第5話 名前呼び

「マジか? 聞いてない!」


「話す前に出て行ってしまったから、話す機会を逃したのよ」


 なんでも、オレと白浜さんは両親同士が知り合いらしい。同じ事業で親しくなり、子どもを結婚させてもいいのでは、と考えていたという。エグいな。


「ちょっと待ってくれ。いくらなんでも、都合がよすぎねえか?」


 許嫁が隣同士だなんて。とはいえ、距離感が近くなった気はしない。


「少しずつ距離を近づけていこうって、向こうの親にも話は通っていたんだけど?」


 親しくなってきたら種明かしをしてやろう、と思っていたそうだ。

 予想より、幾分早くなってしまったが。


「配信はいい。でも、白浜さんの気持ちとかは置き去りなんじゃねえのか?」


 いくらなんでも、ムチャクチャだ。


「本人は、茹だってるわよ」


 白浜さんを見ると、ずっとボーっとしている。


「いいのか、白浜さん?」


「うん。楽しそう。実際、斎藤くんとのお話は楽しいし」


 乗り気なら、いいか。


「でもさっき、自由がどうとかで」


「嫌な人だったら、自立も考えたよ。でも斎藤くんが婚約者なら、いいかなって」


 ドキン、とオレは心臓が飛び跳ねた。

 どうリアクションしていいか、わからなくなる。


「なに戸惑ってんの? この家だって、二人に住まわせようって思って買ったんだから」


「そうなのか?」


「ええ。ドケチ物件だけどね」


 築三〇年ともなると家の価値はなくなるそうで、土地代とリフォーム代しか予算はかかっていないらしい。


 徐々に外堀を埋めてくるとは、家族ぐるみでお互いをくっつけようとしてやがる。


「『このままだと進展ないよねー』って、あたしが提案したの」


「なんで、そこまでしてくれるんだ?」


「だってふたりとも、意識してるだけじゃないの。お互い好意は寄せているけど度胸はなくて、社会人になって『あのとき告白しておけば』って、カフェでカップルを眺めながら孤独にリモートしている姿しか浮かばなかったわ」


 預言者か、この人は。実際に、そんな人生を送りそうじゃないか。


「で、カンフル剤の役割を請け負ったのよ。責任はあたしが全部取るから、安心なさい」


 急に言われても、まだ戸惑っている。


 また、変な間ができてしまった。思考が追いつかない。


「まあ、そのうち慣れるでしょう。お互い配信がんばって」


 星梨おばさんによると、部屋は二階に二つあるという。オレが使っている部屋はそのままで、白浜さんは空き部屋を使う。


「配信機材は?」


 それだけそろえるだけでも、結構掛かるのでは?


「スマホだけ。編集用のPCは、こっちで用意するから安心なさい。あと、あんたも覚えるのよ。こういう技術は、身につけておきなさい」


「お、おう」


「じゃあ、白浜ちゃんの引っ越しが済み次第、撮影スタートするわね。でも、引っ越し場面を取るのもいいかも」


 星梨さんが、一発目の配信を引っ越しシーンにすると言い出した。


「外壁など、こちらの個人情報がわかりそうなシーンはカットするわ。それでいい?」


「OKです」


「じゃ、白浜ちゃん、快斗が送ってあげるって。夢希ムギちゃんって呼んでいい」


「はい。星梨さん、よろしくおねがいします」


「じゃあねー」


 玄関前で、星梨おばさんが手を振った。

 オレたちは、白浜さんのマンションへ。


「荷物はまとめておくね」


「なにかあったら手伝うよ。いつでも言ってくれ。おやすみ白浜さん」


「夢希」


 玄関に入って、白浜さんがつぶやいた。


「は、はい?」


「夢希って呼んで。もう婚約者なんだから、遠慮はなしで、か、快斗くん」


 言ってる側から、白浜さんが「はわわ」と顔を手で隠す。


「わかった。おやすみ、むむむ、夢、希」


「はいい!」


 オレが声をかけると、夢希が背筋をシャキンをした。


「おやすみなさい、快斗、くん。がんばって、配信しましょう」


「やろう、夢希ムギ


 配信だけでもヤバいってのに、夢希が婚約者だなんて。

 

 

(第一章 完)

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