1-4.”生還者”2

「……超能力?」


 アオイ先輩が言った言葉をオウム返しに口にした。

 なんとも突拍子もない発言だったので、つい怪訝な表情をしてしまったかもしれない。ただ、アオイ先輩はそんな俺を気にすることなく話を続ける。


「昨日からずっと、なんだけどさ。食べられそうなものとか、あと川の水とかが光っているように見えるんだよね。それで頭の中で『それは食べられる、飲める』って勝手に思っちゃうの。私の中にもう一人の私がいる、みたいな感じで」


 確かに超能力っぽい。俺の視界には当然そんな光は見えないし、よしんば見えたとしても飲み食いできるなんて判断に至るはずも無い。


「……10秒、待ってもらえますか? 咀嚼します」

「ふふ。レンくんって、やっぱり言い回しが面白いよねぇ」


 ”マジかすげえ軍”と”何を言っているんだこの人軍”が脳内で紛争をおっぱじめていた。最初は若干ばかり後者が優勢だったが、アオイ先輩の言っていることを信じないのかバカヤロウと、やけに士気の高い前者が一気に盛り返した。


 結局”マジかすげえ軍”が勝利した。まあ当然と言えば当然である。

 アオイ先輩はこんな状況で馬鹿な冗談を言う人ではないし、そもそも俺はアオイ先輩に絶大なる信頼を寄せているわけで、信用しないという選択肢など存在してはならないのだ。


「……オーケーです。飲み込めました、ごちそうさまでした」

「あはは! おそまつさまでした」


 あまりにも現実味の無いご都合主義な能力だったが、これで生き延びられる確率が上がるのなら願ってもない。


 しかし、疑問に思うのが、いきなり何故そんな能力が発現したのか、という点だ。

 少し考えたが、一つ、心当たりがあった。

 俺たちが洞窟で目覚めた時、日付が一日飛んでいるのを確認している。ただずっと意識を失っていただけだと思っていたが、もしかすると、その一日の間に何かをされたのかもしれない。


 人体実験。


 そんな単語が頭をよぎり、背筋が寒くなる。


「ただ、念のため一気にたくさん摂る、っていうのはしないでおこうと思ってるんだけど、いい? 自分でも微妙に確信が持ててないからさ」


 アオイ先輩の言葉で我に返り、話を続ける。


「妥当だと思います。ただ、こうなってくるとやっぱり火が欲しくなりますね」

「だよねぇ。加熱したら、もっとキラキラしたものが増える気がする」


 生食はできないが、焼けば食べられるものは多い。サバイバルに疎い俺でも、それぐらいは分かる。


 二日目の後半に突入しているが、それまでに口にしたものは川の水とブルーベリーとマッシュルームっぽいマッシュルームのみだ。腹は全く満たされていないし、疲労感が蓄積しているのも感じる。


 動けなくなる前に、火起こしを成功させなくてはならない。かなりの難題だが、一刻も早くどうにかしなければと半ばヤケクソ気味に思っていたのだが、アオイ先輩の能力があれば、そのデッドラインの猶予が延びる。この事実が、モチベーションの向上に一役買ってくれた。


「思ったんだけどさ、私にこんな能力があるなら、もしかしたらレンくんにも何かあるかもしれないね」

「俺……ですか……」


 今のところ、そのような気配は無い。

 アオイ先輩のこの能力が発現したことにより、俺の無能さがより際立ってきた気がして少し悲しくなったが、結局はないものねだりである。俺は俺で、できることをするしかない。


「今は気にしててもしょうがないし、葉っぱ集め、しましょうか。アオイ先輩はキラキラ食料を探す係で」

「了解であります」


 その後俺たちは、まだいくつか残っていたマッシュルームを回収し、葉っぱを集めた。途中でアオイ先輩はキラキラした野草を発見したのでそれも採取した。

 そして、やっぱり汗だくになった俺に対してやっぱり脱げ脱げとうるさかったアオイ先輩を華麗にスルーした。そう簡単に裸を見せるわけにはいかないのだ。


 日が沈み、本日二度目のトワイライトが空を覆い尽くした頃に俺たちは食事を摂った。


 ブルーベリー、マッシュルーム、野草。


 まるでヴィーガンのようなメニューだったが、そういう主義を持っているわけでもなく普通に肉が食べたい。これだけでは、腹が満たされるというよりも腹を誤魔化していると表現した方が自然だ。


「狩りができれば……」と食事中つい溢してしまったが、道具も無く、罠を作る知識も技術も無い。それに、魚ならともかく動物を殺すという行為そのものへの忌避感もある。実質、不可能かもしれない。


 だが、まだ追い詰められてはいない。大丈夫、まだ頑張れる。頑張っている。

 アオイ先輩が助けてくれる。アオイ先輩を助けたい。

 助け合う為には、生き延びなければならない。

 知恵を絞れ。必要なものを手に入れる為に。この森から抜け出し、助けを求める為に。


「俺たち、頑張れてます」

「うん」

「明日も、頑張りましょう」

「うん。頑張ろう」


 そう言って俺たちは拳を交わした。

 この行為は、次の日から寝る前の儀式のようなものになった。


◇◇◇


 3日目も、4日目も、5日目も、似たようなことを繰り返した。


 移動し、食料を探し、また移動し、また食料を探し、たまに水浴びをし、葉っぱを採取し、脱げ脱げ先輩をスルーし、儀式をし、眠る。


 時が経つにつれて、食料事情はほんの少しだけ改善していく。

 例えば、虫。

 本来虫は、基本的に生食が危険な生物であるらしい。だがアオイ先輩は同じ虫でもキラキラしている個体としていない個体がいることを発見し、その理由が食中毒などのリスクの有無にあると結論づけた。


 3日目の早い段階から気づいたことなので、検証の為お互い一匹だけ食べ、次の日までに体調に変化が無ければ虫を解禁しようということになり、実際に問題が無かった為、俺たちは定期的にキラキラした虫を食べるようになった。

 ザルな検証であることは否めないが、少しでも何か腹に入れないと倒れてしまいそうなほどに空腹だったのだ。


 ちなみに、虫に関してはこんなエピソードがある。

 サイケな感じで毒々しい色をしたイモムシ(ただしアオイ先輩目線ではキラキラしている)が何匹か、木をもぞもぞと這っているのを発見した時のことである。

 色のせいで口にするのをためらっていたら、アオイ先輩は大丈夫大丈夫とか言いつつ、急に俺の口にその虫を放り込んできたのだ。

 そして、思わず嗚咽する俺の様子を見て、アッハッハと爆笑しているアオイ先輩にちょっとイラっときたので、イモムシをつまんで逆に食べさせようとした。

 キャーと棒読みな悲鳴を上げ、逃げ出すアオイ先輩。それを追いかける俺。おいしいパスタ作ったお前。

 最終的には首根っこを捕まえ、あーんしてやった。イモムシを。この時のアオイ先輩は間違いなく楳図◯ずお大先生の画風になっていた。

 超楽しかった。


 何を伝えたかったのかというと、アオイ先輩にあーんしてやったという部分だ。イモムシだけど。それだけ理解すればいい。

 クソどうでもいいって? そうかそんなに羨ましいかガハハ。


 やんややんや言うとりますけれども。

 これくらいのストレス発散をしないとやっていられなかった。

 サバイバルを実体験してよく分かった。はっきり言って、過酷すぎる。

 温暖で、食料も水もある程度は手に入るこの地でさえそう思ってしまうのだから、もしも極地に飛ばされていたらと思うとぞっとする。

 全くもってゴールの見えない道程に、体力が削られ、それ以上に精神力が削られる。なので、身体の休息だけでなく、心の休息も大事なのだと痛感していた。


◇◇◇


 虫やブルーベリーや草を食しつつ、全然足りないなあなどと思いつつも、時間はそんなことはお構い無しに進んでいく。


 6日目を迎えた俺たちは、さあ今日も頑張るぞと身体と心に鞭打ち、川辺を歩いていた。少々太陽の明るさが鬱陶しいほどの快晴だった。


「ヒゲ生えてきてワイルドになったねぇ」とアオイ先輩は軽い調子でからかってきたが、目の下の隈は濃く、明らかにげっそりしている。恐らくは、俺も似たようなものだろう。


 刻一刻と限界が近づいてきている。アオイ先輩の能力である程度カバーはできているが、生きる為に必要な栄養分が全く足りていない気がする。

 生肉、あるいは生魚を食べるべきか。キラキラさえしていれば食べても問題無いはずだ。ただ、どうやってそれを手に入れるかが問題なのだが。いい加減本気で考えた方が良いかもしれない。


 それにしても火が欲しい。生はもういやだ。本当にいやだ。虫をバリバリ食べてはいるが、食感とかがもう、名状しがたい感じに終わっている。せめて加熱したい。調理がしたい。


 アオイ先輩は平気なのだろうか。うえぇとかひーとかためらいはするものの、なんだかんだで普通に食べている。感想を訊くのも、何かぷつりと糸を切ってしまいそうな気がしてためらわれる。


 彼女は本当にしたたかだ。先入観なのかもしれないが、この生活は女性にとってかなり厳しいものだと思われるのに、文句一つさえ聞いたことが無い。


 虫の生食だけではない。移動の途方の無さ。トイレ問題。風呂問題。スキンケアとかもしたいだろうし、言ってしまえば男と二人で寝るなどという行為にも抵抗がありそうなものなのだが。


「……ふぅ……!」


 はぁ、ではなくふぅ、だ。

 溜め息をついてはいけない。代わりに、丹田に酸素を取り込むようなイメージで、気合を入れ直す。

 アオイ先輩は頑張っている。俺も、頑張らないと。


「ねえ、レンくん」

「どうしました?」

「なんか私、新しい能力に目覚めたかも」


 いきなりアオイ先輩が、そんなことを言った。

 いや、そんな普通に覚醒の報告をされましても。


「新しい能力……とは……?」

「うーん……とりあえず、私についてきて」


 アオイ先輩が森に入る方向に進路を変えた。俺は黙ってついていった。


 枯れ葉や枝などなどが混ざった土を踏みしめながら歩き続けると、その先に見えたのは洞穴だった。

 高さ2、30メートルほどの岩山に短いトンネルのようにぶち抜かれており、簡単に先が見通せる。


「……この中まで続いているなぁ。レンくん、ちょっとこの中を見てみよう」

「分かりました」


 どうやらアオイ先輩には何かが見えているようだ。俺は彼女の指示に従い、二人で洞穴に入っていった。


 そこで発見したものは、今後のサバイバル生活におけるブレイクスルーとなるものだった。

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