第4話 偽装兄妹作戦
「──とはいえ、同じ事をまた言うがジーナの目的地が分からなければ探しようが無いぞ」
PCモニタの薄暗い光だけが浮かび上がる移動式秘匿指揮所の中で俺はアキラに問う。
「それは尤もな意見だ。だから──一枚だけ、用意をしている」
よし……敢えて乗っかってくれたのかアキラはもっと大きなヒントをくれた。
ジーナは、目的地がある。これだけでも貴重な情報だ。日本、そして世界に大きな影響を与える──最悪の場合、第三次世界大戦に繋がるようなことをしようとしているというジーナの目的。その内容は、目的地という『場所』に関連があるということだ。誰か要人を狙撃したり、軍事機密を暴露したり等の行為では無いのかも知れない。最初に言っていた『時間制限』というのも重要だ。その場所に到達する前に、止めなくてはならないということか……。勿論、現地に行ってそこで狙撃をするだとかの線も残っているが、目的地という要素は重要だろう。これは有難い言外の匂わせだと思いつつ、会話を聞いているだろう
「ヒントは一枚だけか、まあ無いよりはマシだが。……で、見せてくれるのか」
「……これだ」
そう言ってジャケットの胸ポケットから取り出したのは一枚の写真であった──
「──この子が……ジーナか」
写っていたのはジーナと思われる銀髪の幼き少女。上からの撮影で斜め後ろからしか見えない横顔だが、儚くもどこか芯のある表情と、その長い銀髪に目を奪われる。思い浮かんだ、『白銀の死神』──という言葉を振り払いつつ……いや、待てよ。なんで写真があるんだ。
「おい、確かフィーラは撮影不可なんだろ? そりゃあ少しは隠し撮りされてデータベースに保管されてても不思議じゃ無いが──良いのか?」
エタンプの星降る夜に、レナから聞いた悲しき事情。フィーラはその存在故か、機密情報のため被写体として情報を残されることをアスムリンから禁じられているのだ。だから俺は、そんな世界を変えようと──レナが生きた証を確かに残すために、戦っている。
その大切な約束が簡単に壊されたような気がして──あの時とは状況も違うし軍隊は軍隊で隠し撮りぐらいしているのは実務上わかってはいるが──どうしても聞かざるを得ない。
「良くは無いぞ、この写真の存在を知っている者は世界で10人も居ないだろう。それも全員日本人だ。そしてこれが、唯一発見されたジーナの姿でな。五日前──レナが撃たれた三時間後に、横浜駅のコインロッカールーム、その監視カメラに映ったものだ」
「横浜ならすぐそこだが……五日前だもんな。もう移動しているか……。他にも無いのか? 駅で発見されたなら別の場所でも映っているだろう」
「いや、無い。この一枚だけだ。他の奴らにデータを消された様子も無い。その他のカメラを全て避けつつ、敢えてここのカメラだけに撮らせたということだろう」
「──ワザと痕跡を残したということか……」
「こちらとしては、俺達捜索チームへの挑戦だと考えている。捕まえられるものならやってみせろってな。無論、罠の可能性も大きいが」
「なるほど……だが、五日間、俺が寝ている間にそのチームが何もしてない訳でも無いだろう?」
「勿論、こちら側の息が掛かった秘密探偵に調査をさせている。が、何も無かったそうだ。そうなると、普通の眼では見つけられない──特殊な眼……つまり、フィーラや新藤のような魔力に精通している者の感覚でなら何かわかる可能性がある。
「──了解だ。と言っても、俺が得意な訳では無いからリッタにも頑張って貰うことになってしまうけど、大丈夫か……?」
「そうですわね。わたくしもそういう能力を持っているわけではありませんけれど、全力を尽くしますわ!」
とりあえずのこちら側の目標──やることが決まれば、後は行動あるのみ。二人でこれから頑張ろうと意気込む様子を見て、アキラが一つ頷く。
「……ありがとう、こっち側もサポートはさせて貰うさ。──という訳で、二人には装備の用意がある。特に新藤、お前は重要だ」
「俺の装備か……ジークフリートしか思いつかないけどな」
「そりゃそうだ。だが、あんなもん着て動いていたら普通に警察が来て拘束のバッドエンドだぜ。だったらどうするか──これを解決すべく、防衛装備庁の新世代装備研究所が持ってきたのがこいつだ」
と、マイクとのマイアミ・トラックを思い出すようなシチュで出してきたそれは、折り畳まれた何かのラバースーツのようなものであった。
「軽装型ジークフリート、という名前らしい。俺は原型装備も詳しくないが、内部の補助装置を改造して普通の服の下でも着れるようにしたタイプだそうだ」
「凄いな……日本が作ったのか?」
「半分、かな。アスムリン日本支部と防衛省が協力したって聞いている。まあ性能としては新藤が使っていたものよりも低くなっているが、隠匿式アーマーとしては普通の防弾チョッキよりも遥かに高性能だとよ」
「なるほど……確かに今回の任務にはピッタリだな」
「それで……これもセットだ」
と、不意に自分で掛けていた眼鏡を外すと俺に渡してきた。
「なんだよ、お前のだろこれは」
「いやいや、それも新装備さ」
「何言ってんだよ……?」
意味の無いジョークだったら殴ろうか──と思いつつ仕方無くそれを掛けてみると──当然何の変哲も無い。……ん、待てよ、度が入っているなら視界は歪むはず……
……と、急に画面が少しだけ薄暗くなったと思いきやいつものジークフリートのHMDのような画面が視界に投影され始めた。
「──! スマートグラスだったのか……!」
流石にヘルメット型のそれとはいくつか
「新藤の方が慣れているだろうが、それも軽装型ジークフリートの装備の一つとなっている。しかも、市販のスマートグラスのようなゴテゴテ感も無いだろう? 注意を向けてなかったとはいえお前も気付かなかったんだからな」
「ああ……これは、百人力だな……」
と、眼鏡を一旦外す。隠匿式スーツと、高度機能グラス。フィクションの秘密探偵になった気分にさせてくれるアイテムだ。
「そんで最後に……一番大事な……武器だ。説得するにしても、一度は戦う羽目になるだろうからな」
「──わかっている。だが、長モノは目立つぞ」
現場に出る実行者として俺が指摘するも、アキラはしょうが無いだろ、という顔だ、
「拳銃か短機関銃なら
そう言って机に置いたのは豊和M1500──ジーナが使用した超大型狙撃銃や、対物ライフルと比較すればかなり小型な狙撃銃であった。狩猟用として作られた日本製のボルトアクションライフルで、警察のSATや重要施設の警備隊の武器としても使われている。魔獣戦争が始まってからは低レベル魔獣用の有力なマークスマンライフルとしても使われている。
「……持ち運ぶなら、最適だとは思うけどな」
とはいえ、ジーナが撃ってきた超大型狙撃銃と比べると大人と子供の差に少しげんなりする。『しなの』の飛行甲板に立って両手持ちで撃ちまくったバレットM82の圧倒的な威力と衝撃を思い出してしまい、すぐには手が伸びない。ジーナはあれ以上の威力で、何時でも何処からでも撃てるのだ。使用弾薬によるが、そもそも射程距離が段違いに短いのでこの銃ではマジで気休めにしかならないだろう。
「──使用弾薬は」
「7.62x51mm NATO弾が5発入るモデルだ。専用の強装弾は30発用意出来たが、撃ち尽くしたらどこでも良いから掻っ払ってこい」
「……7.62mmなら最高に運が良くても有効射程1000mってとこか……」
「そう言ってくれるなよ、これでも調達に苦労したんだから。それに、狙撃が得意で無くとも狙撃銃を持っているというだけでカウンタースナイプを考慮する必要が出てくる。リッタを前衛にするなら、新藤が後衛で援護射撃するだろうからそういう点でも持っておくだけで効果はあるんだ」
「そうだな──了解だ、有難く使わせて貰うよ」
礼を言いつつ手に持っていたM1500を置く。
「後は抗魔刃ナイフと『しなの』に預けていた
「ああ。こいつらには何度も助けられた──また戻ってきてくれて良かったよ。運送係には苦労を掛けていて申し訳無いけどな」
「必ず手元に戻ってくるのもまた運命なんだろう……よし、最後に……これだ」
と言ってアキラが用意したのは小さな箱……蓋を開けると中にはいくつかの小型弾頭が入っていた。
「これは……ジークフリートの、弾頭か」
恐らく、肩部三連装超小型擲弾発射機に装填する特殊弾頭だろう。再装填時に一回だけ見たことはあったが、あまり気に掛けないものだったので実物を間近で見ても実感が無い。
「そうだ。肩から撃てない分、手持ちの特殊手榴弾代わりに使えるよう改造したらしい。スイッチを捻れば撃発しなくても使えるようになっている。こういう秘密道具もあって損は無いだろ」
「いざという時に結構使えるんだ、こういう補助兵器は……有難く貰っておくよ。──とりあえずこれで全部か?」
「ああ。後はさっき言った銃器の予備弾だけだ。──さてと、
と、軽装スーツを手に取るアキラ。そうだな早めに着替えておこう。
「そうするか──悪いな、リッタ。まあ見たいなら見てても良いぞ」
「えっ、ちょっ、見ませんわよ──!?」
「はは、ちょっと揶揄っただけだ。悪いな」
慌てふためくリッタの様子が面白くて少し笑う。多少は鍛えているから男の身体としては格好がつくが、傷だらけの肌をあまり見せたくは無いし見たくも無いだろう。と、後ろを向いたリッタを見て、俺も素早く着替えていく。
軽装型というだけあって、いつものジークフリートの着装の半分程度の時間で終わり、特殊グラスも掛けてシステムの同期を開始する。
「そういやバッテリーはどうなってるんだ」
「布地が擦り合って静電気を発生させるのと似た仕組みで発電しているらしい。それで少しではあるが筋力補助が出来るんだから凄いけどな。俺にも仕組みはよく分からん」
「ブラックボックスを身に纏っているようなもんだからな。俺は慣れたよ──」
両手をグーパーしながら感触を確かめる。当然いつもよりかは軽い感じだが、アシストしてくれる動きもしっかりと伝わってくる。
「その眼鏡とリンクさせればスコープ無しである程度の精密狙撃もいけるらしい。まあジーナ相手には付け焼き刃にすらならないと思うが、一応覚えておいてくれ」
「ああ、わかった」
M1500を両手で持って彼方の狙撃手を狙うように構える。すると、視界にサークル状の照準点が浮かび上がる。今は屋内だからほとんど機能していないが、一歩外に出ればその瞬間に狙撃戦が始まる場合もある。戦闘に向けて覚悟を決めつつ、その他の武装も装備して完全体となる。
「よし──じゃああとは『
「変な言い方するなよ……だがまあ重要なのは承知している。ジーナを追いつつ、特殊部隊とやらの追跡から逃げなくちゃならないんだからな。送り狼が送られちゃあ話にならないよ」
「まったく大変ですわね。ホンダ様からも何とかなりませんか」
「妨害を妨害するので精一杯だな。一応、出来るだけのサポートはするよ……それで、新藤の服はこんな感じだな」
と、用意していたのは微妙に都市迷彩っぽいグレーのシャツに、フード付きのパーカー、薄地っぽいが防刃機能はある黒のズボン……と、M1500を仕舞うための猟銃袋だった。全部着た後で二人の様子を見ると──反応に困るという感じだな。
「……あれだろ、不審者一歩手前のガンマニアオタク野郎って感じだな。手袋もしてるし、近寄っちゃいけないオーラが出てるぜ」
「ダメじゃねえか、職務質問されて詰みだろ」
「でも眼鏡は意外と似合ってらっしゃいますわよ?」
「そうか……? まあ、服についても普段と違うものを着ているってのがバレなきゃいいさ。──問題はリッタだろ、バイオレットカラーの髪の女の子なんて俺より目立つぞ」
「リッタにも用意してあるから心配するな。つっても、黒髪のウィッグだけだが」
「嬉しいですわ、魔導毒でも髪の色はスカーレットにしか変えられないので憧れていましたの」
初めてだろうに地毛をくるくるとまとめつつウィッグを上から器用に着けて深めの帽子も被ると……これは凄い、髪型と髪色を変えるだけで日本人女子の完成だ。しかも良いとこのお嬢様感が半端ない。いや、逆に人目を引いてしまうかも。だけど、その活き活きとした姿勢と表情によって見る者全てに好印象を与えてくれる可憐な少女だ。
「どうでしょう?」
くるりとバレエのターンか何かの応用で身体を回す。チラリと見えた後ろ姿も前と同様に惹き付けられる。リッタ自身のポテンシャルも然る事ながら、服飾担当者の腕前も良いのだろう。レナと同等以上に、良い感じだ。
「とても似合っているよリッタ」
「はい! ありがとうございます♪」
格好を褒められて嬉しくない淑女は居ないと言わんばかりに上機嫌になる。
「新藤とはえらい違いだなあ……そうだ、お前も逆に女装してみたらどうだ? よくあるラノベ主人公みたいにさ」
「よくあるなんて言われても俺はそんな界隈は知らん。第一、なんで女装しなくちゃならないんだ」
「さあな。俺にも分からん。さて、お巫山戯はこれぐらいにして最終チェックといこうか」
お前が始めた話だろう……と思いつつ今一度、俺も気合いを入れる。
「新藤、リッタ、二人の目的地は、横浜駅地下第3コインロッカーだ。そこでジーナが残した痕跡を探る。無いならまた出直しになるが、姿を見せたのならそこに何かあるはずだ。罠の可能性にも十分気を付けつつ、調査してくれ」
「わかった」
「承知いたしました」
リッタと同時に頷く。彼女とならば、何とかなるはずだ。
「最後に……二人は兄妹という設定にしよう。それなら青年と少女のセットでも問題は無い。偽名も考えておけよ」
暖めていた抜群のネタを披露するマジシャンのように自慢気に笑う。だが、別に普通だな。少なくとも俺は有栖が居るのだから兄としての雰囲気は掴める。一方でリッタだが……まあ特段問題無さそうだ。しかし、次なる一言を言おうとして顔を赤らめて──恥ずかしがりながらも小声で呟く。
「ええと……『お兄様』……で、よろしくて……?」
上目遣いでうるうると言われたら男なら庇護欲が掻き立てられるその姿に──だけども俺は……
……有栖とは……違うか──と、思ってしまってばつが悪い。とはいえ追跡者にバレないようにするためには必要なことなので違和感を呑み込みつつ、何とか応じる。
「ああそれでいいよ……里奈──」
自然に飛び出たリッタの偽名に──歯がゆく思う。咄嗟の場面ではつい
──別に、どうでも良い問題ではある。気持ちの問題よりも言いやすさを優先すべきだろう。だが、レナにもリッタにも申し訳ない気がして……それでも、敢えて気付かないようにそのまま無言で押し通す。
「……はい! わたくしは
俺のミスに知ってか知らずか──育ちの良い少女として懸命に演じるリッタ……いや、リナか。
口内でその名前を転がしてみるが……失敗したな。どうにも気分が馴染めない。だがまあ今更仕方無い。自分で蒔いた種だ。この任務が続く限りは徹底しよう──
……ともかく、歪ながらも偽装兄妹としては完成した。それを見届けたアキラは少しだけ苦笑いを見せながらも扉に手を掛ける。
「──よし、じゃあ開けるぞ。既に到着しているからな。今居る場所は横須賀の外れだ。追っ手は撒いていると思うが、警戒しつつここから電車で向かってくれ」
開け放たれたコンテナのドア。差し込んでくる眩しい陽光に手を掲げつつ、二人で地面に降り立つ。
「……行こうか」
「はい、お兄様♪」
一歩目の歩幅すら合わない様子に苦笑しつつも、何とか空を見上げて俺達は一緒に歩き出したのであった。
「…………行きましたよ、──特佐」
扉を閉めて、再び自動運転で走り出したトラックのコンテナの中でアキラは何者かに連絡をする。
「そうか。では我々も動くとしよう。彼らには上手く話せたかな」
「自分で言ってて目眩がしましたよ。私には向いていませんね。常日頃、正直者でありたいです」
「結構結構。彼らなら解決してくれるだろう。我々はその手助けをしようじゃないか」
「はい、承知しております。では、後はお願いします」
「本田君もね、頑張りなさい」
「はい──通信終わり……」
スイッチを切ると、大きなため息をつく。
日本政府は……最初からジーナに脅されている。既に、第一の目的を彼女は達成しているのだ。
そのうえで、第二の目的──真の目的であろう『フィーラの全滅』を行う上で、日本国保有戦力による一切の妨害を禁止するという話を一方的に通達し、目的地から奪われた絶対的な弱点をちらつかせることでフィーラ護衛部隊の展開を防いだジーナは悠々と狙撃地点を陣取り、そしてフィーラ・レオへの狙撃を成功させた。
ピスケス以降のゾディアック討伐戦のためにジーナが来日した直後に担当者を撒いて行方不明。二日後にはその『目的地』にて達成宣言を行ったのだ。
日本政府としては『目標』の安全を確保して貰うためにフィーラを差し出すしか無い。一部の派閥は、国内のフィーラを拘束してジーナに献上する──という名目で囮に使ってその間に目標を再確保、もしくはジーナを逆狙撃するという作戦も動いていると聞く。
様々な勢力の意思が絡み合った中では、思うように動けない。一方でジーナは自由にフィーラを撃つことが出来る。
アキラの役目はあと一つだ。そこからはアスクとリッタに全てを託すしか無い。
「──
同期として──いや、仲間として。彼らを信じる。
そして、アキラは新しい眼鏡を掛けながら視界と明晰な頭脳をクリアにして新しい任務に臨むのであった。
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