第16話 基礎魔法!

 自分がするとは思ってなかったけど、やるからには配信しよう。


 しかし、どんどんと増えていく視聴者の数に圧倒され、探索の記録という目的も忘れて少しの間アホ面を晒してしまった。

 もう一万はゆうに超えている。


「はい! わたしは無事です! しょうちゃんのおかげで助かりました!」


 えりちゃんはすでにコメントに返事を返しているようで、俺の知らぬまに勝手に生存報告が進んでいる。


:初日であれはヤバい

:金積んだんじゃないのか?

:バカか。いくら積めばいいと思ってんだ


「そうですねー先進国の国家予算くらいならやってたかもですねー」


:国家予算……


「あ、もちろん冗談ですよ?」


 どうやって読めばいいのかわからない速さのコメントに楽しげに返事を返している。


 これも記録の一部?

 いや、えりちゃんは人気もある。クラスだけでなく世界を魅了するほどの人物だ。見てくれる人への対応もきちんとわきまえているのだろう。


「それじゃあ、わたしばっかりから言っても仕方ないし、わたしのことはいったんここまでにします。みんなも気になってると思うからね。それに、ここはしょうちゃんのチャンネルだしね! どうぞ! 新人探索者のしょうちゃんです」


:わあー!

:とうとう!

:待ってました!


「……あ、えと」


 一般人が大衆を前に何かを言う機会なんてそうない。それがカメラ越しとはいえ、人に向かってものを言うなんて経験がそもそもない。

 学級委員もしたことのない俺には、まともに発言する場面なんてこれまでの人生でなかった。


「……焦らなくていいからね。コメントも全部を読もうとしなくて大丈夫だから」


 頭は真っ白になっていたが、えりちゃんの言葉で少し肩の荷が軽くなった。

 一つ深呼吸すると、一気に心臓の音も遠くなった。なんだかとても気がラクになった。


「初めまして! ここではしょうちゃんと名乗る者です。以後お見知り置きを! 新人探索者としてこれから実力を高めていけたらと思っています」


「……いい感じ」


:あの実力で初日って化け物だろ

:人外の域なのに上を目指すって……

:本当に飯屋さんの再来じゃね?


「……え、えりちゃん。ここではえりちゃん呼び?」


「……いいのんでもどっちでもいいよ? わたしは探索者として本名が知れてるし。まあ、えりちゃんの方が嬉しいかな?」


 それなら、


「え、えりちゃんを助けられたのは、たまたまですけど、よかったら一緒に勉強していきましょう。よろしくお願いします!」


:いい子!

:いや、あれがたまたまって……ないない

:いいのんも一緒にいるし、あの映像が嘘じゃないとすると、控えめに言って規格外


 ちらほらここでも過大評価を受けているのだが、まあ見栄えすることってそういうところあるからな。

 なんだか少し慣れてきた。


「それじゃあ、中層へ!」


「待って。上層にしよ? 俺、まだ二日目だし」


「まあ、しょうちゃんが言うなら」


:俺っ子!

:見た目とのギャップがいい!


 そういえば、今も上層なのだが、驚くほどモンスターは近寄ってきていない。

 えりちゃんの覇気なのか、それとも……。


「って、いっぱい来た!」


「ちょっと威圧してたけど、上層がいいって言うから解除したよ。混乱してるか、怒ってるかな」


 えりちゃんの言う通り、なんだかよくわからないくらい歪んだ顔をした大量のモンスターたちが走って接近してきている。

 というのに、えりちゃんは余裕そうな態度を崩さない。


「え、大丈夫なの? あの量」


「大丈夫だよ。ちょうどいいくらい。それじゃあ、しょうちゃんにお手本ね?」


 そう言うと、えりちゃんは右手を前に突き出した。

 そこから放たれるえりちゃん先生の一撃は……。


 バリバリと音を鳴らしながらダンジョンの四方八方を焦がし尽くすような雷による一撃。


 一瞬にしてモンスターの大群が亡き者になった。


:参考にならん

:神様の調整ミス

:いつものことながら当然のようにやることじゃない

「ヤバ」


 昨日想像したようにゴブリンの群れくらいで止まることはなさそうだ。

 でも、この一撃を考えると、確かに多人数戦闘では威力が出過ぎて、周りにいる人がくらう巻き添えがモンスターの攻撃より危険そうだ。


「とまあ、こんな感じ」


「俺、おんなじスキルじゃないと思うんですが」


「そうだね。でも、上層のモンスターの倒し方はわかったんじゃない?」


「全然?」


「えっと、魔法が使いたいんだっけ?」


 今話題変えたな。

 もしかしてえりちゃんって天才すぎて人に教えるの苦手なタイプか?


「魔法が使いたいんだよね!」


「接近よりかはいいかなと」


「それじゃ、基礎からやろうか。スキル自体はある?」


「もちろん」


 するとそこに、魔法の使い方を教えるのに絶好のタイミング、第二波のモンスターたちが迫ってきていた。

 

「わたしも使えるから、しっかり見ててね。えーと、詠唱は、わかんないや。基礎はないんだっけ? とりあえず、『ウィンド』!」


 詠唱なのか何なのか、突然発生した突風により、第二波のモンスターたちは壁まで吹き飛ばされて動かなくなった。


 これが基礎?


「今回こそわかったでしょ?」


:威力がおかしいんだよなぁ

:まったくわからん

:しょうちゃんはわかったのかな?

「……」


 わからん。


 他のスキルの発動と違って、魔法には詠唱が必要みたいだけど、この辺の話は聞き流してて覚えていない。

 もうモンスターも当分来なさそうだし、空撃ちするか……。


「や、やるよ」


「うん。見せてみて」


「『ウィンド』!」


 強め風の風が起こった。。


 狙いを定めなかったせいか、あまり前には風が出なかった。


「見えた!」

「え、え?」



 なんとなく反射的にスカートを押さえる。


「照れてるのかわいー」


「み、見えたの?」


「わたしだけね」


:くそう

:隠れてた

:アーカイブで確認するか……


「……やっぱりいいね」


「何のこと? 何言ってんの!?」


 まったく、本当に俺の知っている伊井野さんと同一人物だろうか。


「いやー、魔力量えぐいね。基礎でこれはすっごいと思うよ? 色々できそう」


「話の戻し方がえぐいね?」


「待って」


「今度は何?」


「静かに」


 誤魔化そうとしているのかと思ったが、そうではない様子。


 何やら大きな音を立ててしまったからか、カチャカチャという音が接近してくる。

 さすがに奇妙な音のせいか、油断しているわけにはいかないようだ。


「アレは!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る