第10話 絵葉書の中で夢を見る-後編⑥-
お師匠様も鳶さまもにっこり笑顔です。なんとかまとまったようで一安心した私はお茶でも淹れなおそうと席を立ちました。するとお師匠様が私を手招きして頼みごとを一つ。
「いいかい、そっと懐に忍ばせて持っておいで」
こっそり念を押されることなどあまりないので理由をお聞きしたかったのですがとりあえず頼まれ事をこなすことに致しました。私にはまだ理解できないけれど、必要なことなのでしょうから…。
「さて、依頼を始めようか」
もう何度目か分からぬ台詞を口にしたところで客間に置かれた額縁がガタガタと音を立てて揺れ始める。逃げることが出来ないと知ってもじっとはしていられないのだろう。人も妖も似たようなものである。
「まず、依頼の内一つ。欠けた魂を元に戻す方法についてだが」
依頼主はまだ色の悪い顔をこちらに向けて唾を飲んだ。悪い答えを想像してか僅かに体も震えている。
「欠けた魂をすぐに戻す方法は残念ながらない。だが永遠にそのままという訳ではない」
弟子の淹れた茶を飲み、ほっと一息つく。ピンと張った空気はやはり慣れない。
「欠けた魂は体に付いた傷と同じ。自然治癒力のような働きで欠けて歪な形になろうとも元の姿に戻ろうとする。ゆっくりと糸が紡がれて生地になるように、欠けた魂も長い時間をかければ齧られる前と同じ姿に戻るだろう。だが、そのままではいけない。その欠けた状態で放置すればお前さんはまた、他の妖たちに目を付けられ、最悪喰われてしまう…」
濃い目に淹れなおされた茶が有難い。目も頭も冴えさせてくれる。
「ならばどうするか。妖除けの香も香りが途切れれば意味を失くす。私とて常時お前さんの隣にいれる筈もなし」
「手詰まり、ですか…?」
「いいや?お前さんは云わば、お嬢さんの仮の宿体のようなもの。魂は三口分程しか欠けていないからこそ、香がかおり、他の妖たちが獲物判定して寄ってくる。つまり寄生されきれていないのだよ」
依頼主の男はよく分からないといった顔で眉間に皺を寄せる。
「つまりだ、お嬢さんがお前さんに完全に寄生していれば追加の妖など寄って来ないのだよ」
「つまり?」
「つまり、お嬢さんを元の店に返した後、お前さんの体に魂が元の姿かたちに戻るまでの期間だけ他の妖に寄生してもらうのだよ。用心棒がてらね」
「え?…えー!!」
依頼主は目をまん丸にひん剥いて私の襟元を揺さぶる。喰われてしまったらもう戻れないんじゃと大慌てだ。
「よ、用心棒だよ、お前さんを見張り、何かの拍子に香がかおったとしても妖たちを追い払ってくれるだろう。…そろそろ放してくれ、気持ち悪い…うう…」
私が口元を抑えて呻き声をあげると依頼主は正気を取り戻しパッと手を放してくれた。
「ああ、ありがとう…気持ち悪…」
「鴇の代わりに説明するとだな、魂が元の状態を100%とする。欠け具合が25%以下の場合500日程で完全治癒が叶う。お前さんの場合なら一年と二~三か月程だ。その期間だけの短期宿体だ。用心棒係はこの店から貸し出される。この店にいる妖たちは皆、鴇が好きでここに留まっている所謂“お人よし”の集まりだ。皆、鴇に迷惑をかけたり鴇が後々困ることはしない。そういう契約でこの店の一角を間借りしているんだからな」
契約と聞いて、依頼主の顔から不安が少し和らいだ。
「少し落ち着いたかい?ならその茶を一口飲むがいい、ほっとするから」
依頼主は勧められるまま茶を口に含み、嚥下した。乾いていた喉を潤すように二口三口と飲んでいく。茶を飲み干せば追加を弟子が注ぐ。それもまた飲み、ようやく一息付けたようだった。
「お前さんがどこに行くにも憑いて行けるフットワークの軽い子がいいと思うんだ」
「そんな奴いたかこの店に」
「実はつい最近来た子がいてね、彼に頼もうかと思って」
本当は別の子を憑けようかと思ったが入れ込まれすぎると面倒なのでやめたのだ。契約終了時になんとなく依頼主に駄々を捏ねられる未来が見えたのだ。ポンッと手を鳴らせば素直さが売りの自慢の弟子が頼んでいたあるものを持ってくる。
「これは?」
依頼主の前にそっと置かれた硝子の帯留。
「アサギ、やあ、相談した件なんだがね」
陽の光を当てれば天色にも見える浅葱色の帯留に語りかける。静かに指で触れ、手のひらに載せる。
「やあ、鴇。僕の出番かい?」
「ああ、君の出番だ。彼がそうだ」
手のひらに座る浅葱の着物を着た青年が小さく依頼主へ手を振る。
「彼が君の期間限定用心棒のアサギ。この帯留さえ手元にあればいつだって彼がお前さんを護ることが出来る。手元になくとも、同じ市内位であれば護りの加護が効く。流石に市外はちと厳しいがね」
「女物か?」
「女物だが男が持っていたって、いいや。寧ろこんな魅力的な帯留を付けた男がいたらウケが良さそうだがね」
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