第10話 邪神ちゃんの古い友人

「おーい、フェリス。遊びに来てやったぞ」

 フェリスが住んでいた祠に、見慣れない客人がやって来ていた。

 しかし、その客人がいくら祠の中を探せど、フェリスの姿を見つける事はできなかった。

「はぁ、なんで居ないんだ、あの引きこもりが!」

 フェリスがよく寝ている部屋で、客人が地団太を踏んでいる。

「くそっ、だったらあいつの魔力を追跡すれば……」

 客人が目を閉じて、フェリスの魔力を追跡する。しばらくすると、その客人は目を見開く。

「みっけ。そう遠くへは行ってなかったようだな」

 客人はくるりと振り返って、祠の外へと駆け出した。

「まったく、あいつが居ねえと暇すぎてたまんねえんだよ。待ってろよ、俺のフェリス!」

 客人はくるっと1回転すると、狼の姿へと変わっていった。そして、フェリスの居る村の方へと一目散に駆けていった。


 その頃のフェリスはというと……。

「はい、フェリス様。あーん」

「あーん……、んぐんぐ」

 作られたばかりの自宅でメルにご飯を食べさせてもらっていた。先日大量に実った小麦やオレンジやリンゴを使った料理は、格段にうまかった。どうやら、フェリスの魔力にあてられて一気に成長したらしいのだ。フェリスの魔力は家畜や植物に対して生命力を与える不思議な能力を秘めているようである。

「いやまぁ、あたしは不用意に物に触らない方がいいみたいね」

「確かに、いきなりあれだけたくさんの植物が成長してしまっては、処理が大変ですからね」

 フェリスの愚痴にメルも同意のようである。

「でも、フェリス様に撫でて頂いてああなるって事は、フェリス様にお願いすればいつでも食べ放題にできるって事ですよね!」

「いや、あたしは邪神だし、そんなくだらない私利私欲に使おうとしないで」

「はっ、すみませんでした!」

 妙な事を言うメルを、フェリスはあっさりやんわりと窘めていた。

「でも、フェリス様の肉球気持ちよさそうですものね。みんなが元気になるのも分かる気がします」

「まー、確かに。あたしが撫でてやるとみんな喜んでたからね」

 メルがフェリスの手を見ながらそんな事を話しているが、フェリスは昔の事を思い出していた。

「そういえば、昔の事を思い出したけど、たまに来てた犬ころが居たかな」

「犬ですか?」

「うむ。同じような邪神なんだけど、妙にあたしに懐いていてね……」

 ここまで話したフェリスが、突然青ざめたような顔になって立ち上がる。

「いかん、そろそろまた遊びに来てるかも知れん。撫でておいてやればおとなしいけれど、機嫌が悪くなると何をするか分からないわ。なにせあいつも邪神ですもの」

 フェリスが立ち上がった時、村人が一人駆け込んできた。

「た、大変です天使様!」

「何がありました?」

「狼、村の入口に赤い狼が来ています!」

 村人の報告を聞いた時、メルは狼という単語に恐怖したが、フェリスはやっぱりかと言わんばかりに顔を覆っていた。どうやら心当たりがあるようである。

「あれ……、フェリス様、そのご様子だともしかして」

「ああ、多分それ、あたしと遊んだ事のある犬ころだわ」

 メルの質問に答えると、フェリスはため息ひとつ吐いて村人に言う。

「今からあたしが向かうから、念のため戦えない人間たちを家の中に避難させておいて」

「わ、分かりました」

 フェリスはそう言って、メルを抱きかかえて村の門へと急いだ。


 フェリスがメルを抱えて門へやって来ると、村人たちが大きな狼と対峙していた。どう見ても見た事のある狼の姿に、フェリスは予感的中で天を仰いだ。赤色の狼なんて珍しいのだ。

「ああ、やっぱりあの犬ころだったか……」

 フェリスに気が付いた村人が、二人に近付いてくる。

「天使様、危険です。対応は私たちでしますので、お下がり下さい」

 村人は何とも頼もしい事を言ってくれるが、足をよく見ればがくがくに震えていた。これにはさすがにフェリスも苦笑いをするしかなかった。

「大丈夫です。あの狼はあたしの知り合いなので、あたしにお任せ下さい」

「な、なんですと?!」

 村人が驚いているが、フェリスは無視して前へ歩み出ていく。もちろん危険なので、メルは村人に預けておいた。

 最前線で警戒する村人よりも前に出て、フェリスは狼に声を掛ける。

「久しぶりね、犬ころ」

「おお、俺のフェリス、久しいぞ」

 フェリスの呼び掛けに、狼が挨拶を返す。ただ、この言葉にフェリスはぴきりと怒りを浮かべる。

「誰があんたのよ! 大体勝手に遊んでいっては荒らして帰っていくだけのあんたを仲間に思った事は無いし、同じ邪神として恥ずかしいったらありゃしないんだから!」

 フェリスはこの際だからとはっきり不満をぶちまけた。

 出会い頭にフェリスから怒鳴られて、狼はキャンキャンと鳴いて縮こまってしまった。その様子を見ていた村人たちは、呆気に取られた感じで立ち尽くしている。

「ううう……」

 狼は泣きながら姿をどんどんと変えていく。

 そして、変化が終わってそこに現れたのは、フェリスよりも背が大きそうな狼の耳と尻尾を持つ、目つきの悪い女性だった。

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