第24話 多鶴、襲われる
大通りを抜け、小路へと至る多鶴。人の気はない。道路敷の戸板の上ではあっと息を吐き吸う。大丈夫だ、ここまでくれば。そう思った次の瞬間――背中に冷たい鉄の感覚。振り向けない。振り向けば多分、それは体を貫くことだろうから――
「宮坂多鶴、さまでございますな」
高く軽い声。せめて相打ちにしようと柄に手をかける。
「おやめなさい。こちらが早い。手を上げてゆっくりとこちらをむいて――」
多鶴は身のこなしは早い。言葉のすきを突いて、前に飛び踵を返す。その次の瞬間、刀を抜き払い敵に振りかざす。
しかし、その刀は空でその動きを止める。
「ほほお、さすがは旗本さまだ。剣はそれなりに使えるご様子」
男。黒羽織を着た、若い男である。多鶴の刀は十手によって完全に固められていた。振り向きざまの剣戟を簡単に受け止められてのである。
「ま、この程度では話になりませんが」
くるっと十手を回転させる男。まるで柔道の技のように、刀ごと多鶴は地面に叩きつけられる。
地面横になりながら男を多鶴は見上げる。
町方、であろうか。だとしたら自分を殺すために高山乗元が命じた刺客なのか――
「心配なさらずともいいですよ。私はあなたのお味方です。まあ、正しくは『蘭癖』さまの部下、といったほうがご安心召さるでしょうか?」
十手をしまい、襟を正す男。いやにねちっこいそのさまが多鶴をイラッとさせた。
「......統秀さまの部下......同心ごときが......」
にゃっと笑みを漏らす男。造作は整っておるのだが、何故か不快感がつきまとうそれもそのはず。
「私、稲富平左衛門直禎と申す南方同心であります。ひとは『にわたずみ同心』などと読んでいるようですが」
露悪的な物言いに多鶴は表情をこわばらせる。
「まあ、お好きなようにお呼びください。所詮は汚れ役人でございます。お互いの共通の主君である『蘭癖』さまのご命令により、後をつけておりました」
「......」
多鶴は黙り込む。
「いやいや、べつにあなたを疑っているというわけではなく。私はまだ、こう、信用するまでに至っておりませんが。蘭癖さまはあなたの身を心配しておられます。あの目付の手下がいつあなたをおそうかわからないと。まあ、それを逆に見れば相手の尻尾をつかむ手がかりにもなるかなと。いえ、これは私の考えなのですが」
実際、この男に不覚をとっている以上自らの力不足は否定できない。統秀の心配も、全くそのとおりの話である。
自分の身が情けなく感じる多鶴。
女の身。さらにはその浅慮にて危険を呼び込むも、それを自分で払い除けることすらできないその非力さを――
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