最期の息を見届けてへの応援コメント
ちえさんとお母様との、この俳句は心して読もうと思っていました。
実録のエッセイを読ませていただいていたので、あの時のちえさんとお母様のやり取りや気持ちが思い出されて、胸が痛み涙が出ました。
短い俳句の中に込められた、ちえさんのお母様への愛情と、病気ですごくお互いに辛かっただろうなと言う思い。
お母様を亡くされて、まだ思い出と呼ぶには早いような気すらしています。
どうか天国のお母様が安らかでありますように。また、ちえさんが穏やかに暮らせますようにと、陰ながらお祈り申し上げます。
作者からの返信
みいかさーん! ありがとうございます( இдஇ)
当時みいかさんにはいろいろアドバイスをいただいて、ほんとうにたくさん励まされました。
おっしゃるとおり、まだ思い出と呼べるほどの過去にはなってないですね。それだけに、母を創作の題材にするのはちょっと複雑な気持ちもあるんですが、わたしにとって創作は人生の一部だし、物書きとしてはこれも一種の供養になるかなあと。
みいかさんのやさしいお気持ちがほんとうにうれしいです。ありがとうございますꕤ*.゜
最期の息を見届けてへの応援コメント
はじめまして。
口では「死にたい」と言いつつ、心の中では死にたくないと思っている。それがわかるからそばにいると本当に苦しくなりますよね。心揺さぶられました。
作者からの返信
はじめまして! コメントありがとうございます(*´꒳`*)⌖˚
『死にたい』の本音は『生きたい』だといいますものね。
母の場合は認知症になってから、すごく素直に気持ちを口にするようになっていたので『死にたい』も『死にたくない』も両方いってましたが(^-^;)
最後のほうはレスキュー薬(痛み止めの麻薬)も効かないくらい激痛と呼吸苦の発作がひどくて、わたしもまた『もう死なせてあげたい』と『それでも生きてほしい』がずっと同居している状態でした。
最期の息を見届けてへの応援コメント
昨日何回か読んで、今日も読みましたが、何度読んでも泣きたいような救われたような気持ちになります。安易なコメント書けないな〜なんて思ってしまって、ハートマークも押せなかったのですが、本当にすばらしい作品だとしみじみ思います。
死は誰にでも100%起こることで、生の一部ですが、だからといって簡単なことじゃないですね。そこに向かうまでの過程の中で、今の私には想像もできないような切ない思いや苦しい思いをすることがあるのですよね。
ちえさまのような娘さんがいて、お母様は本当にお幸せだったと思います。今後、誰かを看取る機会があれば、この句を思い出します。
作者からの返信
そんなにですかΣ(°꒫°◍)
でも題材的にコメントしにくいだろうなあとは思ってましたので、そこを越えてのコメントうれしいです。
親の死は、命について親が子どもに教えられる最後のことだというような話を聞いたことがありますが、真理かもしれないなあと思います。
濃密な一年でした( ˊᵒˋᐢ )*.*
最期の息を見届けてへの応援コメント
死が見えているなら
快適な死、よい死に心地をもとめたくなりますな。
見送る側はできるだけ長く生きてもらいたいと思うかもしれませんけれど。
介護の負担が大きければそうも言っていられません。
野々ちえさんがいてくれて、お母さんはよい死を迎えられたのですね。
よくガンバりました、エライ!
2年生きてエライ!
肯定ペンギンの赤ちゃん、コウペンちゃんになりました。
作者からの返信
ほんとうに、もっと生きていてほしいと思っていられるあいだに逝ってくれてよかったと心から思います。
施設での対応がどんなもんか知っているだけに、その選択は最後の最後、たぶん限界をはるかに超えてからになったでしょうし(:3_ヽ)_
コウペンちゃん! やだぁ、ありがとうございます♡
かわいいですよね、コウペンちゃん🐧💕
最期の息を見届けてへの応援コメント
お母様への思いが強く伝わりました。感動をありがとうございました。
特に 母の手をひいて歩いた春の土 が余情がある素敵な一句だと思います。
作者からの返信
こちらこそ! お読みくださいまして、☆もありがとうございます。ご感想、とてもうれしいです。