女王との勝負 3
このままドウェインさんに任せていたら話が先に進みませんが、わたくしはグレアム様さえ奪還できればそれでいいので、背後の混沌とした雰囲気には気づかないことにいたしました。
「アレクシア、すまないが、この腕輪を外せるか?」
グレアム様も、キノコを求めるドウェインさんと困惑している女王陛下をはじめとする皆様は完全に無視しています。
わたくしはグレアム様の右腕にはまっている腕輪を確かめます。白い腕輪です。飾りは特にありませんが、何やら複雑な模様が描かれており、小さな小さな闇の魔石がはめ込まれていました。
「これは何ですか?」
闇の魔石はとっても高価です。わたくしとグレアム様の結婚指輪の石よりもはるかに小さく、まるで加工した後に出る屑魔石のようなものですが、それでも闇の魔石は高値で取引されると、わたくしたちの結婚指輪を作ってくださった魔石商の方に聞きました。あの時は、グレアム様が魔石を加工した後のくず魔石を譲って差し上げたので、魔石商の方はとってもお喜びだったのですよ。
「魔力封じの腕輪だ。これがあるせいで俺は魔術が使えない」
「それは大変です!」
ドウェインさんの言った通り、グレアム様は魔力が封印されていました。
わたくしはグレアム様の右腕の腕輪を確認しますが、変な穴が一つ空いているだけで、留め金などは一切ありません。
「グレアム様、どうすれば外れますか?」
「魔術で外れるはずだが……、見たところ、クウィスロフトにある魔力封じの腕輪とは少し違うみたいだ」
「クウィスロフトの腕輪は何の魔術で外れるんですか?」
「光の魔術だ。前に鍵開けの魔術を教えたことがあっただろう?」
「あれですね!」
光の魔術で鍵のかかった箱を開ける方法を教えていただいたことがありました。泥棒さんにうってつけの魔術だなと思ったのを覚えています。使い道はなさそうだと思ったのですが、こんなところにありましたね!
大丈夫です。あの魔術はとっても簡単でした。魔力はそこそこ使いますが、単純な魔術です。
後ろでドウェインさんが「キノコキノコ」言っていますが、聞こえない聞こえない。わたくしは集中して、腕輪に魔力を注ぎます。
……あれ?
魔術は間違っていないはずですのに、腕輪が外れません。
「グレアム様、わたくし、どこか間違えたのでしょうか」
「いや、間違っていない……と思う。魔力が封じられているせいで魔力の動きが感知できないのではっきりとは言えないが……」
でも、外れませんでした。わたくしは不安になって、ドウェインさんを振り返ります。
「ドウェインさん、すみませんが……」
「姫、私は今、とても忙しいのです」
……忙しいと言ってもサンゴキノコとか珍しいキノコとかとにかくキノコのお話しかしていませんよね⁉
女王陛下も表情が抜け落ちた顔をなさっていますので、そろそろキノコについて問いただすのはやめたらいかがでしょうか。
ドウェインさんが魔術で女王陛下や兵士、騒ぎを聞きつけていつの間にか部屋の外に集まってきた方々を全員拘束して声まで奪っているので部屋の中は静かでしたが、わたくしたち、とっても注目されていますし。
……突然キノコのことばかりを訊ねたドウェインさんと同類に思われていたらどうしましょう。と言いますか、声を封じているのに、ドウェインさんには女王陛下の声が聞こえているのですね。一応会話が成立しているようです。……その内容が成立しているかどうかはわかりませんが。
「グレアム様の魔力封じの腕輪が外れないのです。これが外れたらあとは好きにしていいのでお願いします」
「……仕方ないですね」
ドウェインさんはやれやれと息を吐いてベッドに近づいてきました。
そして、グレアム様の腕輪を確認して、どうでもよさそうに言います。
「ああ、これは外れないですよ」
「え⁉」
「ほらここ。鍵開けの魔術では開けられないような魔術が組み込まれています。これは専用の鍵を使わないと外れませんね」
「専用の鍵ってどこにあるんですか⁉」
「知りませんよそんなこと」
「ドウェインさん‼」
わたくし、泣きそうです。どうしたらいいのですか? このままではグレアム様の魔力が封じられたままです。
「アレクシア、落ち着け」
グレアム様が一番大変な状況だと言うのに、そう言って優しく頭を撫でてくださいます。
……落ち着けませんよ。だって、魔力の封印が解けないと、グレアム様の大好きな魔術具研究もできないんですよ!
「ドウェイン、そこの女……女王ファシーナと話せるか?」
ピンク色の髪の女王陛下はファシーナ様とおっしゃるらしいです。
グレアム様がファシーナ様のお名前を呼んだ瞬間、ちょっともやっとしました。なんかいやです。お話もしてほしくありません。でも、こんな我儘は口にしてはいけないと思います。
何も言えない代わりに、わたくしはグレアム様の腕にきゅっと抱き着きます。グレアム様はわたくしの夫です。わたくしのなんです。だからわたくしから奪っちゃダメなんです。
狭量なわたくしの心の声が聞こえたのか、グレアム様が微苦笑を浮かべました。
「いいですよ。私もまだ聞きたいことがたくさんありますからね」
……ドウェインさんが聞きたいのは、主に、と言いますか、すべてキノコのことだけですけどね。でも、先にグレアム様にお話しする権利を譲ってくださるのは優しいと思います。
ドウェインさんがファシーナ様だけ風の檻から解放しますと、ファシーナ様はじろりとわたくしを睨んだ後で、ツンと顎をそらしました。
そんなことをされたらムッとしちゃいますよ。なんでわたくしが悪いみたいに思われているんですか? グレアム様を攫ったのはそちらなのに!
「狭量な女じゃ」
……ちょっとだけなら魔術で攻撃してもいいですかね?
確かにわたくしは狭量かもしれませんが、でも夫が襲われているのに黙ってみているなんてできるはずないじゃないですか‼ 妻ですから、邪魔する権利はあると思います‼
わたくし、人に対して「苦手」という意識を持つことはありますが、嫌いと思ったことはありません。父や義母、異母姉に対しては嫌いではなく怖いと思っていましたし。
でも今明確に、「嫌い」という気持ちがわかった気がします。わたくし、ファシーナ様はちょっと嫌いです。
見た目で判断するなら、わたくしと同じくらいの年頃でした。小柄な方ですが、わたくしと違ってお胸も大きくてスタイル抜群です。ピンク色の髪も、マリンブルーの瞳も大変美しいですし、目鼻立ちもとても整っていらっしゃいます。
……見た目ではわたくし負けている気がしますが、でもでも負けません。この方にだけは負けてはいけない気がするのです!
わたくしの感情が尖っているのがわかったのでしょうか、ぽんぽんとなだめるようにグレアム様が背中を叩いてくださいます。
「姫って、子猫が毛を逆立てて威嚇するみたいに怒るんですね」
ドウェインさんが感心したように言います。
……つまりそれって全然迫力がないって言いたいんですよね。これは帰ってお勉強が必要です。メロディに迫力のある怒り方を教えてもらわなければ。せめて子猫ではなく成猫が爪を光らせて威嚇するくらいの迫力が必要です。
「ファシーナ。この腕輪の鍵はお前が持っているのだろう?」
「そうじゃ。先ほども言うたが、わらわの腹に子を宿してくれたら外してやる」
何を言っているんですかそんなの認めるはずがないでしょう⁉
この方やっぱり嫌いです! グレアム様はわたくしの夫ですよ‼ グレアム様の子はわたくしが産むのです‼ ほかの方には譲りません‼
ドウェインさんは子猫と言いましたが、子猫だって爪を研ぐんですよ。やるときはやるんです。何なら今から見せて差し上げてもいいんですよ‼
怒っているせいか、ふーふーと息が荒くなってきました。
「落ち着けアレクシア、過呼吸になるぞ」
過呼吸が何かはわかりませんが、心臓もバクバクしていますし、このままではいけない気がします。
……落ち着きなさいアレクシア。ここで我を忘れたら相手の思うつぼですよ。
「わらわは女王としてこの町を……この地域を守る必要がある。そのための子じゃ。何も永遠に拘束しようと言うのではない。問題あるまい」
大ありです‼
落ち着いてきた怒りがまたぐわっと燃え上がりますよ。
それに、火竜の一族のときにもちょっと思いましたが、魔力の高い子を作るのが最優先事項みたいなこの考え方は好きではありません‼
「セイレンが戻ってきたのじゃ。わらわは一日でも早く魔力の高い子を産み、セイレンとの戦いに備えねばならぬ。今はまだこちらの様子をうかがっているだけのようじゃが、いつまでもこの均衡は続かぬじゃろう。つべこべ言わずにさっさとわらわと子を作れ」
無茶苦茶ですよこの方‼
自分の子を兵器か何かと勘違いしているんじゃないですか⁉
やっぱり爪です。爪を研ぎます。わたくし、負けませんよ‼
「よしよし、大丈夫だから、アレクシア」
背中をたたくだけではだめだと判断したのか、グレアム様が抱きしめてくださいます。
「ファシーナ、俺も言ったと思うが、俺の妻はアレクシアだけだ。他の女はいらないし、他の女との間に子を作るつもりもさらさらない」
「父親を名乗れとは言っておらぬ。別に子が産まれても関わらねばそれでよかろう」
「そういう問題じゃない」
「いずれにせよ、子ができねばそれは外さぬ。わらわには魔力の強い子が必要じゃ。水竜様の血が入ればなおのことよい。それとも何か? わらわはそんなに魅力のない女かえ?」
「ほかの男にとっては知らん。だが俺はお前に魅力も何も感じない」
「…………」
さすがにはっきり言いすぎのような気がして、心配になって振り向けば、ファシーナ様はきゅっと唇をかみしめていらっしゃいました。
魅力があると答えられても嫌ですが、ファシーナ様が傷ついているように見えて、少しだけ罪悪感が沸き起こります。
……でも、ダメですけどね。そんな顔をしても、やっぱりグレアム様は譲れないのです。
「……そんなにその女が大事か? 確かに魔力量は桁外れに多いようじゃ。竜の血も引いておる」
ファシーナ様から感じ取れる魔力はそれほど多くないのですが、さすが女王陛下と言いますか、見ただけでわたくしに竜の血が流れていると言い当てるのはすごいです。
「魔力量は関係ない。アレクシアだから大事なんだ」
「戯言を。王族たるもの優先すべきは魔力の多さじゃ。クウィスロフトは少々変わった国じゃが、それでも魔力の多いものを次代に残さねばならぬ」
クウィスロフト国は、逆に魔力の多すぎる人を恐れる傾向にあります。魔力が桁違いに多く、そのせいで金色の瞳をしているグレアム様や、同じく金光彩の入った目をするわたくしは受け入れられにくいのです。
だから、クウィスロフト国には魔力量を優先する考えがありません。その中で生きてきたわたくしは、このように魔力量を優先する考え方に戸惑ってしまいます。
……どちらがいいとも言えませんが、でもやっぱり、何か違う気がするのですよ。どっちも。
グレアム様はわたくしよりもクウィスロフト国と他国の違いを明確に理解していらっしゃいますので、戸惑ったりはなさらないみたいですが。
ファシーナ様はグレアム様に言っても無駄だと悟ったようで、わたくしに視線を向けました。相変わらず睨むように鋭い視線ですが、わたくし、目をそらしたりしませんよ! そらしたら負ける気がしますから‼
「長い間ではない。そなたの夫をわらわに貸してほしい」
「グレアム様はものではございません!」
「わかっている。じゃが、わらわにはその魔力が必要じゃ」
「駄目です!」
「ならば、わらわと勝負せよ。わらわが負けたら潔くあきらてやろうぞ」
「どうしてそうなるんですか⁉」
勝負も何も、グレアム様が拒否なさっているのです。勝負する必要性を感じません。
ですが、ファシーナ様はにやりと笑うと、ドウェインさんに視線を向けました。
「サンゴキノコと言うたな。教えてやろう。あれは実在する。じゃが、今はない。特殊な方法を用いねば作り出すことが出来ぬのじゃ。勝負はそのサンゴキノコをどちらが早く作ることができるか。どうじゃ?」
「お受けしましょう‼」
「ドウェインさん⁉」
どうじゃ、じゃないですよ――と突っ込む前に、ドウェインさんが勝手に了承してしまいました。待ってくださいわたくしは受けるなんて一言も――
「わらわに勝たねば、その腕輪もはずしてやらぬ。あきらめて勝負を受けるのじゃな」
「……勝ったらグレアム様の腕輪を外してくださるんですか?」
「外してやろう」
「嘘ではないですね?」
「わらわは嘘はつかぬ」
本当でしょうか。グレアム様を攫ってこんな腕輪をはめた方ですから、信用できません。
でも、グレアム様の腕輪を外すには勝負を受けるしかないみたいです。
「アレクシア、勝負など受ける必要なない」
いいえ、グレアム様、わたくしはこの勝負を受けますよ。
勝って、グレアム様をお助けするのです。妻ですからね‼
「わかりました。受けて立ちますよ」
絶対に、負けません‼
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