第26話 盗賊の一団

「ええい!、まだ見つからぬのか!」

 足で贅沢な酒肴をのせた膳をひっくり返す乗元。ここは大身旗本高山主膳乗元の屋敷。その主がこのところ極めて機嫌が悪い。無理もない。『蘭癖高家』を害しようとしたはずの『凶器』たる多鶴が失敗し、さらに行方をくらませているとあれば――

「『蘭癖』めに、殺されるなり監禁されておるというわけではないのか?あの小娘」

 家臣たちは低頭に伏して弁明を行う。

「一度、宮坂の実家に顔を出しております。その後も江戸市中を歩く姿が見られました。しかし、十日前の夜『蘭癖』の屋敷を出たあとの足どりがまったく分からなく――」

 そこまで聞いて乗元はその家臣を足蹴にする。

「まったく、役立たずが!」

 はあ、とただ平伏する家臣。見かねてもう一人の家臣が言上する。

「最近、南町奉行所の同心が一緒にいることも多かったとか。何か『蘭癖』めが策を弄している可能性も......」

 ふうむ、と乗元は一息つけてどっかと足を組み盃をあおる。

「ならば、引きずり出せば良い」

 どんと床に小判を投げ出す乗元。小判を止めていた帯が解け、床一面に広がる。

「あの者たちを使え。それならば問題あるまい。宮坂、といったか。奴の家族を人質にして、奴をおびき出すのだ。場合によっては『蘭癖』も引っ張り出せるかもしれん。そう手配せよ」

 家臣たちに否応はない。ははっ、と仰せつかり部屋の外に走るように消えていく。

 あとにはばりばりという乗元の歯ぎしりの音だけが響き渡る――



 江戸の夜は早い。なにしろ、明かりがほとんどない時代である。吉原あたりであれば、さんさんと蝋燭や行灯がきらめいているがこのあたりは真っ暗である。宮坂家の屋敷がある愛宕下の路地には通るものなく、ただ黒い静寂があたりを包んでいた――いたはずであった。

 闇に紛れて、蠢く者たち。黒い装束に頭巾。そして手には槍や刀などで武装した一団である。

 どう見ても盗賊の風体であり、また実際にもそうであった。

 乗元は旗本の師弟を手懐ける他に、このような私兵も有していた。食うに困った浪人ややくざ者を金の力で束ね、必要な時に利用する。絶対自分の名前が出ることはないように、何重にも用心してこれらの野盗を飼っていたのである。

 近年、火付盗賊改方の取締が厳しくなっていた。乗元の言うことを聞けば、彼らに捕まることなく悪事を働くことができる。江戸の不埒な盗賊を束ねる、おおよそ旗本とは思えぬ乗元の所業である。

 彼らが目指すは旗本宮坂家。一家郎党誘拐し、それによって多鶴を引きずり出す策である。

『場合によっては、殺しても良い。死体でも十分に餌にはなろう』

 乗元の命令に従う野獣が、今宮坂家を闇の中から襲おうとしていた――

 

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