第13話 自称ベテランに絡まれた!
手取り足取りというのはもちろん探索の方だった。
もちろん、探索はする!
今いるのは、昨日も来たギルドなのだが、席に座るまで人の目をスルーしてたどり着いただけあって、今のところ問題は起きていない。
そりゃあ、えりちゃんの方が、三年も探索者としては先輩なのだし、有名人としても同じくらいだ。そうなれば立ち回りは知っててあたりまえだ。
それに、えりちゃんは超がつくほどの一流であり、教わりたくても教われない。
そもそも、金を払ってでも教わりたいという人もいるくらいだしな。
教えてくれるというなら教わろう。
「ちょっと待っててね」
「うん」
今も、えりちゃんが注意を引いて、何やら受付の人とやりとりしているおかげで俺の方は特にやることもない。
ちょこん、という擬音が似合うような小ささになった自分に複雑な感情を抱きつつ、そんな現実に抵抗もできずに、俺はイスにちょこんと座っている。
「おい、お前」
「はい?」
そんな気楽なことを思えるのも束の間。
なんだか俺のことをにらむ影が複数。
しっかりと俺のことをにらんで、しかも俺の目の前でツバを飛ばしてくる男が一人。
「ダンジョン探索者のレジェンド、飯屋さんの再来とか言われて、調子に乗ってんじゃねぇよ」
「乗ってません。……それより、なにそれ」
「とぼけてんじゃねぇぞ!」
急にキレてきて怖いんだが?
いつの間にか、昨日のように周りを取り囲まれている。そのせいで、えりちゃんは気づいてないみたいだ。
とりあえず穏便にいこう。
結局恐ろしいのは、モンスターより人間かもしれないからな。
「あの、本当に知らないんですが、なんの話ですか?」
「はっ! そうやって俺たちを煙に巻こうったってそうはいかないぜ」
「いや、飯屋さんの再来なんて大袈裟すぎですよ」
「そうだよ! だから調子に乗るなって言ってんだろ?」
ダメだこの感じ。話が通じないやつだ。
けど、ここで騒ぎを起こすのは御法度なはずだし……。
「おうおう! そんなヒョロイ腕でボスを一撃なんてありえないだろ! この俺、ベテラン探索者、軽業のベダ様でも、さすがにそこまでのことができるなんて大嘘は吐けないなぁ」
「こいつ、合成じゃないのか?」
「そうだそうだ! どうせ世界中の気を引こうとしてやったんだろ? しかも、あそこのいいのんをダシに使ってさ!」
取り巻きまで使って俺のやったことがずるか何かにしたいみたいだ。
いや、俺としてはそうなってくれて、俺のやったことがえりちゃんを助けること以外なかったことになるのなら、とても平和でいいと思うのだが。
「でも、あれは本当だって伊井野さんも言ってたぞ?」
「そうよ。そもそもあれはライブだし」
「うるせぇ! すでに信者になってるやつの話なんか信用できねぇよ!」
俺を庇おうとしてくれた人たちを乱暴に払いのけると、男は俺の前の席にどかっと座った。
机に肘を突き、腕を出してにらみつけてくる。
「あんまり受付の方まで迷惑かけらんねぇからな。ここじゃ力比べは腕相撲だ」
「えぇ……」
「まさか逃げるとは言わないだろうな!」
別にこんな安い挑発に乗ってやる理由はない。
けど、ここで受けないのは俺を庇ってくれた人に面目が立たない。
「俺はいいですけど」
「なんだ? まさか、力が強すぎて傷つけてしまうとかか? 笑わせんな。そんなハッタリに騙されるかよ。俺は軽業のベダ様だぜ?」
「そこまで言うなら……」
正直、名前は知らないがそこそこの有名人なのかもしれない。
気遣いは不要か。
ただ、気がかりはある。
というのも、俺の力はもしかしたら男を女に変える力なのかもしれない。
昨夜のチンピラの一件ではよく見えなかったが、もし彼が女子になっていたのならその可能性はありえそうだ。
ただ、えりちゃんに触れる機会は多く、こっそり使おうとしてみたのだが、えりちゃんが小さくなったり、男になったりということはなかった。
このことからも、おそらく性別が変わるのではなくて、デバフ的な効果なのだと思う。
もしかしたら、攻撃的なメスの動物とかに使えばオスになるのかもしれないが、試すことが難しすぎる。
というわけで、あんまり触りたくないが、目の前の軽業のベダという、痛い名前の人は大丈夫ということで、容赦なくいこう。
「準備はいいな?」
「もちろん」
「始めろ」
「それでは……レディー、ファイ!」
開始の合図で力を入れる。
「うおおおお! ……うおっ!? なんだこれ、痛いっ!」
「俺の勝ち」
想像通り、相手を女の子に変えて転がして、俺の勝ち。
周りはあっけに取られてなにも反応しない。
だが、俺の勝ち。
机に手の甲がついたのは軽業のベダさんだ。
痛みで転がってしまったようだが、その体は先ほどよりも明らかに小さくなっている。
「ちょっと! なにしてるんですか! ここは探索者じゃない方も来られるんですよ? あまり騒がないでください!」
「すみません」
さすがに痛がる声が響いてしまったからか、受付のお姉さんがやってきてしまった。
「ちょっとこの服。ベダさんの真似ですか? いっつも新人の方に喧嘩を売ってるような方の真似をしちゃダメですよ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は、ってなんだこの声!」
「ふざけないでください。すみません伊井野さん」
「いえ、用件は終わりましたから」
「ほら、ちょっと話を聞かせてもらいましょうか」
「ま、待ってくれぇ!」
ベダさんはどこかへ連れて行かれてしまった。
「どしたの?」
「さあ?」
なにやらやり取りを済ませたらしいえりちゃんも戻ってきた。
そんなこんなで取り巻きたちはどこかへ姿を消し、俺と俺を知る人たちだけが残った。
「さっきの、しょうちゃんが喧嘩売られてたの? ごめんね。わたしの不注意で変な目に遭わせちゃって。大丈夫だった?」
「まあ」
「でも、なにしてたの? 相手が痛がってたけど」
「腕相撲、かな?」
俺の言葉にえりちゃんはなぜか目をキラキラと輝かせ出した。
「いいな! 何か賭けてたの? わたしともやろ! なんだか荒くれっぽくていいね。わたしそういうことはしたことなかったんだ!」
「いや、違うでしょうよ目的が」
「賭けはねー」
「聞いてないし」
まあ、えりちゃんはこれまでプライベートがあるのかないのかわからない生活をしてきたのだろう。
俺とは違った理由で友だちと遊ぶという経験があまりないのかもしれない。
楽しそうだし少しくらいは、
「負けた方がにゃんにゃんって言いながら動画撮られる!」
前言撤回。
絶対嫌だ。
「俺はやらないからね」
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