新世界VTuberと主人公殺人事件~登録者数80億人でこの世界は……

月猫ひろ

Outside of inside of inside of1

 モニターの青白い光が、ゴミ袋に散乱する。空調の効きすぎた醜い部屋に浮かび上がるのは、誰でもないこのわたし。


「エリカの配信に来てくれてありがと~! みんな大好き~、じゃ! また新しい世界で会おうね~」


 マイクを通してかわいらしい命を吹き込み、認証カメラが魅力的な人間性を誇張する。

 コメ欄には一方的な愛が飛び交い、機会を失った赤スパが滑り込んでくる。すでに画面にはEDが流れており、アニメーションのエリカが無邪気に手を振っていた。

 

 仕事で言えば定時過ぎ。今更コメを読む訳にもいかないので、機械的に配信終了ボタンを押した。閉じた配信からどんどん人が減っていくが、興奮冷めやらぬ一部のファンが熱く語り合っている。


 新世界エリカ。大人気のVTuberだ。

 根元が茶色で毛先が金色のグラデーションの髪。肩に届かない位のハーフアップで、一見すると清楚で大人っぽい印象も受ける。

 しかし声は蕩けるほどにかわいく、表情豊かに人を惹きつける。天真爛漫だけど、どこか小悪魔みたいな娘。

 喋っているエリカへの評価は、概ねこういう感じだ。


 手の届かない高根の花みたいで、でも隣にいる幼馴染みたいで。背反する二律を両立するコンセプトのエリカは、VTuberの中でもトップの人気を誇る。

 なんたって登録者数1,966万人! 業界でぶっちぎりの1位だ。


「あ……1,966万人記念の告知忘れた……まず……」


 どれだけ登録者数が増えたって、数字は大事にしないといけない。だから1,970万人記念に合わせて、ハガネのバネ先生にエリカの新衣装を仕立てて貰ったのだ。


 エリカのデフォルト衣装はパーカーっぽいラフな格好だ。他にも制服衣装や地雷服衣装などもあるが、どれも現実で着てもおかしくない感じ。

 もっとアニメ感のある振り切った衣装が欲しくて、今回は女王様みたいなデザインにして貰った。皆が皆好きな感じではないだろうけど、一定の層は喜んでくれると思う。


 リスナー全員が喜ぶ本当のお祝いは、2千万人に行った時にするから、今回のは繋ぎって事で。


 で、その新衣装のお披露目配信を予定しているのに、告知を忘れてしまったのだ。

 SNSでお知らせしてもいいけど、それも味気ないか……自分の声で反応を見ながら伝えたいし、明日忙しいけど、ちょっとでも配信してアナウンスすべきかな?


 手帳を開いて、スケジュールを確認する。

 明後日から案件配信が続いてるから、その枠で私的な告知する事は出来ない。前後に被らせて通常配信をするのも、案件先に印象が悪いだろう。

 明日は収録で午後から出かけないといけないけど、1時間早く起きれば告知配信位は出来るか……でも起きれるか分からないし、配信の告知をしておくのもリスキーな気がする。なら起きれたらゲリラ配信という形にしとく? どうせワンワンワンチャン告知配信ができれば御の字というだけ。出来なかったらSNSで告知というのは、現状と変わらない訳だし。


 カレンダーと格闘しながら、予定を立て直そうと頑張ってみる。私が朝起きられる人間なら苦労しないのだが、社会不適合を今更呪っても仕方ない。

 規律正しい生活に更なる距離を置きつつ、頭を悩ませていた時だった。


「え?」


 突然モニターの色が変わった。設定してない筈のスクリーンセーバーが起動したのかとも思ったが、そうじゃない。画面には配信中の文字が表示されている。


 配信してる……誰が?


 戸惑っている間に更に画面が切り替わり、勝手にOPが流れ始めた。スマホを確認すると、配信開始の通知も飛んでいる。私のPCモニターだけの問題ではない様だ。


「なにこれ、エリカが起動してる? え? 本当に配信してる?」


 新世界エリカはVTuber。アプリの中の存在だ。

 愛くるしい表情は私を撮影したものだし、かわいい声だってそのまま私の声だ。ちょっと作ってるけど。

 つまり中の人である私がいないと、エリカは動くわけがない。


「みんなー、本っ当にごめん! 告知あるの、忘れてた~」


 だというのに、配信画面でエリカが勝手に動いて話してる。間違いなくエリカのチャンネルだし、いつも来てくれるリスナーがコメントをしている。

 私が話したことがない内容だから、バグでアーカイブが流れてる訳じゃない。そもそもご丁寧に、ショートカットの髪型と黒マスクという、私が一度も使ったことのないパーツの組み合わせだ。


 乗っ取り? 配信事故?


 何が起きたのか分からず、パニックになっていたのだろう。投影用のスマホを振ったり、マウスをカチャカチャさせたりと、意味のない事ばかりしてしまった。


 そんな私を放っておいて、モニターの中のエリカはとんでもない事を言い始める。


「こんど登録者1億人耐久するよ~♪ 時期は……もうちょっと登録者が増えたら言う~。あ、焦らしてるんじゃないからね! オ・ト・ナの事情。達成したら、ご・ほ・う・び、皆に! マ~ジで凄いから! 期待しといて~。 だから皆ちょっと明日までに、登録者数5000万人位に増やしといてネ」


 は? 勝手になに言ってるの?


 約2年活動を続けて、やっと今の登録者数に到達した。これだって異例中の異例。有り得ない伸び方だ。

 たまたまエリカがデビューする直前に大人気VTuberが卒業して、彼女の転生なんじゃないかと注目されたり、エリカにそっくりのキャラが登場する人気アニメとコラボさせて貰ったり、色々ありがたい要素が重なっての躍進だ。

 それを……1億人? マジでなに言ってるのか分からない。乗っ取りなら、舐めすぎててマジでムカつく。


 しかしコメ欄は、予想に反してメチャクチャ盛り上がってる。『待ってました!』『エリカならいけるよ~』『友だちに布教活動してくる! 友だちいないけど!』などなど、概ね好意的なコメが物凄い速さで流れている。

 いつも無責任なリスナーたちだが、この時ばかりは愕然とした。


 でも確かに……エリカだったら、そんな夢を現実にしてしまいそう。


「じゃなくて……わたしがエリカだから……!」


 頭を振って冷静さを探し求める。だがもう手遅れだった。

「じゃ~ね~、また新しい世界で~」とお決まりの挨拶をしながら、配信が切れてしまう。コメント欄は寒気がするほど狂乱しており、どう収拾をつければいいのか皆目見当も付かない。

 さっきのは事故です、なんて訂正の配信をつける勇気もなかった。


「あ……」


 PCの端を見ると、メッセンジャーアプリがピコピコ光っていた。マネージャーからの連絡だろう。ちらっと見えた通知欄だけで、メチャクチャ怒っているのが伺える。


「わたしに言われても……」


 どうせ誰かが私のアカウントを乗っ取って、AIの合成音声でエリカの声をあてたのだろう。配信までされてしまった以上、今すぐどうにかできる問題じゃない。

 何が原因で乗っ取られたんだろ? 通販サイトの流出? フィッシングサイトで個人情報を抜かれた? 内部のスタッフの仕業?

 マネージャーに説明するために、被害の経緯を検証しておく。鬼のようにメッセージが押し寄せているけど、暫く無視だ。情報がないまま対応しても、相手に押し切られて私が悪者にされるに決まってる。


 でも……1億人かぁ……


 エリカならそんな突拍子もないことも達成して、新しい世界を作れるんじゃないか。どこか他人事のように夢を見た。

 純粋なのか打算的なのか無知なのかすらわからない、現実からかけ離れた夢物語。

 打ち崩し難いこの現実のどこかがまかり間違って、狂って、狂って、狂って、狂って。圧倒的に狂いまくっておかしくなって、それでもやっと可能性の芽が出てくるという程度の絶望的な未来を。

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