第11話 マイリンゲン空軍基地
機体は現在、ドイツとチェコの国境上空を通過中だ。
日本海を飛び立ってからこれまでに9時間弱かかっている。時速1000km/hでの
しかし、薄々はわかっていたが大陸横断級のフライトとは思わなかった。
目的地が中国なら日本から飛ぶ空路か、軍艦でそのまま行く海路の方が適切だし、中東は戦争前から混沌の極みだ。ある意味、戦力が必要な場所かもしれないがあそこには魔獣たちの王──ゾディアック・レオが君臨している。簡単に近づける場所ではない。
機体が飛んでいく方向的にアフリカ大陸でもない。
つまり、目的地はヨーロッパということになる。それより先のアメリカに行くなら太平洋経由の方が速いので間違いない。
という判断が何も知らされなくてもできる頃合いだったのか、それとも俺の思考をトレースしたのかはわからないが、ヘルメットディスプレイに地図が投影されて目的地が示される。
到着予定場所は、スイス。マイリンゲン空軍基地に着陸せよとのことだ。
目的地がもう少しで着くとわかった途端、どっと疲労が押し寄せてくる。
さすがに9時間も座りっぱなしだと身体の疲労が酷いな。それに、時差の問題も大きい。
日本海を17時に出発し、そこから9時間飛行しているので今は26時──夜中の2時の感覚だ。
日本とスイスの時差はマイナス8時間なので、今飛んでいる国境付近からかかる時間を合わせて現地に到着するのは19時頃、夕方になる。
大きく息を吸って切れかかっていた緊張の糸を繋ぎなおしてから、再度情報を見直す。
すでに高度は下がり始めており、着陸の準備といったところだ。
後ろで寝ているレナとアリサもそろそろ起こした方が良いだろう。
実は、レナから大まかなフライトスケジュールを聞いていたのだ。それによると、現地までかかる時間は9時間程度。そのため、一人3時間見張りをして後の二人は6時間の仮眠を取ることにした。
アリサ→レナ→俺の順で見張りをしているため、俺は6時間寝てから今、こうして起きている状態だ。
ユニコーンは一体どこの企業が開発したのか、本当に謎だ。ここまでの技術力を持つ企業は限られている。予想はできなくもないが……不必要な詮索は止めておくか。
目的地がわかってから到着するまでの小一時間で俺はスイスについての情報をユニコーンに搭載されているデータベースから勉強していた。
スイスは現在、国としての機能を維持している。ヨーロッパの多くの国々が魔獣に蹂躙されてしまったのに対して、山岳地帯が多いスイスは防衛に適しているため今日まで生存できているのだ。
近隣国の避難民も数多く受け入れており、現在の国力はイギリスやドイツに匹敵する。
その強さの理由はスイスが掲げる防衛戦略にある。
スイスと言えば、永世中立国として有名だがそれを可能にしているのは国民皆兵戦略による徴兵制度だ。また、2006年までは建築物に核シェルターの備えを義務付けていたため、人口に対しての核シェルター普及率は現在でも100%となっている。
国境地帯の高速道路や橋といった交通インフラには爆破解体して敵軍の侵攻を遅らせるための爆薬を入れる穴が最初から用意されており、仮に侵攻されたとしても続く道路には多くの障害物が用意されているほどの周到ぶりだ。
第二次世界大戦時代から冷戦時代より培われてきた戦争への備えは群を抜いているといえるだろう。
冷戦が終わり平和な時代が続いていたがそれでも有事に備えるということは大事であり、魔獣戦争が勃発してからもその多くが役立った。
それでも、9年も戦争をしていれば国家は疲弊する。
敵を──魔獣を倒さなくてはいつまで経っても戦いは終わらない。
俺たちは、それを終わらせるための戦いができるのだろうか。
スイスに何をしに行くか、まずはそれを知るしかない。
少し刺激を振ってみるために、まだ眠い様子のレナに尋ねてみる。
「レナ、起きてるか? 目的地はスイスのマイリンゲン空軍基地のようだ」
「ん……ああ、やっぱりね。その辺だろうと思ってたわ。──何か聞きたいことでもあるの?」
「ああ、悪いな。目的地はわかったんだが肝心の目的がまだわからない。俺達は何をしに
「スイスは、正確に言うと最終目的地の手前ね。私たちが本当に目指す場所は、フランスのパリよ」
「パリか……」
パリと言えば、魔獣戦争初期に占領されて以来、フランス軍が奪還できないでいる難所だ。幸運なことに、その街並みが破壊されていないのは偵察機からの情報で判明しているが、占領されている事実に変わりはない。
そして、パリには一体の
「察したようだけど、話を続ける?」
「いや、基地に着くまでの楽しみにしておくよ。正式な作戦内容はそこでわかるからな」
「そうね、それが懸命だわ。でも、覚悟はしておきなさい。あなたにとっては、大変な戦いになるだろうから」
レナの忠告を胸に刻み、ゆっくりと高度を下げていく計器盤に目を落とすのであった。
ようやく辿り着いたマイリンゲン空軍基地。航空無線より、基地からの通信が入る。
航空無線は基本的に英語だ。英語に関しては学校で6年間学んでいるので、ほとんどネイティブと変わらない実力がついている。
世界共通語としての地位を持っている英語は、戦争時にこそ重要なものとなる。
単純に、国外に避難するだけでも言葉が通じなければその国で生活できない。
平時ならそれでもなんとか暮らせただろうが、戦時になればあらゆる全ての常識が壊される。残念な話ではあるが、外国人よりも自国人の方が優先される。コミュニケーション能力が低ければ尚更だ。
そのため、自衛隊中等教育学校では英語の学習に力を入れていた。意欲と適性がある生徒には第二外国語としてフランス語や中国語、ドイツ語を学ばせるほど、外国語学習を重視していた。
俺の場合、英語は
苦難しつつも、マゼランシステムの力を借りてアプローチに入る。
発艦以上に気を使いながら、なんとか滑走路に降り立てた。
途中寝ていたとはいえ、合計10時間に及ぶフライトだ。それも、人生で初めての航空機操縦。訓練でもここまで疲弊したのは1、2を争うレベルだ。
気力で頑張ろうと思っても、肉体が追い付かない。だが、ここは母国ではない。気心知れた友人や仲間は居ないのだ。
地獄の訓練時代を思い出して、身体を起こす。
基地からは車両が二台向かってきている。
乗車している人員を見るに、基地の司令官グループと整備士たちのメカニックグループだろう。
車が近づいてきたので、キャノピーを開けて出迎える。一番の高官と思わしき人物が声をかけてきた。
「
スイス空軍ではなく、国連軍だったのは驚きだ。それも軍団規模の勢力。軍団は数万人規模で行動するが、この基地に全員は駐留できないだろう。おそらく、スイスの各主要都市に分散配置されている。
「
俺にとって将官との会話は初めてだ。緊張するが、かえって英語の方が良かったかもしれない。英語は日本語と違って、相手に対等な立場を求める。勿論、上官相手には丁寧な言い方をする必要があるが、軍隊式になればより簡潔な言い回しが好まれる。結果、フランクな言い方になるのだ。
メカニックたちの誘導に従いながら基地の外に出て、南に延びる道を進んで行く。目の前には山がそびえ立っているが、どうやら山の中に格納庫があるようだ。
冷戦時代に作られたのだろう、その堅牢なシステムに目を見張る。
洞窟に建設された格納庫に到着し、ようやく機体を降りる。
10時間も座っていたので身体がガチガチだが、指揮官の目の前で無様な態度は見せられない。強張りを我慢しながら、直立姿勢で敬礼する。
一方でフィーラ達は自由だ。大きく伸びをしながらゆっくりと機体を降りていく。そのまま、案内されてどこかに向かっていく。話があるのは、俺個人ということだ。
アーノルド中将の秘書官らしき人物に防爆鞄のことを伝えてから整備士と共に着替え用のロッカールームに向かう。くらまで着た時と同じぐらい時間が掛かりながらもフライトスーツを脱ぎ、手伝ってくれた整備士に預ける。
その後、用意されていた国連軍の軍服に着替える。
国連軍という組織に制服は無い。国連軍とは多国籍軍が集まった軍隊のことであり、基本的にそれぞれの軍服を着用するからだ。
中将たちが着ていたのも、今回俺に渡されたのもアメリカ軍の
着替えが終わって案内されたのは指揮官の部屋。ここで、重要な話をしようというわけか。
俺を待っていたアーノルド中将が椅子から立ち上がり、握手を求めてくる。
「まずは礼を言おう、新藤特佐。彼女たちをここまで送り届けてくれて感謝する」
「ありがとうございますアーノルド中将閣下。ですが私は、高性能の機体に助けられただけです。あの機体が無ければ、ここまで辿り着けませんでした」
握手を返しながら、感謝の応酬だ。固く握り締めてくる大きな手に、歴戦の意思を感じられる。
「確かにあの機体は優秀だ。だが、優秀な軍馬を乗りこなす者もまた、優秀な戦士ではないかね?」
「はい、いいえ閣下。私はまだ未熟者です。閣下のもとで御指導を受けたいと考えております」
「良いだろう。貴官の力を存分に振るってみたまえ。さて、本題に入ろうか」
早々に話を切り上げて取り出したのは一通の書類。
「これは、日本から届いた物で貴官が持ってきた防爆鞄の中に入っていた。内容は、貴官に関する情報だ。驚愕すべき代物であったよ」
それに、俺がこんなところまで送り込まれた理由が乗っているということか。
「その顔を見るに、貴官は日本で自身に関する説明を受けていないと判断するが、どうかね?」
「はい、閣下。私は自分の特異性について理解していない状態です」
「結構。日本政府は説明責任を私に押し付けたようだな」
軽く苦笑しながらも眼は笑っていない。それほどまでに、俺の情報は重要なものなのか。
特佐という階級を与えられた以上、レナやアリサのようなゾディアックの能力を持つフィーラや、アキラのような政府の裏に係る人間と同等という証明になる。
自己認識ではただの高卒の一般自衛官だ。戦闘員としてもまだまだ新参者。だが、目の前の机からこちらを見る中将の眼は、ただの兵士を見る眼ではない。
「結論から言おう、新藤特佐。貴官の身体には、魔力への耐性が認められるそうだ」
魔力への耐性……だと!?
「日本政府はその証拠として二つの事例を提示している。第一に、魔獣戦争初期に貴官が生活していた地元に
確かに、俺が当時住んでいた町に彗星が落着し、俺の町は破壊された。その時俺は家の近くの公園で遊んでおり、両親は自宅に居た。
ブランコに乗って独りでに揺れていたその時、町にサイレンが鳴り響いた。彗星接近を知らせるものだ。
自宅と公園はさほど離れて居なかったため、俺は避難場所に直接向かわずに一旦家に帰って両親と合流しようと考えた。
そして、家の玄関を開けたその時、3個の彗星が町に降り注いだ。2個は対空ミサイルで撃墜されたものの、低高度で撃墜されたため破片が降り注ぎ、その1つが俺の自宅に突き刺さった。
後からわかったことだが、両親はその場で死亡が確認された。
そして俺は、大きな破片が家に命中したその衝撃で家の外に吹き飛ばされた。
彗星が落着する瞬間には、内部に潜んでいる魔獣を保護するために減速する。そのため、衝突時のエネルギーは見かけの質量分よりかは少ない。それでも、ミサイルが着弾した程度の威力は持っている。
吹き飛ばされて壁か何かにぶつかったのだろう。頭を強く打ち付けて、俺は意識が朦朧としていた。正直に言って、ほとんど記憶がない。公園で遊んでいたことすら今となっては朧気だ。
そんな俺を助けてくれたのは自衛隊の衛生科隊員だった。瓦礫の中から俺を助け出し、救命処置を行った。
奇跡的に俺は一命をとりとめ、付近の病院に搬送されることになった。
病院で目覚めた俺に両親の訃報が知らされた。
両親が亡くなったのはとても悲しいことだった。当時12歳の俺は現実を認識することはできても、受け入れることはできなかった。
感情のはけ口をどこかに向けるしかなかった俺は、両親を失った悲しみを魔獣に対する怒りに変え、日常が破壊されたことによる絶望を、俺を助けてくれた自衛官の彼らに対する感謝に変えて生きることにした。
そして俺は自衛隊中等教育学校に入学し、そこで
……少々、昔のことを思い出してしまったが、確かに俺が無事だったのは事実だ。
それが魔力耐性にどう関係があるのか──いや、まさか。そういうことなのか。
「はい、閣下。間違いありません」
動揺は隠せなかったのだろう。声音で俺が気付いたことに気付かれた。
「矛盾に気付いたかね? 貴官を救助した時の報告書によれば、貴官とそのご両親が居た現場は重度の魔力汚染が確認された。防護服を着用しても10分も居れば魔力中毒で即死するような環境だ。だが、貴官はその中で一人生き残っていた。勿論、重傷に変わりはないが本来なら生きていること自体があり得ない状況だ。自衛隊はこの件に関して貴官を重要観察対象として保護することにした、と書かれている」
確かに、中将の言っている通りだ。なぜ、今まで気付かなかった…………いや、自衛隊が俺に悟らせないようにしていたのだ。暗示やカウンセリングで矛盾に気付かせないようにしていた。その理由は不明だが、結果として俺は今日まで自衛隊の管理下に居た。学校に入学したことはさすがに俺の自由意思だと思いたいが、それすらも今となっては怪しいところだ。
俺が声を出せずに黙考しているのを見て、アーノルド中将は続きを話し始めた。
「そして第二に、先月行われた『卒業訓練』で同様の事例が確認されたとしている。報告書には、貴官は当時の事は何も覚えていないと書かれているが、事実かね?」
「……はい、閣下。現在でも記憶は思い出せないままです」
「そうか。この話をすれば少しは刺激されて思い出せると考えたのだがな……自衛隊も本人からの聞き取り調査ができない以上、状況証拠で判断するしかなかったそうだ。見分の結果はレベル4魔獣との戦闘を行い、それを単独で撃破したとするものだった。私個人としても信じられない偉業だが、自覚はあるか?」
「はい、いいえ閣下。主観的、客観的に見てそのようなことが私にできるとは思えません」
「しかし、彼らの報告はそうなっている。レベル4と戦ったのであれば、それ相応の魔力被害が出るだろう。貴官を発見した上官たちも、重度の魔力外傷で助かる見込みはないと判断していたようだ。だが、貴官はこうして私の前に立っている。これら二つの例から総合的に判断して、貴官はレベル4魔力への耐性を持っていると判断するとの文書だ」
俺が、魔力の耐性を持っている……。
中将からの話を聞かされても未だに自覚は無い。だが、そうであれば特佐として待遇が与えられることも不思議ではない。人類は、魔力に脆弱だ。その常識を、覆せる可能性が俺にはある。バイオハザード系の物語であれば間違いなくキーパーソンだ。
だが、そうであれば俺は研究室に監禁されているはずだ。そうはならずに、俺は日々学校で仲間たちと一緒に生活することが出来た。
監視下にあったのは間違いないだろうが、軍学校というものはそういうものだ。全員が、その行動を逐一チェックされている。
なぜ、俺が今までこの生活を続けて来れたのか。
疑問は尽きないが、ひとまず、俺の謎について判明はした。
そして、次の問題だ。
「閣下、ご質問宜しいでしょうか」
「構わんよ。何かね?」
「ありがとうございます。私についての特異性は理解しましたが、私がフィーラ達と共に国連軍に派遣された理由についてお聞きしても宜しいでしょうか」
「なに、簡単な話だ。貴官が本当に魔力耐性を持っているのであれば、今後の対魔獣戦闘において重要な戦力となる。ともすれば、フィーラと同等の貴重な存在だ。そうなれば、フィーラ達と共に戦闘に参加することも増えてくるだろう。対魔力能力を持つ人間大の戦力というのは、彼女たちしか居ないからな。今回は、その第一歩ということだ」
つまり俺は、フィーラ達と共に戦えるかのテストを受けるということだ。
しかし、それは表向きの理由だ。本当の理由は隠されている。
レナが言っていた、最終目的地パリに行く目的。
それを俺に言わないということは、ひとまず俺の状態を確認したいのか他にあるのか。
本音を言えばすぐにでも確かめたいところだが、今のところは黙っておこう。
「ありがとうございます。派遣目的について理解しました」
「結構。さて、日も沈みつつある時間になったな。今夜は休養の時間に充てているからゆっくりすると良い。外に私の秘書を──」
そう言って話を終わらせる雰囲気を出した時、机に置かれていた固定電話が鳴り響く。
間髪入れず、受話器を手に取る中将。さすがに動きが速い。
「私だ。……承知した、すぐに出る」
そう言うが早いか、すぐさま受話器を降ろしてこちらを見返す。
「新藤特佐、敵は私たちを寝かすつもりはないらしい。出撃だ」
「はッ、了解であります!」
体内時間では深夜3時。6時間の仮眠をしているが、体力は底手前まで落ちている。
そんな状態は日常茶飯事だった。地獄の訓練時代が今となっては有難い。
俺にとっての初陣が、始まる。
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