、まさか自分が感じることになるなんて。
「用事、いつ終わるんだろ」
「ちょっとアンタ」
「はい?」
学校内だからと油断していた。
スキルがおそらくオフになっていた。
スキルは使用者本人の状態によって効果が左右されやすい。
相手は知らない人。おそらく年上、だろうか。
「な、なんでしょう」
「アンタさ。いいのんと距離近くない?」
「そう言われても」
「調子乗らないでくれる? いいのんはアンタなんかと一緒でいい存在じゃないんだから」
「それは……」
そうだ。
わかっている。
それくらい俺だってわかっていた。
だけど、真っ直ぐ人から言われると……
「それに」
「ちょっとどいてくれるかい?」
「あん?」
「ワタシは高梨くんに話があるんだ。君のその要領を得ない話は、ワタシの要件より優先順位が高いのかな?」
「せ、関さん……す、すみませんでしたー!」
関先輩を見るなり、女性はどこかへ走り去っていった。
よかった。
あの人はえりちゃんのファンだったのだろうか。
まあ、ファンと言っても色々な人がいるからな。
「知り合いだったかい?」
「いえ。あの、助かりました」
「なに、困っていたならお互い様だ」
そう言いつつ微笑を浮かべる様子は心に余裕があることがわかる。
やっぱりすごいな探索者は。
「それで、話ってなんですか?」
「ああ。今回こそ君の能力を研究したくてね。ついてきてくれるかな?」
「もちろんです」
行けば今度こそ何かわかるかもしれない。
前回はイレギュラーがあったし、ろくに俺の力もわからなかった。
えりちゃんはお世辞がすごいから、客観的に能力を知るいい機会だ。
次にえりちゃんにあった時のためにも。
中層。
湧き出るモンスターを片っ端から倒していく。
だが、キラー・アイアンより弱いらしく、剣で撫でるだけですべて一撃で倒せてしまっていた。
「当たりどころがいいんだと思うんですけど、ラッキーですね」
「本当かい?」
「そうだと思いますけど……」
多少実力がついてきたとしても、まだまだ他の探索者には届いていないはずだ。
それに、今回の目的は攻略じゃない。スキルを試すということ。
簡単に倒せてしまっては目的を果たせない。
やはり、俺の戦い方が不服だったらしく、ひとしきり倒し終わえると、関先輩は黙ったまま俺に近づいてきた。
俺に何かついているわけじゃない。
だが、黙ったまま俺の胸に手を伸ばし、そのまま手を押し付けてきた。
「へ?」
「柔らかい」
「い、いや。え、ど、どういう意図ですか?」
「こんな形で軽くモンスターに触れてみてくれないかい?」
「あ、ああ。いきなり驚きましたよ」
「ん? そうか。済まない。実演した方がわかりやすいかと思ったのだ。嫌なら済まなかった」
「別に、嫌とかじゃないですけど」
:うわああああ!
:ありがとうございますありがとうございますありがとうございます
:生きててよかった
俺よりコメントが大丈夫じゃなさそうです。
切り替えよう。
見つけたモンスターの攻撃をくらわないようにしながら、優しく触れて……。
女の子に、なった……?
こんな力が……
「ほう。モンスターの姿を変えるとは。どうやらスキルも持っているみたいだね」
「これが、俺の力……?」
「では仕留めよう」
「え?」
「……?」
攻撃する意志が感じられなくなった少女が、俺のことを見上げてくる。
でも、相手はモンスター。
うわあああああああああ!
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