セイレンの襲撃 4
翌朝、朝食を終えたわたくしたちは、ファシーナ様に呼び出されました。
ちょうどよかったです。兵士さんに昨日のことを聞いたのですけど、詳しい話はファシーナ様に聞いてほしいと言われていたので、あとで伺おうと思っていました。
ドウェインさんも呼び出されていたようです。
ファシーナ様のお部屋に行くと、面倒臭そうな顔をしたドウェインさんがソファに座っていました。
……キノコが関係しないと途端にやる気がなくなるのがドウェインさんですね。仮にも女王陛下を前にその顔はいかがなものでしょう。
「セイレンが攻めてきた」
わたくしたちが座ると、ファシーナ様は挨拶もそこそこに単刀直入におっしゃいました。
「昨日の音はそれか?」
グレアム様が訊ねます。
「そうじゃ。こちらが想像していたより来るが早かったのじゃ。昨夜は執拗に結界を攻撃して去っていきよった。結界より内側にはそう簡単には入ってこられぬが、かといって絶対に安全というわけでもない」
ファシーナ様はとても憂いた表情をなさっていました。
グレアム様を攫ったのも、もとはセイレンのことがあったからです。
ファシーナ様のことはグレアム様を攫って不埒なことをしようとしていたので嫌いですが、セイレンをどうにかしなければならないのが大変なのはわかります。
グレアム様との間に子供を作るのはダメですが、他に何か手段はないものでしょうか。
……グレアム様は今、魔力が封印されていますし。
「ドウェインさんなら、セイレンたちを追い払えますか?」
「その程度のことなら容易いですが、私には関係のない問題です。それに、セイレンはずる賢いので、一時的に追い払っても、ここから私たちが離れればまた戻ってくると思いますよ。先の女王ならまだしも、そこにいる今の女王の魔力は、セイレンたちが恐れるほどのものではないですからね」
容赦のないドウェインさんの言葉に、ファシーナ様がきゅっと唇をかみました。
……ドウェインさんはもう少し言葉をオブラートに包むようにした方がいいと思いますよ。
ファシーナ様の魔力が低いのはわたくしにもなんとなくわかります。
でもあくまでグレアム様やドウェインさんと比べたらの話で、平均よりは高いのですよ。
わたくしの感覚では、おそらく諜報隊の副隊長さんくらいはあります。ロックさんとオルグさんには及びませんが、あの二人は魔力が高い方ですから。
「追い払うのではなく、いっそ滅ぼせばどうだ」
グレアム様もなかなか過激なことをおっしゃいますね。
ファシーナ様はゆっくりと首を横に振りました。
「セイレンは厄介な魔物じゃが、あやつらがいなくなれば海が荒れる。あやつらが死ぬことによって生まれる魔石は、海の魔力を吸い取るのじゃ」
「海に魔力が溢れると、海が荒れる。そういうことか?」
「そうじゃ。ゆえに滅ぼすのではなく追い払う。あやつらにこの地はやれぬが、かといって絶滅されては困るのじゃ」
「海の魔物なら他にもいるでしょう?」
ドウェインさんの言う通り、海の魔物がセイレンだけのはずはありませんね。
「ほかの魔物とセイレンの違いは魔石の大きさじゃ。普通の魔物は死んで魔石化した際に、その魔石にこもる魔力は飽和状態じゃ。年月をかけて魔力が魔石から出て海に溶けだし空になる。だがセイレンは違う。あやつらは、おのが持つ魔力よりも大きな魔石になる。ゆえに、魔石の魔力は飽和状態ではなく半分以上が空の状態じゃ。そしてあやつらの生み出す魔石はほかの魔石と違い放っておいても勝手に魔力を吸収する性質がある。ゆえに海の魔力を吸い取ることができる。海の均衡を保つためには、あやつらの魔石が必要じゃ。寿命もさして長くないゆえ、魔石化するまでの年月も早いしの」
「なるほどそれは興味深い」
あ、グレアム様の金色の瞳がきらりと輝きましたよ。セイレンの魔石が欲しいんですね。わかります。魔石、大好きですものね。放っておいても勝手に魔力を吸い取る魔石なんてほかに聞きませんものね。うまく組み合わせて面白い魔術が作れないかと考えられているのでしょう。
……でも、海の中にある魔石を探すのは一苦労だと思いますよ。海底を探して回らなくてはなりませんし、そもそもどれがセイレンの魔石なのか見分けがつくのでしょうか。
「……なるほど、それなら他で代用は難しそうですね」
「セイレンを滅ぼすのは無理だな」
ドウェインさんもグレアム様も「セイレンを滅ぼす」という方法は候補から追い出したようです。そうなるとやはり追い払うしかありませんよね。
ファシーナ様はティーカップに口をつけて一息ついた後で、わたくしに視線を向けました。
「ときに、サンゴキノコはどうなった?」
え? このタイミングでそれを聞くのですか?
まさか、まだグレアム様との間に子供を作ってセイレンをどうにかしようなどという大迷惑な極論を持ち出すおつもりではないですよね?
……わたくし、負けませんから!
わたくはちょっとでも自信満々に見えるように胸を張りました。
「桃色サンゴにサンゴキノコの赤ちゃんが生まれました。大きく育つのも時間の問題ですよ!」
「もうキノコの芽が生えたのか」
ファシーナ様が驚いたように目を見張ります。
ドウェインさんの報告ではファシーナ様の桃色サンゴにはまだサンゴキノコの赤ちゃんは発生していないみたいですからね。
「……最低でも一週間はかかると思っておったが、これは嬉しい誤算じゃ」
あれ? どうして喜んでいるのですか? このままだと勝負に負けるのはファシーナ様ですよ。
不可解に思っておりますと、ドウェインさんが何か危険を察知したのでしょう、いつになく真剣な顔で言いました。
「姫が作ったサンゴキノコは私のものですからね!」
……今それを主張する必要があるのですか?
真剣な顔で何を言い出すのかと思ったら……本当にびっくり箱のような方ですよ。我が道を行きすぎですよ。
しかしファシーナ様はあきれ顔をするのではなく、逆に真剣な顔つきで、ドウェインさんに向き直りました。
「そのことじゃが、そなたには少し話がある」
ファシーナ様がドウェインさんだけ部屋に残るようにおっしゃいました。
あの、セイレンの問題はもうよかったのですか?
いつの間にかセイレンの問題から話がそれていたのですが、再び議題に上がる様子はございません。
……ファシーナ様はまだドウェインさんに対する免疫ができていないと思うので、ドウェインさんと二人きりでのお話は、たぶんとっても疲れると思いますけどいいのでしょうか?
ちょっぴり心配になりましたが、わたくしとグレアム様はドウェインさんを残して部屋に戻ることにいたしました。
魔力の流れを監視してくださるドウェインさんが戻ってこないと桃色サンゴに魔力を注げませんので、わたくしたちはお部屋でのんびりすることにします。
「セイレンの魔石って不思議なんですね」
「ああ。……これさえなければ探しに行けるんだが」
グレアム様が右腕の腕輪を触りながら悔しそうな顔をなさいました。
よっぽどセイレンの魔石が欲しいみたいです。
腕輪が外れたら即座に探しに行きそうな雰囲気ですね。
……仕方のないグレアム様です。
わたくしはついつい、苦笑してしまいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます