TSしたダンジョン配信者は無自覚で無双する〜かわいい見た目と超絶スキルで美少女をイレギュラーから救いバズりの嵐を生む〜

川野マグロ(マグローK)

第1話 今日からダンジョン探索者!

「みんな! 今日もお疲れ様。いやー疲れたねー」


 俺はそんな風に話しているクラスで人気な女子、伊井野絵梨花いいのえりかさんを少し羨ましく思いながら見ているぼっちもどき。

 決してクラスメイトたちに笑顔をふりまくようなキャラではない。

 ダンジョンに憧れてるだけの、どこにでもいるただのダンジョンオタクだ。


「いやーほんと疲れた。授業長すぎなんだよ」

「本当に、伊井野さんはすごいよね。勉強も運動もできて」


「そんなことないよー。でも、ちょっと頑張ってるかなー?」


「そのちょっとがすごいんだって」


 疲れたと言いながら、みな和気あいあいとした雰囲気で話している。

 実に楽しそうだ。


「それじゃあ高梨たかなしくん。また明日」


「ああ。桃山ももやまくん、また明日」


 だが、陽キャたちを遠くから眺めているからといって、俺はぼっちではない。こうして学校では話す程度のクラスメイトはいる。それくらいはいる。

 手を振って見送りもする。断じてぼっちではない。あくまでぼっちもどきだ。


 ただ顔も見た目も普通なだけの男だ。


 けれど、俺はまた桃山くんの友人と話す姿を見ながら少し羨ましく思う。

 彼は俺と違い、ぼっちもどきではなく、完全にぼっちではない。


 もしかしたら俺も、友だちと放課後に他愛もないことでも話しながら過ごす時間があったのかもしれない。そんな風に思う。

 まあ、だからどうするということもないのだが。

 ふっとまた意識は伊井野さんたちの方へ移る。


「伊井野さんはこれからどうするの?」

「昨日も配信してたのに今日も行くんだろ?」


「まあねー」


「そんなに連日大変じゃない?」


「大変かどうかより、わたしがやりたいことだから」


「すごいわ。憧れちゃう」


「そうかなー? えへへ。照れるなー」


 表情をコロコロ変え、ずっと話題の中心にいる伊井野さん。

 俺が彼女を羨んでいるのは、何もただクラスで注目を浴びているからではない。

 彼女は中学生の頃からダンジョン探索者をしている天才だ。人気は何も魅力的な性格や見た目だけじゃない。


 そう、この世界にはダンジョンがある。


 ある日突然現れた、異世界とも思えるような地下への入り口。そこは、人にさまざまな力を与える場所であり、モンスターという危険な存在をはびこる世界でもあった。

 俺は、そんな不思議な世界に憧れている。

 ゲームが好きだったことがあるなら、きっと誰だって同じ気持ちなはずだ。


「伊井野さんは中学からダンジョン探索者だもんねー」


「まあね。でも、これからは、このクラスからもダンジョン探索者が出るかもしれないでしょ?」


「いやー。どうだろう。俺ダメだった」

「あたしもー」


「大丈夫だって。一回や二回で受かる人の方が少ないんだから」


 ダンジョンへ入るのも、今となっては認可制。特別な免許が必要になる。

 それも本来なら高校生から受験資格を得られるが、伊井野さんは特別だ。中学生の時点でダンジョン探索者の資格を持っていた。


 しかし、彼女の実力を見た人間の中にその才能を疑う人はいない。

 ゲームで憧れたような主人公は、きっと伊井野さんのような人なのだろう。


 俺も他のクラスメイトたちの例に漏れず、今年ダンジョン探索者試験を受験した。

 桃山くんたちのように、友だちを作るようなこともせず、他のことも特にやらずにただダンジョン探索者になるために過ごしてきた。

 だが、未だ何の音沙汰もない。


 別にそんな現状に嫌気がさしているわけじゃない。ただ、やってきたことが報われないと、少し胸が空っぽになった気分になってしまうだけだ。


「帰ろう」


 俺はそっと席を立って教室の扉まで横切った。


「あ、高梨くん。帰るの? また明日ね!」


「うん。また、伊井野さん」


 伊井野さんは誰にでも優しい。

 俺みたい、他に桃山くんくらいしか覚えていない名前を、しっかりと覚えていてくれる。

 なんだか少し救われた気持ちで俺は教室を出た。





「嘘だろ? 嘘だろ?」


 一人暮らしの俺の家。一軒家じゃなく集合住宅だが、郵便受けには何やら見慣れない封筒が入っていた。


 嬉しさ半分、どうせという気持ち半分。

 どちらにせよ、俺は早足で家に飛び込んでいた。


 まだ中を確かめていないのに、ニヤニヤが止まらない。

 伊井野さんは特別と言ったが、高校生で探索者の資格を持っているだけでも世界で指折りだ。


 ダンジョン探索者は、国内だけでなく海外の大学に進学する場合でも優遇されるほどの資格。

 しかし、そのほとんどが個人でダンジョン探索をすることもあって、ダンジョン探索以外の用途で使用されることが滅多にないため、あってないようなものだが、そんなことは関係ない。

 それだけ認められているってことだ。


「いや、落ち着け。残念ですが、って可能性もまだあるんだ」


 指でビリビリと封筒を切り開き、中にある紙の束を机に広げる。


 出てきたのは難しそうな字が詰まった書類と……合格の二文字。


「ごうかく、合格だよな。合格……」


 ゆっくりと噛み締めるようにその言葉を繰り返す。

 現実感のなかった文字列が次第に何が書かれているかはっきりとわかり、胸の内側が一気に熱くなってくるのを感じる。


「っしゃー! 嘘、マジ? マジだよな! マジだよ!」


 思わず何度も見返すが、俺、高梨正一郎たかなししょういちろうのダンジョン探索者合格証だ。


 これもまたダンジョン探索者の力により作られている合格証。

 売るだけで人生を何度も働かずに生きていけるらしいが、そんなことはもうどうでもいい。


「うおー! 合格。合格だ!」


 周りの迷惑など考えられず、ただただ何度も叫んでしまう。


 そして、こんな日のために準備してきた道具たちをひったくるように持ち上げると、俺の体は勝手に家を飛び出していた。

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