名前のないぼくらの関係

もしも

第1話 小林ユウタ

今日は誰とも喋らなかったな…


小林ユウタは教員免許取得のため自宅から片道2時間かかる大学に通っている。


大学の近くに一人暮らしをしないのはその為の資金がないからだ。奨学金制度を使って入学したものの授業料やらなんやらが馬鹿みたいに高く、バイト代は授業料に消えていく。


ユウタは4人家族の長男だ。

小さい頃、スーパーで母に魚のフライをねだったが父の事業が上手くいかずに多額の借金を抱えていたため母はそれを拒否した。近くで見ていた老人が「それぐらい買ってあげればいいのにねえ」と言ったのが聞こえた。その瞬間母の目に涙が溢れたのを見たのが最後、ユウタが誰かに何かを欲しいと言うことはなくなった。


現在は借金も全て返済されたが実家が貧乏であることに変わりはなかった。それでも家族は大学に行くことを勧めてくれたし実家から通うことになることも喜んでくれた。


そんな中入学した大学だ。最初は意気込んでいた。しかし、ユウタは大学に馴染めずにいた。どうやら大学デビューに失敗したらしく色々頑張ってはみたものの無理して頑張ったところで身体中に蕁麻疹ができただけで友達は一人もできなかった。


一回生の夏の終わり頃には一人でいるのが一番楽なことに気がついていた。一人で大学生活をエンジョイすることを決意してからは空きコマは図書館に入り浸り、本を読んで過ごした。本は良い。図書館で借りればお金もかからないし孤独も紛らわせる事ができる。 


月日は早いもので二回生になり、大学に入ってから2回目の夏が近づいていた。周りが友達とお喋りしながら仲良く歩く帰り道を早足で通りすぎて行く途中、後ろから声が聞こえた。


「ユウタ!小林ユウタ!待ってって!」


声の主を振り返ると同じ教員免許取得の講義を受けている坂本カズキだった。言われるがまま足を止めて待ったが一体何の用があるのだろうか。いつもみんなの輪の中心におり、目立つやつだが同じ講義を受けている以外の関わりがない。賑やかなやつだなぁと端から見ている、その程度だ。


あと待たせてるくせに用件も言わずにゆっくりと歩いてくるようなやつだ。僕とは違うタイプの、少し苦手なタイプの人間、とユウタは思っていた。


「お前足早すぎな」追い付いたカズキはわざとらしく眉をハの字にして言った。

「え、そうかな。で、どうしたん?何か用?」

「あー...何で一人なん?」そう言われてユウタは考えた。これは"今"のことを聞かれているのかそれとも"いつも"のことを聞かれているのか。そもそも"いつも"のことなのだとしたら今さら聞くことか?と疑問は浮かんだが「一人の方が楽やし」と答えた。


「ふーん、一人で何すんの?」

「本読む」

「でぇー!暗いやつぅー」

なんか腹立つ。

「何なん!いいやろ、べつに。」

じゃ、そろそろ電車来るし、と立ち去ろうとした時、「なぁ!またしゃべってや、おれと。お前、おもろいし。じゃあな。」と言ってカズキはもと来た道を戻っていった。


え、本当にそれだけのためにこっちに来たのか?声は、顔は変じゃなかったか?などと思いが巡ったがそれよりも"またしゃべってや"と言ってくれたことが嬉しかった。


帰りの電車の中で読みかけの本を開いたがさっきまでのカズキとの会話が頭の中を占領して本の内容が入ってこなかった。ドキドキしていた。


ところで僕はいつおもしろかったんだろう。

まぁいいか。


自宅までの片道2時間がいつもより早く感じた。


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