13 Outside of inside of inside of
な、なんだこれなんだこれなんだこれ?
両脇に美少女2人が座り、間に挟まれてしまった。甘い香りというか、体温というか、直接脳の中に入ってきて、頭を沸騰させるみたい。
いい! 女の子は女の子であるだけいい!
「かなちゃんがね、星咲くんに話があるんだって」
「そ……そうなの?」
「そうだよね、かなちゃん」
左側に座る那須さんが、俺の右側にいる石谷さんに問いかける。ふっと近付いてきて、息が少しかかった。
「ふん! 別にこんな奴とする話なんてないわ」
一方石谷さんは、腕を組み、脚を組み、明後日の方を向いている。
ちらちらこっちを見ているが、目が合うと睨まれてしまう。
「か、かなちゃん。ダメだよ、星咲くんも待ってくれてるんだから」
「あたしは待ってくれなんて言ってないわよ。なによ……かなに、デレデレしちゃって。男っていつもそう、大人しい子の方がいんでしょ……」
石谷さんの言葉の最後の方は、ゴニョゴニョしててよく聞こえなかった。
「え? 石谷さん、なにか言った?」
「な、なにも言ってないわよ! 勘違いしないで!」
石谷さんの方を向くと、慌ててあっちを向いてしまった。なんだか頬が赤い気がする。
「ご、ごめんね、星咲くん! かなちゃん、照れ屋なだけなの」
「も、もう! かな! 星咲の前で、へ、変なこと言わないで」
「へへへ。でも、謝りたいんでしょ?」
「そ、それは……」
謝る? なんのことだろう?
「那須さん、俺……」
「ごめんね、時間取らせて。でも、かなちゃんが素直になるまで、ちょっとだけ待って欲しいの!」
「そ、それはいいけど……」
かわいい女の子にこれだけ頼まれたら、まんざらでもない。そもそも予定はないし、むしろいつまでもこの天国を味わっていたいくらいだ。
「ありがとう、優しいんだね。星咲くん」
「そ、そんなんじゃないって」
「ん~? だったら、下心?」
「え?」
那須さんが体を崩し、ドキッとする顔を覗かせた。大人しい女子高生だと思っていたけど、なんというか妙な大人の色香を感じる。
「べ、別に下心って訳じゃ」
「ふふふ、それは残念」
那須さんがすっと顔を寄せ、耳元で囁いた。
「優しい星咲くんが望むなら、おっぱい触らせてあげようと思ったのに」
「え!?」
「あ! でも下心ないんだっけ?」
「え~と……」
「私、星咲くんならいいのに……」
「そ、それって…」
「ふふ。それとも、おっぱいよりも脚の方が好き?」
「な、なんで、それを知ってるの?」
「男子のエロい視線に、女の子は敏感なんです~」
那須さんは耳に唇が触れるほど近付いて来ると、じっと見つめてきた。
「わ……」
「ほら、これで逃げられない」
いつの間にか腕に抱き着かれている。二つのふくらみが押し付けられ、ふにょりと潰れる。
理性に急かされて逃げようとしたが、左手を捕まえられ、するりと足の間に挟んでしまった。
すべすべした肌と温かい感触。なにより柔らかい痺れに、頭がボウットする。
学生にあるまじき、とんでもない絵面になってしまう。
手を引き抜こうとすると、那須さんが「あん♪」と熱っぽい声を出す。熱っぽい声を聞くとなんだか恥ずかしくなって、身動き一つ取れなくなってしまった。
「……えっちなんだ~」
「那須さんから、したんでしょ……」
「うふふ♪」
那須さんがこんな清楚ビッチだったとは知らなかった。心臓がバクバクして、破裂しそうだ。こんなに音を出していたら那須さんにバレるだろうに、そう思ったら余計に心臓が収まらない。
トン、と、那須さんが肩に頭を預けてくる。ショートの髪がさらりと肌に触れた。
「ちょ、ちょっと! かな! ななな、なにをやってるの!」
「え~? かなちゃんが覚悟を決めないから、星咲くんこんなに待ってもらってるんだもん。ちょっとくらいいい想いをしても、ねぇ?」
「あ、あたしは別に、星咲に話なんて……」
「謝りたいんでしょ? イジメてたこと」
「そ、それは……」
那須さんに言われて、石谷さんがもじもじし出す。
イジメ……とは?
「え…と……話が見えないんだけど、俺って石谷さんにイジメられてたの?」
全く身に覚えのない話だ。
確かに最近よく絡んでくるなとは感じていたけど、イジメのつもりだったのだろうか? でもあれは、好きな女子にウザ絡みする小学生男子的なノリかと思ってた。
「な! あたしが、これだけ気にしてるのに、あんたって奴はぁ……!」
「あはは。良かったね、かなちゃん。星咲くん、かなちゃんのこと嫌ってないって」
「そ……そんなんで私は喜ばないからね、星咲! で、でも……ありがと」
「あ、ああ? うん?」
石谷の顔は真っ赤になってる。しばらくウ~、とワンコみたいに唸っていたけど、やがてホッとしたように息を吐く。俺が見詰めていたこと息が付いたのか、ハッとして、那須さんみたいに伏し目がちになってしまった。
そして赤らんだ頬のまま制服に手を掛けると、ゆっくりと胸元を緩め始めた。
「ちょっと!石谷さん、何で脱いでるの?」
「はあ! そんなに見ないでよ! ……星咲に見られるの、恥ずかしいじゃないの」
は、恥ずかしいとかそうじゃなくて。
「え~、いいじゃない? 女の子同士なんだし」
「わ!」
突然背中に那須さんが覆い被さってくる。
むむむ、胸が当たってる! それに感触的に……下着? それも子供っぽい布の下着ではなく、刺繍のついた大人っぽいランジェリーだ。
「星咲くん、小さくてかわいいのに、やっぱ胸はあるよね」
「ちょ! ちょっと揉まないで!」
那須さんが、無遠慮に胸を揉んでくる。周りの女子たちも着替えながら、いつものように微笑ましそうに笑ってる。
「もう……那須さんったら」
「えへへ♪ ついつい、星咲くんイジメたくなっちゃう」
那須さんは大人しいのに、気を許した相手には途端にスキンシップが濃厚になる。この空間には女子しか居ないとは言え、こんなのちょっと、その……困ってしまう。
「かな! 星咲が着替えられなくて、困ってるじゃない! いい加減、離れなさい」
「え~! でも星咲くん、抱き心地いいよ~。細いのに、ふわふわ~。かなちゃんも抱っこしてみる?」
「ななななな、破廉恥よ! いいから、離れなさーい」
「や~ん」
石谷さんが、半ば強引に那須さんを引き剥がす。もはや見慣れた光景で、那須さんは意外とあっさり解放してくれた。
「あはは……」
美少女の那須さんに抱き着かれるのはうれしいけど、ところかまわずだと身が持たない。彼女はもっと、自分がかわいいって自覚して欲しいよ。
「けど……なぁ…」
重苦しい気持ちのまま、女子更衣室のロッカーを開けた。中にはハンガーに掛かった女子制服と、かわいらしい下着が入っている。
(慣れないな……)
かなかなズと買いに行った下着。かわすぎるのは抵抗があるから、白いシンプルなもので許して貰った。
男子用制服を全て脱ぎ、女性用下着を身に着けていく。教わった通りに体の前面でブラのホックを止め、くるりと回してカップを前に持っていく。ブラ紐を肩にかけ、乳房の形を整えた。
ふと、壁に備え付けられた鏡が目に入る。全身を確認できる姿見だ。
そこには華奢でかわいらしい女の子が写っている。グラマラスという程ではないが、細身ながらも女性らしい丸みが感じられ、膨らむべきところは膨らんでいる。
目を反らしつつ、折りたたまれたショーツを手に取る。こんな小さな布を履けるのかと相変わらず戸惑うが、下半身丸出しのままではいられない。羞恥心を押し込め、少々気合を入れてズリ上げた。
最後にスカートを手に取り、そちらも少し身を屈めて足に通した。ちょっとだけ躊躇ったけど、一回だけ折ってかわいくしてみた。
「……」
スカートを吐くと、どうしても違和感というか、ひらひらして後ろめたい気持ちになる。
自分がかわいくないといけないと思い知らされるみたいで。
女の子が好きだから、一緒に着替えたりお風呂に入ったりするのは歓迎なんだけど。でもトイレだけは現実を見せられているようで、ちょっと別にして貰いたい感じだ。
「おはよ~」
不本意ながら制服を整えていると、部屋が突然明るくなった。
ある女生徒が入ってきたのだ。茶髪と金髪のグラデーションのポニーアップ。アニメキャラとも思ってしまうほど整った載った顔立ちに、かわいらしい等身。
エリカだ。
ねぼすけな彼女にしては珍しく、こんな朝早くに登校してきたらしい。
けれど――
「おはよう、絵梨! 今日も最高も美人だね」
「おー、絵梨! 今日はやいねー。お婆さんでも助けてた?」
――クラスの皆は、彼女を絵梨と呼んでいた。
しかしそれはおかしい気がする。だって彼女は……
「おい! 直人、いつのまに絵梨ちゃんと、知り合いになったんだよ」
「うわ!」
突然住良木に背中を叩かれた。信じられないものを見たとように、彼はとても興奮している。
どうも住良木にとっては、俺と絵梨が知り合いである理由の方が気になるらしかった。
まあ、クラスでも目立たない部類である俺が、世界一かわいい一群女子である絵梨と知り合いとか言われたら……誰でも驚くよね。
分かってはいたけど、身分の差に少し悲しくなってしまう。
「言ってなかったっけ? 俺と絵梨は幼馴染なんだよ」
「まじかよ! 聞いてねーよ! すっげー! こ、今度紹介してくれよ」
「機会があればな」
「絶対だぞ! 信じてるぞ、親友!」
「ったく、調子のいい奴め」
住良木は俺を神様だのなんだのとあがめ始めた。憧れの女子と知り合いの奴って、自分とは別種の生物に見えるものなのだろうか。
けど、その気持ちは理解しかねる。いや、彼女を憧れの対象のままでいられる、クラスの皆が幸せだと言うのが正しいか。
絵梨は陽キャで皆のまとめ役、オシャレでキラキラインスタ女子というイメージを持たれている。
けどそれは作られたイメージだ。
本当の絵梨は昔から泣き虫で、超のつくインドア派。今はコンタクトだけど、家では野暮ったい眼鏡だし。
「俺からすれば、幻想を抱ける住良木達の方が羨ましーよ」
最も身近にいる幼馴染が、世界で一番可愛くて、人気者。
しかし幼馴染の俺は、そんな世界一の女子のだらしない所も知ってしまっている。
これじゃ女子高生に、甘い夢を抱く事も出来やしないって訳だ。まったく、幼馴染なんて損な役回りを押し付けられてしまったものだ。
(それに……あれ本当に絵梨か…?)
他の人と比べ物にならない美しい顔。それでいてあどけなさも残るかわいい表情。
たしかにどっからどう見ても、絵梨ではある。が、幼馴染の俺からすれば、言葉にできな違和感があった。
(だって絵梨はもっと、こう……)
「セイちゃん! 居る!?」
今度は教室の後ろの扉が開き、女の子が入ってきた。
茶髪と金髪のグラデーションのポニーアップ。アニメキャラとも思ってしまうほど整った載った顔立ち。少し猫背で、自信なさげな表情。
「そうだよなー、絵梨はもっと陰の者だよな。あの絵梨は陽キャ過ぎる」
「いた、セイちゃん! って言うか、会って早々失礼ね。どうせわたしは、陰キャです!」
俺を見付けた絵梨は、つかつかと寄って来る。あれはちょっと不機嫌な時の絵梨だが、何を怒っているのか皆目見当もつかない。
「ちょっと、セイちゃん。話があるんだけど」
バンと、絵梨が俺の机に手を置く。むぅ、と唇を結んだ顔はかわいいけど、あまり揶揄える雰囲気じゃない。
住良木は何が起きたのか分からないらしく、ただ羨ましそうに俺達の方を見ていた。
(なるほど……これは良くない状況かもな)
絵梨がまくしたてているが、聞いてなどいられない。そんな事よりも、最初に現れた絵梨……恐らくはエリカに目を走らせる。
絵梨が現れても特にアクションは起こしていないが、含みのある笑顔をこちらに向けていた。
教室の皆がいる手前、大っぴらになにかするとも考え難い。
でも安全であるとも思えない。だって彼女は絵梨と全く同じ姿をして、とうとう俺の目の前に現れたのだから。しかも皆をうまくだまして、自分が絵梨だと思い込ませている。
もし絵梨が自分だと言い出せば、彼女にとっては致命傷となりかねない。だって居場所を奪われるという事は、存在を無かったことにされるという事は、殺される事に他ならない。
今は誰も絵梨に気づいていないけど、いずれ騒ぎになってもおかしくないだろう。そうなったら必死で止めてくるに違いない。
(ここにいて、皆を巻き込む訳にはいかないな)
「絵梨、こっちだ」
「わ!? ちょっと、どうしたのよ、セイちゃん!」
文句を言う絵梨を無視して、彼女の手を引いて走り出す。
向かう先は、窓の外。
「きゃあっ!?」
「しっかり捕まってて」
絵梨をお姫様抱っこし、空いている窓から外に飛び出す。絵梨はかわいらしい悲鳴を上げ、必死に俺の首にしがみついてきた。
「よっと!」
「わ……わ……」
窓の下に止めてあったトラックの上に飛び降りる。少し転がって衝撃を逃がし、怪我も無く着地を決めた。
タイミングよくトラックは動き出し、俺達は窓から離れていく。これで無事にエリカから逃げられた筈だ。
「ちょ! ちょっと危ないじゃない!」
絵梨は暫く呆然としていたが、はっと気が付いて抗議をしてきた。お姫様抱っこの状態から離れ、座り込んで恥ずかしそうに髪を整えた。
俺としても今思えば、お姫様抱っこはちょっと気障だったかもしれない。
「窓の下にトラックが止まっていたのは、確認済みさ。それにこのトラックが、町に向かうこともね」
「もう…そうじゃなくて……急にお姫様抱っことか……ドキドキするじゃない」
「王子さまみたいだった?」
うん……と、うるんだ目で、お姫様みたいに頷いた。
「……って! ち、ちがうから。ほ、本当に」
「そっかー、お気に召さなかったかー。ならもうしない方がいいかな」
「え?……そ、そう言う意味じゃなくて……か、カッコ良すぎたっていうか……もう! 言わなくても分かるでしょ」
「え~と……」
「も~! ちゅ~しろ~!」
「ちょ、ちょっと、落ち着いて」
「う~、も~、知らない!」
絵梨はプンプン怒り、頬を膨らませてしまった。かわいくてつい揶揄ってしまったけど、ちょっとやりすぎたかもしれない。
これは機嫌を直してもらうのに、少々手間取るかも知れないなぁ。
「こっちだ、絵梨!」
「え? あ、うん……」
教室を飛び出して廊下を駆け抜け、グランドを横切って校門まで辿り着いた。
走り続けて体が重い。普段運動しておけばよかったと、今更ながら後悔した。
エリカが追ってくる様子はない。それでも止まる訳にはいかなかった。
心の奥底を漂う嫌な異物感がある。ここを離れなければ取り返しのつかない事になると、本能が理解していた。
俺でもこれだけ息が切れているのだから、絵梨はもっとつらいかも知れない。校門を出てしばらく走った所で、絵梨を確認するために振り返った。
そしてハッとした。
学校は黒い雲で覆われ、おどろおどろしい空気を放っていた。何が起きたのか理解はできないけど、ただ事ではないのは感じ取れる。
あのまま何も知らず無警戒に教室にいたら、どうなっていたか想像もしなくない。
「くそ!何が起こってるんだ」
校舎に纏わりつく黒い雲は、ドンドン膨れ上がっている。校門からあふれ出し、道路にまで侵食してきている。
ぐずぐずしてたら、いずれ追いつかれるだろう。とにかくここから離れなくてはいけない。
俺達は行き先も分からないまま、道に沿って走り続けた。
「セイちゃん……どうして……」
「エリカの事で、話があるんでしょ?」
戸惑う絵梨の言葉を、彼女の代わりに出す。
絵梨はハッとした後、コクリと頷いた。
「エリカの……チャンネル登録増加が止まらないの」
「チャンネル登録者数?」
絵梨に言われて確認して見ると、57億人…58億人……61億人!
みるみる内に増えていく。世界の人口は80億人だ。こんな数字って有り得るのか?
「このままじゃ人口の全てが、エリカを好きだって事じゃないか!」
思わず口にして、ハッとした。
そうだ。この世界はおかしい。
誰も彼も幸せで、差別も争いも無く、心の底からの笑顔に溢れている。
そんな世界があり得るものか?そんなのきっと間違ってる。
「そうね。皆……記号で話してる。どいつもこいつも、人の話なんか聞いてないし…それぞれで楽しくて、それぞれ幸せになってる…コミュニケーションの究極とでもいうのかしら……」
「ああ。チャンネル登録者数が80億人に到達したら、世界がエリカ一色になっちゃう。そしたら世界はきっと――」
――新世界になるのだろう。
だからといって、エリカを止める解決策も思いつかない。ましてや80億人の意思を、今更バラバラにする手立てなんて有る訳がない。
(どうすれば……)
あてどなく走っている間にも、世界の侵食は止まらない。チャンネル登録者数は既に66億人を超えている。
このままいけば6時66分には、世界の全人口がエリカを求め、エリカをあがめ、エリカに狂う信者に塗り替えられてしまう。
夢だったらよかった。
しかしトラックに飛び乗った時に挫いた足が痛み、この世界が現実であると訴えてくる。
息もいよいよ苦しく、もうどれほど走れるかも分からない。
「あれは、なんだ?」
見上げると空が赤く染まっている。消えゆく世界が血を吐いたような、不気味な色。
そして乱立するビルの隙間を縫うように、黒くて巨大な何かが動いた。
巨人……だろうか? 100メートルはあろうかという影が身を屈め、こちらに手を伸ばして来る。
「絵梨、こっちだ!」
絵梨の手を引き、巨人から離れる。
どこへ向かえばいい? どこに逃げればいい?
街の至る所には黒い影がうごめき、無色透明の感情で俺達の方をじっと見ていた。
まるで俺達の行動を止めたいみたいに。
「そうだ! 絵梨の部屋だ! そこに行けば何とかなるかも」
絵梨の家に行って、あそこでエリカの配信を見て、絵梨がスマホを叩き壊して、そこから世界はおかしくなった。
始まりがそこであるならば、正すべき特異点もそこにある筈だ。
「わたしの部屋……なんで?」
「あ~もう! そういう色ボケ的な意味じゃないって! エリカをあそこで見てさ、壊れたスマホをどうにかするとかさ」
「えっと……エリカのアカウントを消す……とか?」
「それだ!」
エリカのアカウントを消してしまえば、人々を新世界に連れていけなくなる。膨れ上がった登録者数も、0にリセットされるだろう。
絵梨の部屋に向かおうと心を決めた瞬間に、影たちがざわざわと揺れ始めた。
「うわ!?」
「きゃ!」
突然強烈な風が吹き、思わず目を閉じてしまった。強烈な風に煽られて、真っ直ぐ立っていられない。
絵梨は反射的にスカートを抑えたらしく、つないだ手を離してしまう。
「な、なんだこれ!」
紙で折った人形のようなものが、風に乗って体に張り付いて来る。人形はドンドン集まっていき、宇宙服みたいに覆われていく。
手足が固められ、動けなくなっていく。このままでは息もできない。
影がこちらに向かって揺れており、逃げなければ捕まってしまう。
「絵梨、こっちだ!」
「分かった、星人くん」
人形たちを振り払うと、絵梨の手を取って走り出す。身を屈めて風の抵抗を減らし、ビルの傍まで逃げ込む。
ここまでくればビルが風を防いでくれ、満足に息を吸う事ができた。
酸素をしっかりと吸い上げ、脳みそに血液を回す。思考はある程度クリアに確保できたところで、ビルの合間に向けて一気に走り抜けた。
ビルとビルの隙間に入ると風が弱まり、残った人形たちもバタバタと落ちていった。
けど、まだ安全圏とは言えない。後ろからまだ追ってくる。
俺達を絵梨の部屋に行かせないつもりなのだろう。
つい舌打ちが出そうになるけど、悪い事ばかりじゃない。奴らが俺達の行動を止めたいという事は、俺達の行動は奴らにとって普通号という事だ。
つまり俺達の行動は正しい。
人の嫌がることは、全て正しいんだ。
「あっちだ! まだ走れる?」
「ばっちり! 大丈夫だよ~」
絵梨はぐっと親指を立て、笑顔を見せてくれる。小学生の時は、こんな風に一緒に走ったなと、何故か懐かしい気がした。
そう言えば昔、俺が落ち込んでいた時に、絵梨が優しくしてくれたんだっけか。
今となっては思い出せない程、多分大したことない些末で俺は気分が沈んでた。そんな時、絵梨が優しくしてくれたのだ。
たぶん絵梨自身は自分が優しくしただなんて思っちゃいなかったと思う。いつもの感じでいつもの風に、いつも通り俺に接しただけなのだろう。
でもそれが逆にうれしかったんだと思う。詳しくは覚えていないけど、嬉しかったことだけは、ぼんやりと心に残っていた。
(幼馴染って良いな……)
脚が痛い。目がかすむ。
拭き込んでくる風のせいで息も苦しい。走っても走っても走っても抜けられない。
でも、まだ走れる。握る手の先に、彼女の存在を確かに感じる。
暗い路地裏は、はるか遠くまで続いている。走っても走っても走っても抜けられない。
この先に希望があるのかは分からない。エリカを止められる保証もない。
それでも結末だけは自分で選ばないと。走っても走っても走っても抜けられない。
この先に終わりがあると信じ、ただ必死に走り続けた。
走っても走っても走っても抜けられない。
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