第29話 もし、奴が反省していなかったら
らいらと結ばれてから数日後の学校での事。
本当の彼女と幸せな日々を送ってすっかり頭の中が春一番となった俺は、裕と昼食を取っていた。
「最近アホ面晒してんな。よっぽどいい事があったのかよ?」
「ああ、失恋のどん底にいた俺に新しい春ってのがやって来てよ。いやこの子がもうっ可愛くて可愛くて!!」
「お、おう。ちょっとテンション高過ぎない? まぁいいけど。……しかし何で俺に彼女が出来ないのにお前は直ぐ出来るんだ? な~んか不公平」
「焦るなよ、俺だって運が良かっただけさ。お前だっていい男だとは思う。自信持てって」
「いーよ別に慰めとか、惨めになる。あ、それよりもさ。……木山の事についてお前知ってるか?」
木山ぁ? ……………………ああ、居たなそんな奴も。
かつての復讐相手でも、終わった後は今の恋愛が楽しくてすっかり忘れてた。
「で、その木山とやらがどうしたって? 俺は特に知らんぞ、退学したんだっけ? そんな事くらいしか分からんよ」
「そうそう、その退学の後に親から勘当を食らったんだってよ。まあそれは予想通りなんだけどな。……その後はまた新しく別に女作ってぶら下がってるらしいぜ」
「自業自得とはいえ、女絡みで痛い目見てんのにか? どうしようもないな」
「あの手の遊び慣れた奴はさ、結局上手い事女のヒモになって生きていけるんだよ。一度痛い目を見た程度じゃ本当の意味で反省なんか出来ねぇのさ」
なるほどな。性根が終わってる上に、本性もバレて、取り繕うものも何も無いからプライドを捨てればいくらでも生きられるってか。
ゴキブリ並みにしぶとい奴だな。いや、ゴキブリに失礼だな流石に。
「でも、もうどうしようもないだろ? 多少思うところが無くもないが、正直諦めるしか無くないか?」
「…………う~ん、普通はそうだよなぁ」
何だ? 何か出し渋りしてるような顔をして?
「何か手でもあるのかよ?」
「ちぃっと危ないが、徹底的に終わらせる手も無いじゃないんだよ。流石のあの野郎もそこまでやれば心を入れ替えるだろ」
そこまで豪語するって事はよっぽどの手段なんだろうな。
もう今更復讐心も無いが、単純な興味本位で聞く事にした。
そうして語られた裕の作戦は…………確かにとんでもないものだった。
◇◇◇
俺と裕は街中を歩く背中の煤けた一人の男を発見した。
端正な顔立ちに影の差した男――かつての怨敵、木山宗太だ。
今の女以外に頼る者を無くした男には、もうあの時のような自信が見えない。
何かに怯えてるようにも見えるし、周囲のもの全部を恨んでるようにも見える。
「さて、それじゃ最後の仕上げを始めるか」
「お前も相当だな、裕。……それに付き合う俺も俺だけど」
俺達は気付かれないように背後から近づき、木山が人通りの無い路地に入った所で――隠し持っていたスタンガンを首元へと押し当てた。
「!? なっ! …………」
一瞬気付かれたかと思ったが、直ぐに気絶してくれた。
護身術部から借りてきた甲斐があったってもんだ。
「さあ後はこの帽子を深く被せてっと」
裕は大きい帽子を木山に被せて、その肩を担いだ。
俺も反対の肩を担ぐ。これで歩いても、足取りのおぼつかない奴をかいがいしく運んでる友人ぐらいにしか思われないはずだ。
「手筈はどうなってる?」
「あっちはもう準備万端だ。何も問題ないさ」
ニヤリと笑って答える裕。
俺達はある目的の為、”その筋”では有名なスパへと向かっていった。
感謝しろよ木山、わざわざ被害者だったお前を更生させてやるってんだから。我ながらお人好しだと思うよ。
◇◇◇
スパの受付まで問題無くやって来た俺達。
受付の人に怪しまれないように、連れはちょっと疲れてるだけと言って三人分の料金を払って中へと入って行く。
「ここまでは順調。さてと、とっとと身ぐるみ剥いじまおうぜ?」
「おう。……さしものこいつも、これでキッチリと心を入れ替える事だろう」
そんな事を言い合いながら、俺達は木山を裸にしていく。脱がせた服はロッカーに入れ、その鍵を木山の”左足首”へと巻き付けた。
「じゃあ後はごゆっくり。データの転送だけしっかりとお願いしますね」
「ああ分かってるさ。……しかし、こいつ。中々イイ面してるなぁ」
脱衣所にいた男に話しかける裕。
その男は裸になった木山をチラリと見ると、僅かに舌なめずりをする。
この男の正体を俺は知らないし、裕もよく知らない。
ただ分かるのは、この男は”そういう”専門の人物でそれなりのお金と相手次第で引き受ける人間らしいって事。
俺達は男に後を託し、受付に怪しまれないようにトイレで時間を潰しながらスパを出て行った。
これで俺の今月のバイト代が、先日のカラオケ代と合わせて全部飛んだな。
「俺も金を出すって言ったのに……。ホントに良かったのか?」
「良いんだよ。この金は元カノへのプレゼント代だったんだから。ぱぁーっと使った方が気分も良いだろ?」
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