Epilogue
「ねえ、考えたことない?」
窓際の座席に座っている、無口な女が問いかけた。
「鉄塔ってあるじゃない。電気を送る赤と白の大きいやつ。わたしね、子どもの頃あれを東京タワーだと思っていたの」
窓枠に肘を掛け、掌で顎を支える横柄な態度。窓の外を眺めながら、独り言のように呟いた。
彼女の言いたいことは分かる。こどもの頃なんて、物を全く知らない。テレビで見た赤と白の鉄でできた電波塔と、車窓から眺めた赤と白の大きな鉄塔。色や形の似ているそれらを、同じものだと思ってしまっても仕方がないだろう。
「それでさ、もし私が子どものまま死んでたら、赤と白の鉄塔は、東京タワーって事になってたのかな? それが真実だって」
まあ、君にとっての真実ではあるだろうさ。世界の真実ではないだろうけど。
「世界の真実……それってなんなの? わたしにとっての真実より、それはわたしが気を使わないといけないもの?」
日本にいたら日本語を話すように、アメリカにいたら英語を話すように。世界の真実ってやつは、世界に暮らす者にとっての共通言語・共通認識さ。共通の決め事が無ければ、円滑なコミュニケーションをする事ができない。
君が世界の中で快適に生きたいのなら、そりゃ気を使ってあげないといけないさ。使わないなら、生き難いとか言っちゃあいけない。
君が優しくなくちゃ、世界の誰だって君には優しくないさ。
「あなた達がわたしを無口な女だといったら、それが真実だと決め込んだら、わたしはそう振る舞わないといけないってこと?」
当たり前だろ。そうじゃないと世界はうまく回らない。
「クソね」
無口な女は、興味無さそうに吐き捨てた。その心の内に、どんな鬱屈が煮えたぎっているかは知らないが。
少なくとも表層的には、静かな時間が過ぎる。この無口な女も、世界から与えられた自身の役割をやっと理解したということだろう。
「でもさ……」
だって言うのに、無口な女はまた口を開く。大方黙っている間、自分を慰めるための屁理屈をこねくり回していたのだろう。
「でもさ……例えば私が殺人を悪いものだと教えられずに育てられたとする。そして銃で人を撃っても死なないと教えられたとする。そのまま大人になって、人を銃で撃って殺したとするね? そしたら、私の行為には悪意も無ければ、殺意も無いわけでしょ? 世界は私を裁かない。でも世界は私を許さない。そして必ず攻撃するわ。曽木に何の正当性も無いけど、数が多いと言うだけで正当なものとなる。そんな誤った世界の、一体なにが真実だっていうの?」
君は無口な女の癖に、よくしゃべるね。
「は? そんなのあなたにとっての真実でしょ。勝手に私に押し付けないで」
自分で口にした傍から、この女は。身勝手な女だ。
「………」
無視しやがる。こうなったらもう、そう言うつもりなのだろう。何を言ってもいない者とするつもりだ。
そんなことさせるか。
ムカつく女。地味な女。口の悪い女。影の薄い女。幸の薄い女。部屋の汚い女。出不精な女。雑な女。生活能力のない女。家事のできない女。片づけられない女。料理のできない女。友達のいない女。コミュ障の女。ガリガリの女。髪ボサボサの女。無学な女。無知な女。嫌な女。バカな女。モテない女。年齢=彼氏いない歴の女。陰キャの女。つまらない女。魅力のない女。アニメ声の女。
ブス。
ブスのくせに声だけはかわいいな。
死ね!
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