第20話 小さいヤンキー?

 逃げなきゃ!


 俺が走り出そうとすると。


「アネゴ!」


 少女はそう叫んだ。


 俺は逃げようとしていた足を止め、振り返った。

 少女に敵意はなさそうだ。


「アネゴ!」


 再びそう叫ぶと少女は俺に飛びついてきた。

 本来ヒジがありそうな位置で曲がる袖が、俺をギュッと抱きしめてきた。


 これはなんという生き物だろう。


「アネゴォ! 会いたかったっすよ? ずいぶん探したんすよ?」


 今度は何だか、俺の手を取ってぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねているが、正直俺に、早く高校生になりたい! みたいな幼女の知り合いはいない。

 ましてや、アネゴなんて呼ばれるような相手はいない。俺男だったし、でも、スキルは隠しておいた方がいいみたいだし……。


 どうしてこんな時に限ってえりちゃんはいないのか……。


 困った。こういう時、どういう対処をすればいいんだ。


「どうしたんすか? 体調悪いんすか?」


「い、いや。そういうわけじゃないんだけどね?」


「あ、そうっすよね。あん時暗くて、オイラが誰かわかんないっすよね。しかもアネゴはオイラの姿をはっきり見たわけじゃないっすもんね」


 オイラ。

 確か、そんな一人称を最近聞いた気がする。


 待てよ? 同じくらいの背格好の人間が、俺に対して因縁があったような……。


「あの時の変質者……?」


「違うっすよ! それじゃ、改めて自己紹介するっすね。オイラは坂本さかもとタイコウっす。アネゴに見た目は変えられちまったすけど、高校生探索者の一人っす。知っててほしいんすけど、スキルは身体能力強化系で肉体派なら誰にも負けないつもり、だったっす」


「坂本、タイコウ……って超有名人じゃん!」


「やっぱり知ってるじゃないっすか!」


「いや、いや、待って。ってことは」


 そうだ。

 俺が初日の帰りに絡まれた。あの時の人みたいだけど、話してた実績みたいなのは本当だったってことか?

 嘘ついてると思ったが、まさか、本物だったってことか?


 いや、そういうことだよな。

 同じ学校の高校生で、坂本タイコウと言えば知らない生徒はいない。通りで何だか知ってるような違和感があったわけだ。


「本当に本物の坂本タイコウさん?」


「さん付けはやめてくださいっす。名前で呼んでほしいっす」


「じゃ、じゃあ、タイコウで」


「そうしてほしいっす。へへ」


 照れている?

 まさか、本物とは……。

 まあ、出会いが出会いなせいで、今さらさん付けは精神的に難しいところがあったし、ありがたい。


 坂本タイコウと言えば、高校生でありながら一人で中層まで行けるほどの実力者。

 単身、モンスターと肉体同士のぶつかり合いで渡り合う姿は、獣のようでありながら格闘家のようでもあり、男女問わず人気を博している人物だった。


 高校生で探索者になったとしても、たいていは上層で過ごす中、坂本さ、タイコウは中層へ行けるごくわずかの存在。

 下層へ行けるとすれば、俺が思い当たるのはえりちゃんと言えばもう一人くらいか。

 深層ともなれば、それはもう人の形をした別のナニカと評される。えりちゃんはいずれ行けると言われているが、確かまだ挑んでいなかったと思う。そんな世界。


 そんな大先輩に、俺は迷惑な勧誘だと思い、雑にあしらって。よもや少女に姿を変えてしまうなんて。

 自分のスキルにも驚きだが、


「あ、あ、いや、その、その節は、た、大変申し訳ございませんでした!」


「だからいいっす。起きちゃったもんはしょうがないんすから」


「い、いいんですか?」


「いいんすよ。探索者は起きたことに対処するもんっす。それに、アネゴからオイラに敬語はやめてください」


「いや」


「これはいいんすよ。オイラ、自分より強い人に敬語使われると何だかくすぐったくって」


「わ、わかりま、わかった」


 誰だかわかってから、なんだかとても話がしにくいが、申し出を断るのも悪い気がする。

 不機嫌になっていないようだし、こういうことにも慣れていこう。

 

「いやー。あれはただの探索の誘いだったんすけどね。まさか返り討ちに合うとはとは」


「あの。ああいうのはやめてほしいかな。正直、よくわからなくて怖かったし」


「はい。ダンジョンの近くだったからって調子に乗ってたっす」


 思っていたより怖い人ではないみたいだ。


 強くて大きいイメージだったから、もっと体育会系のオラオラした人かと思ったけど、案外そうでもない。

 俺の前では喋り方とか態度のせいで、舎弟感が出ちゃってるし。

 インタビューとかではこんな感じじゃなかったんだけどな。


「でもアネゴの実力には納得っすね。オイラなんかよりよっぽどすごい探索者だったんすから。まさかいいのんと配信するわ、いいのんを助けてたわって有名人でびっくりっすよ」


「あ、あれはたまたまだから」


「たまたまじゃああはならないっすよ。スキルだって、弱いスキルじゃ使って疲れるだけで、使うだけ損みたいなこともあるんすから。それを使いこなしてるってのがすごいんすよ」


「ありがとうございます」


「事実っすから」


 俺の方から迷惑をかけているというのに、ここまで言ってもらってしまうとは。なんだか申し訳ない。


「迷惑かけちゃったのはすみません」


「大丈夫っすよこれくらい。まあ、困ってないって言ったら嘘になるっすけど」


「ホントすんません」


「いいんすよ。そんなことより、どうすか? これ、どうっすか? オイラの見た目どうっすか?」


 長い袖を勢いよく動かして、どうと聞いてくるタイコウ。

 どう、と言われても……。


「小さい女の子みたい?」


「っすよね!」


 どうしてノリノリなんだ?


「動きも意識してんすよ」


 どうして体に合わせてるんだこの人は。

 いや、これが、ベテランなりの対処法……なのか?


 うっ! 昨日の朝の記憶が……。


「あの、自分のダメージにならない程度にしておいてくださいね」

「……? 気をつけるっす?」


 状況を楽しむ心的余裕があるから、これまでやってこられたんだろうな。

 こういう人じゃなかったら、多分、仕返しとかで俺不意打で殺されるんだろうし。


 いや、それならスキルで助かるか?


「あ、そうっす! アネゴに会いたいって言ってるヤツがいるんすよ。会ってくれるっすか?」


「俺に会いたい?」


「そうっす。嫌じゃなけりゃいいんすけど」


「俺なら別にいいけど」


「ホントっすか? じゃ、呼んでくるっす」


 でも、俺に会いたい?

 一体誰だろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る