第2話 ロスト・アイランド

 天候も回復し、差し迫る脅威も無いことから大事を取って一時間程度の長い休憩を終えてから、俺達は立ち上がった。

 海水に濡れた服も天日で乾いてくれたが、早めに真水で洗わないとベトベトになってしまうから水源は見つけたい。尤も、まずは飲料水としての確保が最優先ではあるが。

 これからの行動案自体は、皆疲労を回復している中での会議である程度は定まっている。

 ここはどこなのか……途中で故障し墜落してしまったとはいえ前情報として重要であるユニコーンの自動操縦で目指していた目的地の場所は、残念ながらわからない。マイリンゲン到着の時は機械が表示する前から最終目的としてのスコーピオン討伐戦──つまりはパリに行くだろうとレナは(恐らくアリサも)知っていたようだが、今回は知らされていなかったらしい。

 俺も同様に、ユニコーンに乘ればわかると言われたので情報開示は求めなかった。軍属というのは往々にして然るべき機会タイミングで知るべき情報ということを求められることも多いので素直に従った訳だ。結果として良くなかったのは事実だが……。

 ──何も手掛かりは無くとも、ある程度の予測はつく。

 スコーピオン、アリエスに続いて今回もゾディアック討伐戦だろう。そして、俺達は西を目指して太平洋上空を飛んでいた。この近くに居る──いや、居てもおかしくは無いゾディアックは一体だけ。

 ゾディアック・ピスケス──日本海で俺達に向けて攻撃をして来たアイツを倒すための作戦が、始まろうとしているのか。

 ピスケスは太平洋全域を基本の縄張りとするが、日本海やオホーツク海、インド洋を始め、遠く離れて大西洋や北極海にまで進出するまさに七つの海を支配する怪物だ。

 授業で少し学んだ程度だし、最重要機密のゾディアックの能力など一般人か末端の兵士相当には回ってこないから現状は良くわからないが、俺達にも撃ってきたあの『青白い大砲』の凄まじい威力によって大艦隊を丸ごと屠るといった話も聞く。海上勢力をその一撃の元に駆逐する、まさしく海の覇者だ。

 ピスケス討伐戦のために向かっていたというのはあくまで推理の一つだが、現状においては物理的にも精神的にも材料が足りないので思考を進めていく。

 ゾディアックと戦うのであれば、まず最初は現地の軍隊との合流だろう。現地──と言っても、縦横無尽に移動するピスケス相手では担当国という概念は薄いのかもしれないが、それでもこの近海で有数の戦力を持つ国と言えば……日本しかない。

 日本の海上戦力──海上自衛隊が率いる艦隊と一緒に戦うということは我ながら光栄である。

 現在、日本の対魔獣戦争戦略については熟知している。日本が重視しているのは海洋貿易、特にシーレーン防衛についてだ。

 国民の生活及び、魔獣軍への抵抗勢力として自衛隊を機能させるには諸外国からの貿易に頼るほかない。そのため、シーレーンを死守しなくては国が滅ぶのだ。100年前の太平洋戦争においても、結局満足に戦えていたのは最初の1.2年だけだった。そこからはジリ貧で敗北に向かって行くだけ……その『経験』がある以上、同じ人類では無く地球外からの襲来した外敵に対して9年間も戦力を温存しつつ戦っていられる。

 貴重な戦力は必要な場所に、必要なだけ届けるのが兵站の鉄則だ。そのため、日本は海上を守るために多くの戦力を割いている。高価な軍艦や兵器類を作るための費用面コストだけでなく、人員も費やされている状態。同様に空自も制空権を守るために必要であり、そして一番最後に陸自の順番だ。とはいえ、三つとも戦時下ということで従来の戦力より大幅に強化はされているのだが。それでも、大規模な本土決戦を回避するためにまずは海で国を、そしてシーレーンを守るというのが戦略方針である。

 ここまではの戦争と同じ。違うのは、広大な地域を絶対国防圏として死守するのではなく、出来るだけ機動戦で大規模海棲魔獣軍との決戦を行っているという点にある。

 日本近海、延いては太平洋全域の多くの島を守れるほど余力は無い。例え、そこに魔獣軍の補給基地を作られようとも仕方がない。割り切って、局所的に大きな戦力をぶつけて確実に勝利して、『海の大攻勢』を回避するのが作戦だ。

 陸地の大攻勢と違って、海上の大攻勢は規模スケールがかなり大きい。そもそも同じレベルの魔獣であっても体格から違うのだから当然である。生物模倣型であれば陸上生物と違って鯨等の大きい哺乳類が居ると言う事、兵器模倣型であれば空母等巨大な艦船が主流なことというのもあるのかもしれない。

 魔獣軍の生態はともかく、それらの大型魔獣による海の大攻勢によって多くの海洋国家が被害を受けているのは一つの事実だ。日本であっても例外ではない。そして、魔獣軍だけでなくピスケスも大きな脅威の一体である……。

 ──思考を戻すが、であるからこそ日本にとってピスケスは仇敵なのだ。彼の怪物を倒す作戦には全力を持って参加してくれるだろう。ゾディアックを倒すという以前では考えられなかった荒唐無稽な作戦も、俺達自身が勝てることを二度も証明している。作戦内容次第だが、勝機はあるだろう。

 問題はどこを作戦基地とするかだが……先の話の通りに島々を基地化して確保してはいない。勿論例外はあるが、基本的には魔獣軍の手の内だ。

 ならば艦艇を作戦司令場所とするのが、まあ海軍としては普通なのだがずっと海の上に居るのも不可能だ。戦わずとも、燃料や物資はあっという間に消費されていく。

 だからこそ、どこかしら港に停泊して大規模作戦前に物資を確保しておく必要があるために、俺達と合流するならばそういう場所だと思うのだが……それがわからないから困っている。

 自衛校の海自コースで学んでいなかったのもあるが、そもそもそういう秘密基地は情報統制されているのが基本だ。魔獣軍にとっても──そして近隣諸国にとってもその情報は垂涎の的である。

 こんな広大な太平洋の中で僅かにしかない海上自衛隊の──別の海軍でも良いが、そういう秘密基地を見つけるのは困難だ。それこそ、予め知らされていない限りは。

 ──結局の所、ユニコーンがぶっ壊れたのが全ての運の尽きではある……と嘆いていても仕方がない。

 現在地は、わからない。それが現実だ。であればひとまずの生存を確保しなくてはならない。

 何かしらアイテムがあっただろうサバイバルキットはユニコーンと共に沈んで行った……今更思うがその確保だけのために脱出装置を作動させても良かったなと後悔する。上手く作動せずに爆発されても困るから止めたというのもあるが……。

 ここが無人島では無いとまだ証明されていないが──仮にそうだとしたらまず確かめるべきは持ち物チェックだろう。

 と言っても、俺が多少持ってるくらいだ。武器としては日本から肌身離さず──と言えるほど携帯出来ても居なかったがSFP9拳銃と、中型の抗魔ナイフ。ナイフに関しては色々と使えるのでかなり便利だろう。

 後は腕時計だけ。それで、全てだ。

 レナとアリサも、特に物は持っていないらしい。普通の年相応の子供なら色々と何かしら持ち歩いて生活しているのかもしれないが、俺達は色んな所に飛ばされる根無し草のような者達だ。こういう移動の時に邪魔にならないよう私物も何も持てないのだから仕方がない。リッタはもしかしたら小洒落たアイテムを持っているのかもな、と彼女の性格や雰囲気を懐かしみながらも、思考を軌道修正──

 ある意味、こういう状態になっても良いようにフランス道中であったりアメリカを発つときだったりでナイフを持っていたのは良かったのだが……まさか現実になってしまうとはな。

 拳銃に関しては、一応低レベル魔獣の撃退にも使えるだろう。普通の猛獣相手にも使えるはずだ。

 この極限状況においては人間であれば誰でも有難いのだが、そうではない人達──近年急増している海賊や、犯罪者の根城であった時が怖いのでそれ用の護身にも使える。

 仮にここが海図にも載っていない──いわゆる『誰も知らない島ロスト・アイランド』であるならば武器の必要度も大きいからだ。

 最後に、腕時計だがこれも非常に有用だ。特に方角がわかるのは大きい。

 南の海とはいえ、流石に北半球ではあるだろうから通常の方法でいけるはず。

 早速試してみるために腕時計を水平にしてから、短針を太陽の方向に合わせて12時の位置から半分の場所を確かめる。

 アナログな方法なので多少の誤差は出るだろうが──と思ってやろうとしたその時に気付いた。この腕時計の時間はのものだ……! 時差があるここでは間違っているじゃないか。

 ……危ない、やらかすところだったと頭を冷やす。とはいえ、幸運なことに今は太陽が一番上──南中の場所にあったので大体の方角はわかる。

 結果としては東側を海に指し示した──つまり、空から飛んできた方向のまま海を漂流して、そのまま東側に漂着しているとわかる。意外に海流等の影響も無かったのか。瀕死で助かったことからもわかるが、墜落地点からさして距離は離れていないらしい。

 ……たまたま島があっただけか、それともここが目的地……なんて奇跡も起こってくれればどれだけ良いが、三人がギリギリ助かったのだからこれ以上を願うと余計に罰が当たるか。

 ──さて、脳内労働はこれぐらいにして、身体を動かすとするか。

「とりあえず、南から回って西に向かってみるか。岩肌的にも、そっちの方が行けそうだし」

「そうね……ねえアスク、本当に身体は大丈夫なの……?」

「ああ、まあギリギリ動くから大丈夫だ」

「本当に……?」

「──ああ。大丈夫だ」

 両足で砂浜をしっかりと立って、身体の問題なさをアピールする。

 レナの慧眼にはいつもながら恐れ入る。彼女の懸念の通り、正直、今も一瞬気を抜いてしまえばそれで膝から崩れ落ちる程、疲弊している。一時間横になったところでそもそものダメージが死一歩手前なのだからゲームのように簡単には回復しない。

 俺の体調を素直に告白して探索は控えて貰うべきか? という甘い誘いが湧き出てくるも、それは死に繋がる。水も食料も無いのだから一分一秒たりとも無駄には出来ない。

 二人はもう歩けるぐらいには回復しているのであれば、一人はここに残り、もう一人は単独で行って貰うという案もあるが、この状況で別れるのは避けたい。

 だからこそ、無理をしてでも俺も一緒に行動すべきなのだ。死にかけだろうと、頭は動かせるし人手は少しでもあった方が良い。その結果、俺の無茶な行動のせいで窮地に陥る──という可能性もデメリットとして存在するが、それを考慮してもなおメリットは多少上回るはずだと信じる。

 そんな俺の考えぐらい、二人ともしているはずだ。だからこそ、俺に聞いてくるのだ。

 悩むこと数秒──彼女は答えを出す。

「──わかったわ、行きましょう」

「無理しないでくださいね……?」

 ここは二人が根負けしてくれたようだ。それに俺も報いなくてはならないな。

「……了解だ。ありがとう」

 感謝を述べつつ、俺は二人と一緒に歩き始めたのであった。


 俺達が漂着した場所はちょうど切り立った小高い崖の大きな岩肌に囲まれていて辺りの様子がわからない。そのため、海沿いの岩肌を抜けて横に回る必要がある。

 先の俺の話の通りに南側──つまり左側に回り込む。南を選んだ理由として、北半球では太陽の通り道が東から登り、南を回って、西に落ちるということから考えた話だ。

 もし人が居るのなら、基本的に住居は太陽が当たる方に作るはず。物資確保や植生の面を考えても、南側に居る確率が大きいだろうという考えだ。仮に見つからなくてもとりあえず、小さければ島をグルリと一周するつもりなのでどちらにせよ行ける所は行くつもりだが。

 かなり鋭い岩肌に気を付けて進みながら、俺達はゆっくりと回り込んで行く。もし怪我をすれば命取りになりかねない。ここには医療品も何も無いからだ。

 手元だけではなく足元にも気を付けなくてはならない。踏み外せば海に落ちる。高さがある訳では無いが、海釣り客が消波ブロックテトラポットに落ちてしまう危険性がこの自然の環境にもあるだろう。

 今は三人近くに固まっているから大きな問題にはなっていないが、仮に一人で隙間に落ちてしまうとそれだけで可能性がある。頭を強打して意識不明にならなかったとしても、助けを呼ぶ声は波の音に消されて届かない。海難事故としてこのパターンは多く、恐怖されているものの一つだ。だからこそ、こういう可能性があるから単独行動は避けたい所なのだ。

「──ここを回っても、先に行けそうになかったら私かアリサが飛びましょうか?」

 レナからの提案に、暫し考える。空を飛べる能力は、凄まじく大きい。しかし、問題が一つ。

「この状況下では最強の行動だが……魔力は十分あるか?」

 俺の懸念は彼女達の残存魔力量。飛行に不慣れであるので魔力を大きく消耗してしまうのは何度も話になっている。そのため、少し回復しているからただ空を飛んで偵察することぐらいは可能だろうが、万が一ここが魔獣軍の基地だった場合……

「対空型魔獣でもいたらって話ね。一体ぐらいなら大丈夫だろうけど、大量に居たら正直──やられるわね。アリサなら大丈夫でしょうけど、フォートレスと飛行魔導を同時使用する程の魔力は本当にギリギリって感じでしょう?」

「そうですね……レナさんの言う通りですね、不甲斐なくてすみません」

「いや、仕方ないさ。行ける所までは人力で行って、それでダメだったら魔力を使おう。その方が良いだろう」

「そうね」

 互いの認識を確認し合いながら岩肌を抜けて……そして、また新しい開けた砂浜に辿り着いた。さらに嬉しいことに、そこからはジャングルのような草木が広がっている。それも広大に、見えないぐらいに!

「おお……良いじゃないか……」

 思わず変な風に声が出る。これは本当に有難い。何と言っても、ここまで植物が成長出来ているのであれば、豊富な水源があると言う事になるのだ。これで、生存に必要な五個の要素である『空気』・『体温保持のための拠点シェルター』・『水』・『火』・『食料』の内、水の確保はまず出来るだろう。食料の確保についても可能性は大きい。また、これらは順に優先度が小さくなっていく。水は三日飲まないとそれで死んでしまうが、食料は無くても三週間は持つので優先度は低い。

 つい感極まった風に言ってしまったが、二人も気持ちは同じなようで安堵の声を漏らしているから何とか俺一人浮かずに済んだ。そうさ、こんなヤバい状況なんだから希望の象徴に感動するのは普通なんだよと重ねて内心自弁もする。

 ──サバイバルの授業も受けてはいるが、南の島の植生までは知らないので少しそれが不安だが何とかなるだろうと前を向く。

「よし、とりあえず何とかして水を確保したいな。ジャングルの中に入るか」

「わかったわ」

「はい!」

 二人の承諾も取れたので、俺が先頭に、中間にアリサで最後尾のレナという順番で奥に進む。魔力を節約するという状況では客観的に見ても俺が一番強くなるのは間違いない。死にかけ野郎という点に目を瞑ればだの話が、だとしても俺が正面に立つ方が良い。

 ──それに、身体を動かしていると何だから多少元気にもなって来た感じがする。土日に横になっているより外出して軽い運動したほうが気力も体力も回復しやすいという話と同じだろうか。希望も少し見えたし、こうした自然の環境で人間の動物としての本能が覚醒しているのかもしれないが、ともかく有難い。

 右手に持ったナイフで苦労しながらも藪を斬り払って進む。大きな鉈マチェーテが恋しいが、ないものねだりだな。

 歩いている内にふと思い至ってレナに話しかける。

「──アダフェラで周囲の探索をやってみても良いんじゃないか? それかシェルタンで上空から偵察なんかも」

「そうねえ……後者はともかく、アダフェラも割と魔力使うのよ。使っても良いけれど、今の魔力量だとそんなに広範囲はわからないわ。無駄になっちゃうかも」

「そうか……シェルタンについてはどうなんだ?」

「あれはあくまで自律飛行兵器なだけであって、無人航空機ドローンのように映像で視界共有とかは出来ないのよ。平野ならともかく、こう茂っている島の中じゃシェルタン自身も魔獣の反応探索は難しいでしょうね」

「なるほど……だったら難しいな」

「ええ、魔力を使って何かやるなら自ら飛ぶのが一番だわ」

「了解だ」

 レナの能力についての理解も深まった所で出来るだけやれる部分は頑張ろうと気合を入れ直すのであった。


 ジャングルの中に入ってそれからは……意外な程、順調に進んだ。

 噴き出る汗を拭いながら30分ほど藪を掻き分けた所で、綺麗な水が滾々こんこんと湧き出る大きな泉を見つけることが出来た。流水なので腐ってもいないし、実際に少し飲んでみたら今までの人生で一番美味かったので煮沸消毒する必要も無いと判断して、渇きを満たすために三人で思う存分飲みまくった。

 水分を得て活力がみなぎったところで、次に確保を目指したのは拠点である。

 もしこれが俺だけなら火の確保も兼ねて火打石になるような黒曜石や石英等の硬い石を見つける必要があったが、魔力でどうとでも火を起こせる二人が居るのだからその点は最初から解決出来ていたので良かった。

 と言っても、実際に火を付けるとなるとアルテルフか焼夷弾系の魔導砲撃による大威力攻撃による着火が必要だと考えていたので魔力の心配やそもそもそこまで派手な攻撃による諸問題があるかなと思っていたのだが、低レベル魔術によるライター程度の火を指先に灯せるという話をレナが出したので、それも問題ないとわかった。

 拠点の話に戻るが、木材を切って掘っ立て小屋を作るほどの技術力も余裕も俺達には無い。よって、活用するのは自然が生み出した天然の住居である。

 火山島であることは地勢から何となくわかったので後は見つけるだけだなとジャングルの中を目印を付けながらさらに歩くこと数時間後、漸く目当てのそれに辿り着いた。

 ──洞窟である。これなら風雨も凌げるし、拠点を確保するための条件の一つである、洪水が起きない場所かつ豊富な水源があるということに関しても問題は無い。

 肝心の立地に関してはちょっと島の奥すぎるかな、と三人で悩んだので探検がてら洞窟内部を調査した結果、枝分かれしている内の一つにある出口が、また別の──俺達の認識では三個目となる砂浜に続く、言わば『入り江の洞窟』であったのでこれ幸いとそこに仮拠点を構えることにした。

 満潮になっても海岸線までは距離がある上に、海も見えるので遠くに船が通りかかっても見つけられる可能性はある。それでいて、天井からの落石に関してもレナが放った照明魔導弾によってしっかり頑丈な組み合い方になっているともわかったので心配はいらない。仮ではあるが、数日ぐらいの拠点としては十分使えるだろう。

 方角的には、最初に漂着した東側から少しずれて東南東といえる場所だろうか。南中の歳に12時として決めた現地時間から仮想腕時計による方角で今度こそ太陽の位置から計算した結果そんな感じかなとわかるが、つまりこの島──とまだ確定すらしていないが──かなり大きいと言えるだろう。

 俺達はまだその一部分を調査しただけに過ぎない。山に登れば大きさも形もわかるのだが、これ以上探索に体力を費やしても仕方無いし、日没も近いので仮拠点で一夜を明かすことにした。

 ここからは食料と水が重要になる。

 水に関しては、距離は少し遠いが最初に見つけた泉があるので探索中に見つけたヤシの実の亜種のような巨大な木の実の容器で俺とアリサが運ぶ担当となった。

 果肉も食べられれば良かったのだが、以前の嵐の時に内陸まで飛ばされて転がって来たやつらしく中身は既に消失していた。残念ではあったが、今は空き容器となるものが必要なので十分だろう。

 木の実自体は何個もあったので、俺が両手に二つ、アリサが一つ持つことにしたもののそれだけでは大した量が運べずに一日の必要量としては不足するし、無くなる度に往復するのは体力の消耗が上回ってしまう。

 そこでアイデアを出したのはレナだった。洞窟の岩盤の一部分をレグルスで切り出して、即席の貯水槽にしようという訳である。確かにそれなら水を上手く貯められるだろうと俺達も納得したので、レナにそれを任せて、俺達は運搬任務を担当したのだ。

 同時に、他に食料となるものも何か無いかとジャングルの中を探したが、残念ながらめぼしいものは見つけられなかった。野草採取と言っても、専門的な知識が無ければ毒を持つかどうかは判断出来ない。魚を木の枝に刺して焼くというシチュエーションはこういう自然環境のアクティビティでよく見られる光景だが、その枝も毒が無いか本当は慎重に気を付けなければならない程、植物は食用や調理用として簡単に扱ってはいけないのだ。

 こういう時、野生動物でも生息していればそいつらが食べた痕跡を探して、普通の動物が食べられる=人間もいけるかもしれないという方程式が成り立つので是非見つけたかったのだがまったく気配は見られない。そもそも動物がどうやって来るのかという問題もあるし、こういう暫定無人島では生息するのは難しいだろう。

 であれば、海に活路を求めることになるが、魚釣りの技術や道具も無いしよくあるサバイバル番組のように素潜りをする程の体力も無いので八方塞がりである。また、熱帯魚は毒を持つ種類も居るため素人での判断は難しい。

 流石に授業で少し習った程度では付け焼き刃でしかない──レンジャーの生活自活訓練レベルまで習わなくてはダメだったかと、一緒に歩くアリサと意気消沈しながらも往復運搬の一回目を終えて入り江の洞窟に戻ると、なんとレナが大きな野鳥らしきものを二匹も用意して待っていた。

 既に下処理を始めていたらしく無心の表情で羽を毟っていたが、俺達に気付いたのかそれを止めて顔を上げる。

「二人ともお帰り。どう? 何か見つかった?」

「いや、こっちは見つけられなかったよ。──それより、どうしたんだそれ、お手柄じゃないか!」

「そうですよ! どこで狩りをしたんですか!?」

 俺達から褒められて嬉しそうなレナは意気揚々と語る。

「ふふん、ちょうどそこの砂浜で砂浴びのようなことを集団でしていたのよ。そこを狙って、超低威力に調整したアルテルフでイチコロだったわ。それも、二羽同時にね」

「流石だな」

「凄いです……! 調理して、感謝していただきましょう……!」

「ええ、そうしましょう」

 食事とはすなわち、命をいただくこと。この原始的な生活に立ち戻らなくては、それに気付かないまま惰性でこれからも食べていただろうか。

 貴重な食料と、そしてその命に深く感謝しつつ、俺が調理を試みる。

 知識が無いのでどの種類かはわからない──恐らくキジ科だろうか──が、野生動物の中でも特に鳥は何か得体の知れないウイルスを持っている可能性がある。だが、基本的にしっかりと加熱すれば問題は無いだろう。

 捌いて血が付く前に、まずは火口となる木を削り焚き付けを量産してレナに渡す。

 お返しとして渡された丸裸になった鳥をナイフで解体していく。野外授業で実際に体験した鶏の捌き方を学んだ成果がこんな所で活かされるとは……と運命を不思議に思いつつも、記憶を頼りに出来るだけ可食部位を残すことに努めながら肉を分けていく。

 火を点け終えたレナは、アリサと一緒に水と焚き火用の木を持ってくるために仮拠点を離れて、俺一人が残ることになった。二人が戻ってくるまでに、火の番とやれたら焼き鳥でも作っておくか──と俺も黙々と作業を続けていく。

 舌先に串用の木の枝を乗せてピリピリと感じないかどうかだったり、腕にこすりつけたりしたりの簡易的な毒のチェックをしてから、小さく分けた鶏肉に刺して焼き鳥を量産していく。最初は近くに置いて強火で表面をしっかり焼いて、その後は遠火で内部までじっくりと焼いていく。

 ほとんどの焼き鳥を遠火に配置して、火がある程度落ち着いたタイミングでサッと砂浜に出かけて大き目の貝殻を拾って海水を汲み、それを火であぶる。無人島に着いた時に現代人にとって困るのは調味料の存在だ。味の濃い食生活に慣れた俺達は、こうした火で焼いただけのものを食べるとあまり美味しさを感じられない罪深い人種である。よって、非効率で少量しか出来ないだろうが海水から塩でも作っておこうという訳だ。

 ──ぼうっと燃える火を見つめていると、つい物思いに耽る。

 一日目は、何とかなりそうだ。必要カロリーは実際足りていないだろうが、少しでも食べれば体力の消耗を抑えられる。何も食べないで失敗感を胸に秘めながら悲しく寝るよりも、何か物を食べて寝る方が心身共に絶対に良い。こればかりは狩りに成功したレナに感謝だ。

 しかし……今後はどうするのか。長期的に見て、俺達のサバイバル能力では正直危ういだろう。初日からわかったが、やはりジリ貧感は否めない。

 狩りに関しても、一度襲撃してしまえば次からは警戒してしまってそう簡単には近づけなくなってしまう。レナが短絡的に行動した訳では無い、俺と同じ思考のようにとりあえず糊口をしのぐように、重要な初日を成功体験で終えることを重視したのだろう。

 だが、今後も生きていくには食料源は喫緊の課題だ。やはり海に行って何かしら罠でも作って仕掛けて獲るしかないのか。それか、魔力の消耗になってプラマイゼロ、マイナスかもしれないが魔導砲弾を水中で炸裂させて爆破漁法による衝撃波で一網打尽を狙うか……特に魚は生でも食べられるからビタミンを取れることも大きい。野菜に関しても、無毒なものを実証していく必要があるだろう。

 ──縄文時代から弥生時代にかけて……人々は狩りから農業へと生活スタイルをシフトしていった。社会構造を一変させるほどに、農業というものは強いのだ。狩りはどうしても不安定な一面がある。短期的には時間のかかる農業よりも圧倒的に強いが、長期的な生活ではどうしても勝てない。

 ここに稲作か、小麦か……それこそ野草や主食になり得るイモ類でも良いがそうした栽培に関して出来る程の立地や必要なモノがあるかはわからないが、そうした『願望』も芽生えてきてしまう。

 ──長期的に居られない、となると脱出だけが最後の望みだ。いつ救援が来るかわからないし、そもそもGPSも何も無いのだからユニコーン墜落地点すら不明瞭だろう。ならばこちらから打って出るしかない。

 日本海を発った時もそうだが、長距離移動に関して十分な安全策がとられていない気がするのは俺の思い込みなのだろうか。少数精鋭と言って俺達──フィーラ達を何でも出来る万能の存在だとでも上層部やアスムリンは考えているのか。魔力が使えない環境下では、ただの幼い少女だと言うのに……。

 揺れる火に照らされて、その魔力に取り憑かれたのか思考も揺れ動く。

 俺の体力も正直言ってキツイ。身体の節々は痛むし、心配を掛けないよう二人には言っていなかったが砂浜で目覚めてから酷い頭痛と耳鳴りがある。波に呑まれたのもあるだろうが、マカブルでのアドレナリン生成に過剰なまでに成功してしまってその後遺症ということだろう。失敗して欲しくなかった訳では勿論無いし、ある意味俺の能力運用力が上がっているという嬉しいことでもあるが、調整をミスれば死にかねない諸刃の剣であることも実感出来た。

 よくもまあ、あれほどまでに器用に使えるなあとリッタの技術力に感服しつつも、自分自身がやったこととはいえこの症状は少ない体力にも追い打ちをかけてきてかなり辛い。

 対抗薬として鎮痛剤のモルヒネでも能力で生み出すか……? と闇の考えも出てきてしまう。一見すると効果的だが、綺麗に打ち消し合う訳では無いし身体に大きな負担がかかってしまう。計算でプラマイゼロの印象になっても、実際は壮絶な生体内化学反応が起きているから結局はボロボロになるだけである。

 こればっかりは、耐えるしかない──やれるとしたら水分を大量に取って毒素を排泄していくだけだ。トイレ問題も少女相手に頭を悩ませるが、まあ彼女達も大人の対応をしてくれるだろう。それに、そんなことを言ってられない戦地で皆生き残って来たのだからどうとでもなる。

 一人になると、どうしても暗い思考になりがちだなと自嘲しながらやはりそうしていることに気付きつつ……早く帰ってこないかなと待ちわびるのであった。


 時間が経つにつれて使える魔力も回復してきたのか、生成したシェルタンの十字の端に上手く木の実の容器を乗せて大量に水を運んできたレナと、その器の支えとしてフォートレスをちょこっとだけ生成して鳥の巣のようにクッション材を作っていたアリサという二人の器用さに驚嘆しつつ、用意していた塩味の焼き鳥を皆で食べ始めた。

 肉はしっかり焼いたベリーウェルダンのでジューシーさは少しだけ欠けているものの、それでも肉本来の旨味が凝縮されており空腹も相まって美味しい。

 食器を使わなくても食べられる焼き鳥串にして正解だったな……とこれからのことについて意見を出し合いながら食べていた時、アリサがふと顔を歪めた。

「んっ! ……すみません」

「どうしたアリサ」

「いえ……小石を噛んでしまって……大丈夫です」

 もぐもぐと口の中で選り分けてから犯人ブツを取り出すアリサ。だが、その真剣な表情は妙だ。嚙んでしまった小石に苛立っている──そんな性格でも無いが──というよりかは、何か悩んでいる様子。

「アスクさん、これ……」

 そう言って俺に渡してくる。

 解体の時に砂肝から混ざってしまったか、申し訳ないなと思いつつ俺も火に照らしてじっくりと見る。

「…………」

 ──これは……

「どうしたのよ二人とも」

「いや……まさかとは思うけどな」

 俺もレナに渡して、浮かんだ考えを述べる。

「多分……、じゃないか?」

「────小石、じゃなくて?」

「……にしては綺麗な球形すぎる。それに、砂肝や胃袋も割いたからわかるが、似たやつは無かった。例えその一粒が削れてたまたまそうなっていたとしても、そもそも、筋肉の方に流入しないよう気を付けてやったから可能性は低いはずだ」

「じゃあ……撃たれたって言うの? この鳥が……?」

 自分も撃った張本人として、とも言える存在を疑うレナ。

 それはつまり──

「──ああ。雛では無いが若い個体ではあるから、仮に渡り鳥だとしても昔別の場所で撃たれたということは年齢的に考えにくい」

 だから……と結論を出すために言葉を続ける。

「──ここには、誰かいるんじゃないか……?」

 言った俺含めて、緊張が走る。

 沈黙が、薄暗い洞窟の中にこだまして、余計にその闇を浮かばせるのであった。

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