第12話 絵葉書の中で夢を見る-後編⑧-
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目的地であるいけ好かない爺の店、コクリ堂はいつ来ても妖で塗れている。猫又や座敷童といった有名な妖から変化が中途半端な狸や狐まで。店の前も中もぎゅうぎゅうである。
「やあ、爺さん。朝早くから悪いね」
瑠璃色の暖簾を押し上げて入店すれば顔見知りの妖たちがざわつき出す。そりゃそうだろう、この店から商品を盗って逃げた盗人を連れているのだから。
「おい鴇、お前さん警官にでも転職しやがったのか?ああ?」
老眼鏡の奥で目を細めて視線を尖らせる爺。若い頃は美丈夫だったろうことが伺える切れ長の黄みがかった瞳が怖い。幼子だった頃にこの視線でちびったことを思い出した。恐ろしや…。
「いんや、私はまだ黄昏屋の店主だよ。そんな事より爺さんに話があって来たんだ。茶くらい淹れてくれたっていいだろう?」
「…盗人に出す茶はねえぞ」
随分図々しくなったもんだと言いながら店の奥に入っていく。その背を追って私たちも続く。店先の明るさとは反対に自宅と合体した居間は薄暗く、悪戯好きの妖たちがうろちょろしている。
『ねえ鴇、今日は何して遊ぶ?何する?かくれんぼする?』
この店の家守が天井の梁から逆さにぶら下がってケタケタ笑う。一般人の目からは暗闇で切れ長の目が二つ浮かんでいるようにしか見えない。依頼人が後ろで腰を抜かした音がしたが恐らく鳶が受け止めている。
「やあ、元気そうで何よりだ。だが…申し訳ないね、今日は仕事なんだ」
『仕事ぉ~?鳶も揃って来たから何かと思えば、その男の引き渡し?』
「引き渡しとお願いごとかな」
『お願い事ねぇ…』
家守はぬっと、腰を抜かしてまだ立てない依頼主の眼前でにちゃりと笑う。
『反省…より後悔が多いのね。言っておくがユキは鴇みたいに甘ちゃんじゃあないから、生きて出られないかもしれないわねぇ?』
旨そうな獲物の品定めでもするみたいに首を傾げながら全身くまなく眺めて。
『ちょっと、鴇』
「なんだい」
『あんた、“もう中に入れやがった”わね?!』
折角の獲物が既に誰かの所有物だったことに少しの怒りを滲ませて家守は私に突っかかる。しかし私は素知らぬ顔で笑っておくことにした。
「はて、何のことだろう」
『惚けんじゃないわよ!ユキを困らせた盗人など私が頭からバキバキと喰ってやろうと思っておったのに!余計なことをしやがって!』
家守はスンスンと鼻を鳴らし、依頼主の着物の帯留を睨みつけた。
『この帯留、鴇の店に一週間前に来た新入りか?おい、お前コイツを寄越せ』
帯留がきらりと輝く。
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