第16話 統秀の尋問
若者は恥じていた。
暗い部屋の中、後ろ手に縛られ捕虜の身にある我が姿を。
それも自分の行動の報いである。目付様よりのご命令とはいえ、断ることはできなかっただろうか。
『蘭癖なる不埒な高家を監視し、そして隙あらば――』
その先は言葉を濁す、目付の側近の言葉。少なくない金子が若者に下賜される。
金だけが目的だったのではない。
今わが宮坂家は零落して出仕することもかなわない。お家の再興のためには、目付の好意を得ることが必要すべからざるものであった。断るなど、ありえない話である。
しかし、このような状態になってはすべてが意味がない。
役人に突き出されるか、それとも闇闇に処理されるか。
自分は高家旗本の命を狙った不埒者である。
どのような沙汰がなされるか、考えるだけで若者は肝が千切れそうな不安に襲われる。
がたっ、と音がする。
ひいっ、と思わず声を漏らす若者。
数人の農夫らしき男性が若者の閉じ込められていた納戸に入ってきたのだ。無言でじろっと若者をにらみつけると、立つように促す。
(いよいよか......)
若者は覚悟を決める。どのようなことになっても口を割ることはしないようにしようと。それが武士の矜持の示し方であると――
土間に座らされる若者。後ろ手の戒めはそのままである。まるで罪人として裁きを受けているような状態であった。当然腰のものは没収されていた。
玄関のようなたたきのうえに、何人かの侍が控える。
「控えよ」
一人がそう言い放つ。
奥の廊下より現れる人影。長い総髪をなびかせ、着流しで現れる男性。
忘れるはずもない、標的である『蘭癖高家』その人である。
思わず腰を上げる若者。それを両側に控えていた農夫らしき者が若者の方を押さえる。
「私は、一色中将統秀である。無論、知ってのことだろうが」
統秀が床に腰を下ろし、問う。語勢は決して強くはない。
「私を狙った目的――いやその前に名を。お互いに失礼に当たろう」
きっ、と若者は統秀をにらみつける。
「宮坂――多鶴と申す。旗本宮坂家の――」
ほお、と統秀は声を漏らす。聞いたことがある、それなりの旗本家であった。確か、後継ぎの問題もあり出仕を控えているという噂も聞いていた。
「そのような者が私を何故狙った。委細はあろう。教えてくれぬか」
沈黙があたりを支配する。
じっと若者を見つめる統秀。若者はただ土間の上に視線を落とし、じっと唇を噛んでいた。
そして、流れ落ちるしずく――小さな嗚咽の声が上がる。
統秀はそっと右手を上げる。
はっ、と部下たちは若者から手を放した。
(なるほど.....)
統秀はその若者の顔を見つめた。若者と言うにはあまりにあどけなく、そして弱々しい表情。
(女か)
多鶴――それは確かに宮坂家の娘の名前であった。
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